第228話:チーノ 対 雑賀日立

「どこからでも掛かってきなさい」

目の前の小さな猫がそう言って自身を全く警戒することなく佇んでいることに、日立は苛立ちを覚えた。


力の差も分からないような具現獣が、粋がりおって、と。


そんな感情を隠しもせず、さっさとこの結末の分かりきった勝負に決着を着けようと考えた日立は、息子に教えた岩石の術を発動して巨大な岩を出現させた。


隠が出したのとは比べ物にならないその巨大な岩を、飛び上がった日立はチーノに向かって蹴りつけた。


それと同時に火の忍力をその巨大な岩に纏わせ、さらに日立は雑賀家忍術『百発百中の術』を発動する。


それはもはや、隕石であった。


「ふはははは!これでどこへ逃げようとも、この岩は貴様をどこまででも追ってゆくぞ!!」

岩を蹴りつけた日立が、高らかに笑って地へと着地する。


一方のチーノはというと。


「・・・別に、逃げなければいいだけじゃない」

と誰にともなく呟いて、自身に向かってくる岩へと猛スピードで突進した。


ただ忍力を纏っただけのチーノと岩がぶつかった。


その瞬間、岩は粉々に砕かれ、チーノとぶつかったことで百発百中の術が解けた岩の破片は、チーノの後方にそびえ立った木々を次々になぎ倒していった。


「なぁっ・・・」

日立は、その光景にただそう声を漏らして呆然としていた。


具現獣がいとも簡単に自身の攻撃を破ったことに、日立は衝撃を受けていた。


しかし、そのせいで日立は気付いていなかった。


チーノが、岩を砕いたスピードをそのままに、日立へと向かっていることに。


「ぐぉぉっ!!!」

結果として日立は、チーノの体を腹で受けることとなり、そのまま吹き飛ばされていった。


先程の岩の破片同様、木々をなぎ倒しながら飛んでいた日立は、そのまま体勢を整えて木に垂直に着地し、チーノへと飛びかかった。


それをヒラリと躱したチーノは、日立から離れた場所へと着地した。


口から血を流している日立が、忌々しそうにチーノを睨んでいた。

トレードマークとも言うべき黄色い忍装束は、既にボロボロになっており、破けた忍装束の内側からもいくつもの血筋が流れていた。


「くそっ、具現獣如きがっ!!」

叫ぶように言った日立の周りに炎が巻き起こり、ボロボロの忍装束を覆うように日立を包んでいった。


火鎧の術である。


大量の忍力の込められたその炎の全てが、日立の全身を包んでいった。


圧縮された炎の鎧を見つめていたチーノは、


「へぇ、中々の練度ね。これは、この姿だと少し手間取りそうね」

そう呟いて、変化の術を発動する。


すると、そこにひとりの幼女智乃が姿を現した。


「っ!?そのような姿で、この私に勝てると思うなよ!!!」

智乃の姿を見た若干の戸惑いを覚えながらもそう叫んで、智乃へと向かって行った。


しかし、日立の心のうちにあったのはただ1つの想い。


(この幼子、どこかで見たことがあるような・・・)


そんなほんの少しの戸惑いですら、智乃の前で持つことは危険であった。


「あら、私を相手にして別の事を考えているなんて、随分と余裕なのね」

そんな言葉を残して目前に迫る日立の前から姿を消した智乃は、直後に日立の頭上から彼を襲った。


日立の頭を掴んだ智乃は、前に進む勢いのまま彼の頭を地面へと叩きつけた。


それにより日立は、顔面カーリングの如く地を滑り、その顔を泥だらけにしていた。


「うぉぉーーっ!」

「ぶへっ!」


「くそぉーーー!」

「ほげっ!」


「どぅぉりゃぁーーー!」

「へぶしっ!」



こうして何度も顔面カーリングを繰り広げた日立の顔は、泥と血で、見るも無残な姿へと変わっていった。


「いい加減、諦めたら?」

「ぐっ。ふ、ふざけるな―――」


日立が智乃に言い返そうとした直後、智乃が日立の懐へと潜り込み、その顎を蹴り上げた。


「かはっ」

そのまま空中へと蹴り上げられた日立は、グルグルと回転しながら上がっていき、いつの間にか頭上で待ち構えていた智乃の膝をその背に受け、地面へと激突した。


もはや火鎧の術も解けてしまった日立はボロボロになりながら、近くに着地した智乃を見上げた。


「どう?あなたが見下している具現獣にコテンパンにやられる気分は?」

「ぐっ・・・・・・き、貴様、何者だ!?」


「あら、まだ分からないのね。お姉さん、ちょっと悲しいわ」

そう笑った智乃は、


「隠君!ちょっと目を閉じててもらえるかしら!?」

日立の息子、隠へと声をかけた。

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