第227話:陰山親子、雅宅へ
「「・・・・・・・」」
陰山親子は、ただ無言で街を歩いていた。
具現獣ゴロウもまた、隠に抱かれるがままにブラブラと揺れながら、無言を貫いていた。
日立にとって息子の隠は、今でこそ才能ある見守りたい息子となっている。しかし息子の才能に気付くまでの日立は、ただ雑賀本家に仕えるための人材としてしか息子を見ておらず、またそう育てるため、時に暴力を振るいながら息子を育ててきた。
片や隠は、父を雑賀本家に仕える優秀な忍者だと認識しており、いくら暴力を振るわれようとも父に対する敬意の念を忘れたことはなかった。
そんな親子の間にこれまで、普段会話らしい会話は存在しなかった。
話すことといえば、雑賀本家に関すること。
そして、日立による雑賀本家絶対主義の思想にまつわる事ばかりであった。
にも関わらず隠がその思想に対して疑問を抱くことが出来たのは、日立の妻であり隠の母、日陰の教育の賜物であった。
日立の妻日陰は、もちろん夫を愛していた。
しかしそれと同時に、息子には優しい子に育ってほしいという想いがあった。
日陰自身は日立の思想を否定するつもりではなかったが、それでも日陰は隠に、事あるごとに言っていた。
『人を差別することなかれ』と。
両親の相反する教えを受けた隠は、それらを自身の中でその2つを噛み砕き、結果として父の思想に疑問を抱くこととなった。
それでも父を尊敬していた隠は、父の思想を真っ向から否定することなく、育ったのである。
隠は、母の想いが叶い、非常に優しい子に育ったのである。
そんな日立、隠親子は、ただ無言で街を歩いていた。
それまでの2人の距離をそのままに。
気が付くと日立の足は、雑賀雅の家の前まで来ていた。
「そうか、隠は雅殿にご挨拶はしておらんかったな」
日立が呟くように言うと、自身に話しかけられたのか分からなかった隠は、ただ曖昧に頷いていた。
「ここは、以前にも話した雑賀雅殿のご自宅だ。雅殿は雑賀本家の血を引きながら、今は分家の末席となった人でな。私としても、どう扱うべきか未だに迷うお方だ」
今度こそ明確に話しかけられた隠は、しっかりと頷いて父について雅の家へと入っていった。
「なんだ、日立かい」
チーノ、麻耶と女子会をしていた雅は、日立の姿を見ると面倒くさそうにそう言った。
「息子に挨拶をさせようと思いまして。しかし雅殿、具現獣とお茶とは、なんとも酔狂なことをされていますな」
日立は、チーノに目を向けながら鼻で笑っていた。
「誰とお茶しようともあたしの勝手だろう?それにコイツはねぇ―――」
「良いのよ雅。こんなエロガキの言うことなんて気にしていないわ」
雅の言葉を遮って、チーノが日立と目も合わせずに日立を切り捨てる。
ちなみに麻耶は、巻き込まれないようひっそりと紅茶を飲んでいた。
「ほう。具現獣如きが、この私を愚弄するか」
日立は、顔を歪ませてチーノを睨みつけた。
「はいはい。さっさと挨拶とやらを済ませて出ていってちょうだい。今は女子会中なのよ」
チーノがチラリと日立に視線を送ってそう告げると、
「貴様、私を馬鹿にしておるのか!?誰の具現獣かは知らんが、いい加減にしないと・・・」
「あら、いい加減にしないと、私はどんな目に会うのかしら?」
「くっ。その態度、私を雑賀本家当主雑賀六兵衛が一番弟子、雑賀日立と知ってのことか!!」
「一番弟子って。あなたと息子さんしか、弟子はいないんでしょう?」
チーノは、日立の言葉にそう返して小馬鹿にしたように微笑んでいた。
(ドクンッ)
日立の心臓は、何故か懐かしさのこもる高鳴りを覚えた。
訳のわからないその高鳴りに、日立のボルテージは更に上がることとなる。
「どこまでも馬鹿にしおって!!貴様、私と手合わせしろ!私が直々に、貴様を教育してくれるわっ!!」
「ちょっと日立、落ち着きな!コイツはねぇ―――」
「雅は黙ってて!」
日立を諌めようとする雅の言葉を、チーノが遮った。
「私も、あなたの息子さんに対する教育方法には少なからず怒りを感じていたのよ。こちらこそ、あなたを教育してあげるわ。雅、場所と、それからあなたの忍力を寄越しなさい」
「まったく、それが人にものを頼む態度かい・・・
まぁアンタの頼みなら断る理由もないけどさ。それにしても、あたしの忍力でいいのかい?」
「えぇ、あなたとは長い付き合いだからね。重清程ではないにしても、充分私の力にすることができるのよ。あ、ただの忍力でいいからね。こんなエロガキ、属性忍力を使う程でもないわ」
「言わせておけば!!今の話、貴様は雅殿の孫、雑賀重清の具現獣ということか!忍者になってたかだか数ヶ月の忍者の具現獣が、私に勝てるなどと思うなよ!!」
日立は、怒りの形相でチーノを睨んでいた。
彼は、怒りのあまり忘れていた。
重清の本来の具現獣がプレッソであるということを。
そして、チーノと雅の会話から、チーノが長く具現獣として生きているということに、気づいてはいなかった。
そんな日立とチーノの戦いが、始まろうとしていた。
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