第252話:気まずい邂逅

「そこっ!!ダラダラするんじゃないぞ!」


2中のグラウンドに、3年生のそんな声が響いた。


「くっ!」

恒久は、声を漏らしながら、スクワットに励んでいた。


現在グラウンドでは、1組である赤組が1年生から3年生までの全員で、体育祭に向けて応援合戦の練習の真っ最中なのである。


何故応援合戦の練習でスクワットなのか。


別にスクワット自体は応援合戦とは無関係なのである。

ただ、毎年応援合戦の練習について行けない生徒が脱落することから、どのクラスでもまずは基礎体力の向上に力を注いでいるのだ。


(クソっ、やりずれーっ!!)

恒久は、必死にスクワットをしながらある一点を見つめていた。


その視線の先にいるのは、3年1組の芦田優大、の、隣の人物である。


芦田優大は、以前重清達がクラスメイトから虐められているのを救った少年である。


クラスメイトである、近藤に。


それはつまり、近藤もまた1組であるというわけで・・・


「へいへ〜い、いちねぇ〜ん。シャキッとしろよ〜」

近藤が、ニヤニヤしながら恒久の周りをグルグルと回っていた。


それはもう、地球の周辺を周る月のように。


近藤は確かに、ドウ達と行動を共にしてはいるが、別にだからといって学校を休んでいるわけでも、転校したわけでもないのだ。


だから、近藤がその場に居ることは特段不思議でもなんでもないのである。


そして芦田は、そんな近藤から虐められていた記憶を無くし、今はクラスメイト達と下級生がサボらないように見回りをしていた。


3年生は、基礎体力作りは免除なのだ。

上級生とはいつの世も、優遇されるものなのである。


ちなみに近藤は、普段優等生を演じていることから、赤組応援団のリーダーを務めていた。


そして現在、恒久をみっちりとしごいているのである。


そんな光景を、3年生の女子達が見てコソコソと話していた。


「近藤君、あの子恒久のことに対して厳しくない?」

「もしかして、仲良いのかな?あっ、あの子、結構カッコよくない?」

「やめなって!あの子、噂のムッツリ君よ?」

「えっ、あの子が?じゃぁ近藤君、もしかしてあの子のイヤらしい視線から私達を守るために、あの子の事を見張ってるんじゃない?」

「きっとそうよ!さすが近藤君!カッコいいだけじゃなくて、紳士だわ」


そう。近藤はモテるのだ。

恒久は、近藤がモテないと勘違いしているが、近藤はモテる。

ただ、ショウと比べるとモテないだけなのだ。


結果として恒久は、ただスクワットを必死にしているだけで自身の株を急降下させ、近藤の株をバク上げするという奇跡を起こしていた。


そして当の恒久は、必死にスクワットをしながらも思っていた。


(気まずい!!)

と。


そんな恒久の想いも、仕方がないのである。


少し前に近藤と一戦交え、恒久の中では近藤に対して、ある種ライバルのような感情を抱いていた。


実力的にはまだまだ近藤が優勢なのであるが、それでも『モテない者同士』と思い込んでいる恒久が近藤に対してそう感じているのも仕方の無いことなのだ。


「次に会ったときには勝つ。勝って、アイツの目を覚まさせてやる」

そう意気込んでさえいた恒久にとって、この状況は非常に気不味いのだ。


なぜなら、今まさに『次に会ったとき』なのだから。


しかし、今近藤に対して喧嘩を売るわけにはもちろんいかないのだ。


状況が状況なのだから。


かたや近藤は、恒久が自身に対してそんな事を想っているなどとはもちろん知らない。

近藤はただ、自身に歯向かってきた恒久を公の場で、しかも正当にしごけるこの状況をただ楽しんでいるだけなのである。


そのため実際には特に気不味くも何ともないはずなのだが、恒久は勝手に1人で、気不味さと戦っているのだ。


スクワットをしながら。


恒久にとって唯一の救いは、スクワットと近藤に集中していることであった。


何故ならば、そのお陰で3年生女子の恒久に対する誹謗中傷を耳にすることが無かったのだから。


しかし恒久と同学年の男子達は、先輩女子の言葉をスクワットによって薄れつつある意識の中でしっかりと聞いていた。


それによって1年1組の男子達は、


『恒久のようにはなるまい』

という想いと恒久への同情心から、謎の一致団結を見せることとなった。


それが体育祭にどう影響するのかは、わからないが。



そんなどうでも良いことはさておき。


とにかくこうして忍者部一同は、鬼のような応援合戦の練習をこなしながら、ノリの慈悲の無い課題に取り組むこととなったのである。

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