本当のエピローグ:書籍化されていないお話

「へ、平八先生!これは一体どういうことなんですか!?」

1冊の本を片手に、1人の青年が老人へと詰め寄っていた。

はたから見たら、カツアゲのようにも見えるその2人であったが、青年から詰め寄られた老人は事も無げに青年へと笑いかけた。


「いや、どういうも何も、そのまんまの意味だよ?ってあれ?このやり取り、どこかで見たような・・・ノリ、なんだっけ?」


「私もさっき、そのやり取りを読みましたよ!これでねっ!!」

古賀久則が、そう言って手に持った本を突き出した。


「あ、ノリもその本、買ってくれたんだね」

鈴木平八が、のんきな顔でそう返した。


「『買ってくれたんだね』じゃないですよ!何なんですかこれ!?私の個人情報、ダダ漏れじゃないですか!!」

「え?ノリとのこと本にするって、言ってなかったっけ?」


「聞いてない!断じて聞いてないですよ!以前、中学生時代のことをやたらと平八先生から聞かれるなぁとは思ったことはありましたけど!」

「えー。確かに言ったと思うんだけどなー」


「確かに少し前、大事な話があると呼び出されたことはありますけど!」

「そうそう。その時に話したよね?」


「話してないっ!あの時平八先生、何か話しづらそうな顔をして、その後何故か、雅様との惚気話を話すだけ話して帰られたじゃないですか!」


「・・・・・・あ」


平八が、思わず声を漏らした。


「『あ』じゃないですよ!!何してくれてるんですか!しかもこの付録!!平八先生の教育論なんてみんな読んじゃう!全国の忍者教師達がこぞって買い求めちゃいますって!!」

「えぇ〜。そんなことないって〜」

満更そうでもない顔で、平八の顔がデレていた。


御年73歳のデレ顔である。


「そんなことあるんですって!初忍研(初任忍者教諭研修の略)に行ったら、みんなこの本持ってたんですよ!お陰で、俺が自己紹介しただけで大爆笑だよ!マジで何やってくれてんだよ爺っ!!」

「あ、今日が初忍研か。ノリ、改めて、教員採用試験合格おめでとう!」


「ありがとうございます!じゃねーよ!俺の気持ちも考えろよっ!!」

「そんなことよりノリさぁ」


「そんなことよりって言っちゃったよ!なんだよっ!」

「さっきの口調、どうしたの?今はいつものノリに戻ってるけど、さっきまで敬語だったでしょ?凄く気持ち悪いんだけど」


「あ、忘れてた!っていうか気持ち悪いって、ひどくないですか?」

「いやだって、あれだけ言っても直らなかった口調が、ここに来て突然変わるんだよ?私、今日でノリが死ぬのかと思ったよ」


「いやどんだけだよ!じゃなくて、どんだけですか!っていうか、一応これ、平八先生の真似のつもりなんですけど」

「私、そんなにブレブレな敬語使わないよ?心外。私心外!」


「ブレブレなのは、慣れてないからなんですって!一応教師になるわけだし、その、流石に口調は改めないとなぁって思ったわけだ、じゃなくて、わけですよ」


「もうめちゃくちゃだね。私は話の筋がブレるけど、ノリは話し方がブレる、と。そんなとこまで真似しなくていいんだよ?」

「そこは真似するつもり、ないんですけどね」

ノリは、そう言って苦笑いを浮かべた。


そんなノリは気付いていなかった。

自身の事が書かれた本が、自費とはいえ出版されていることに抗議に来たはずなのに、いつの間にか思いっきり脱線していることに。


長い間平八と過ごすうちにノリは、平八との会話は脱線すらも、もはや本線なのだと錯覚してしまっているのだ。

これはもはや、平八の弟子になる唯一の弊害と言っても過言ではないのであろう。


「そういえば、ロキは一緒じゃないの?」

「あいつなら・・・デートに行きましたよ。初忍研で一緒になった子と」


「さすがロキ。手が早いね〜。ノリも、少しは見習ったら?」

「私は・・・」


「もう、出会いにこだわるの、辞めたら?」

「それは・・・自分で決めたことなんで」


「まったく、変に頑固なんだから。これでも一応気にしてるんだよ?ノリが出会いにこだわってるのは、私のせいでもあるんだからさ」

「平八先生と雅様の出会いに憧れているのは事実ですけど、別に平八先生のせいとは思ってませんよ」


「まぁ、ノリがそう言ってくれるなら、私は何も言わないけどさ」

そう言って平八は空を仰ぎ、感動の声を上げる。


「それにしても、あのノリが教師になるなんてね。教え子が教師になるなんて、本当に嬉しいよ。ご両親もお喜びなんじゃない?」

「お陰様で。2人とも、泣いて喜んでくれましたよ」


「それは良かった」

そう言って笑う平八は、言葉を続けた。


「まさか、ロキまで教師になるとは思わなかったけどね」

「まぁ、ロキが教師目指した理由は、褒められたもんじゃないですけどね」


「そうかい?中学生の時からずっと、ノリという目標に向かって走りつづけてるんだよ?十分凄いさ。ロキ、喜んでたんじゃない?ノリと一緒に教師になれて」

「まさか。めちゃくちゃ悔しがってましたよ。あいつ、私が教員採用試験に落ちることを望んでましたからね。『次は、中忍体でお前の中学に勝つんだぜ!』って、息巻いてましたよ」


「早速次の目標なんて、ロキらしいね。それにしてもさ・・・」

「なんですか?」


「やっぱりノリのその話し方、気持ち悪いよ」

「はぁ〜〜〜。わかったよ。平八先生の前では、いつもの俺でいるよ!」


「そうしてくれると、すごーく助かるよ。いつか、生徒たちの前でも、素の自分が出せるといいね」

「俺より馬鹿な生徒ばっか集まったら、考えてやるよ」


「その中に、私の孫が含まれないことを祈るばかりだよ」

平八がそう言って微笑むと、ノリの心に懐かしい暖かさがこみ上げ、


「それはさすがに、ねーだろ」

そう言ってノリもまた、平八に微笑み返すのであった。

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