第229話:忘れもしない色気

「えっ??」

突然幼女から目を閉じるように言われた隠は、そんな声を出して戸惑っていた。


わけも分からず、またどうして良いのか判断に困った隠は、助けを求めるように雅に目を向けた。


隠の眼の前にいるのは雑賀雅。

今は分家末席に身を置いているとはいえ、雑賀本家の血を引く人物である。


しかもそれだけでなく、その実力はもはや伝説となっているほどであり、美影すらも尊敬している人物なのである。


そんな雅が、幼女の言うとおりにするようにとでも言うようにコクリと頷いたのを確認した隠は、ボロボロになった父に心配そうな視線を送ったあと、ギュッと目を閉じ、抱いていたゴロウを強く抱きしめた。



「き、貴様、何を・・・」

息子に変な指示を出した幼女に、日立は警戒の目を向けた。


「安心しなさい。別に息子さんに何かするわけじゃないから」

そう返した智乃は、猫の姿へと戻った。


「流石にまだあの頃の姿は無理だけど・・・でも次は、抑えないであげる」

チーノはそう言うと、再び変化の術を発動させた。


そして再び、智乃の姿となったチーノが、地に倒れ込んでいる日立の前へと現れた。


一瞬智乃が何をしたいのか分からなかった日立出会ったが、再び現れた幼女の姿に目を見張った。


先程までの幼女の姿は4歳程であったはずが、今日立の目の前にいるのはそれから少しだけ成長した、6歳程の姿であった。

ほんの少し成長しただけのその姿は、見た目上はほんの少ししか変わっていない。


しかし、それが智乃の場合は大きな意味を持つ。

それはつまり・・・・



「うわっ、エッロ〜」

再び変化の術を使った智乃の姿を見ていた麻耶が、ボソリと呟いていた。


勉強のためと2人の手合わせを見学していた麻耶であるが、チーノのその圧倒的な力を前に、これまでずっと閉口していた。

それが、ここにきてこの発言である。


それほどまでに、今麻耶の視界が捉えている智乃は、エロく妖艶であった。


自身の持つエロさを抑えるために力を割いた結果、本来プレッソと同じくらいの人型へ変化するはずが、若干幼くなっていた智乃である。

その智乃が、今まさにプレッソと同じく6歳くらいの姿へと変化していた。


それの意味することこそが、麻耶の言葉に表れていた。


そう、もうエロいのである。

6歳程の少女がそんなエロさを醸し出すことなど、普通はありえないというくらいに。


そんなもの、純情な男子中学生には絶対に見せることなど出来ないのである。


それを考慮しての、智乃からの隠への指示だったわけだが、必死に目を閉じている隠自身は、ひとり葛藤していた。


(み、見てみたい)

と。


目を閉じていたら、隣から『エロい』などと聞こえてきたのだ。

男子中学生には非常に辛い状況である。


それでも隠は、智乃や雅に逆らうことを良しとはせず、必死に自身の欲望と戦っていたのであった。


それはさておき。


目の前に現れた妖艶な少女に、日立は地べたに這いつくばりながらも目を奪われていた。


日立は、ただそのエロさにそうなっていたのではない。

彼には妻もおり、また犯罪者ロリコンになるような男でもなかった。


それでも智乃に目を奪われていたのは、その妖艶さに懐かしさを覚えたからであった。


「き、貴様は、あの時の・・・」

日立は、必死に言葉を絞り出した。


「やっと思い出したのね」

そう言って笑う智乃は、その場にしゃがんで日立を見つめた。


「確かに私は、雑賀重清の具現獣よ。でも元の私は、あなたが憎んでいる男――雑賀平八の具現獣、シロなのよ」

「甲賀・・・雑賀平八の、具現獣・・・」

智乃を見上げる日立の目からは、涙が流れていた。


「わ、私は何という思い違いを・・・」

そう呟きながら日立は、智乃の足へと縋った。


「本当に、本当に申し訳ないことをした!彼は、雑賀平八は、雅様という美しい妻がおりながら他にも美女を侍らせているとばかり・・・彼は、クソハゲハーレム野郎なんかではなかった!!彼は、ただのハゲだった!!」


「あーぁ」


日立の言葉に、智乃はそんな言葉を漏らした。

平八をハゲなどと呼べば、雅が黙ってはいないと、智乃は知っていたからだ。

おそらく、そう考えている間にも雅が、日立に対しで何か仕掛けるだろうと思っていからであった。


しかし、その智乃の予想は外れることとなる。


何故なら雅は、今すぐにでも日立に罰を与えたいという想いを、必死にこらえていたからだ。

そう、ある人物に頼まれていた雅は、自身に代わり、日立に罰を与えるであろう人物の登場を、今か今かと待っていた。


そして、彼女は現れた。


「このド変態がぁーーーーーーっ!!!」

そんな叫びと共に空中に現れたその人物は、そのまま拳を倒れ込んでいた日立の背中へとめり込ませた。


「こんな幼い女の子の足に縋って泣くなんて、あなたどういう種類の変態なの!?私よりも、あなたはこの子の方が良いっていうの!?」

日立にとどめを刺した女が、日立の背から拳を上げ、日立の前へと着地した。


「日陰!?」

「母上!?」


その姿を見た日立と隠が、声をあげた。


2人が見つめていたのは、日立の妻であり隠の母、陰山日陰であった。

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