第5話:そして、ノリへ

古賀久則はこれまでの短い人生で、褒められたことなど一度も無かった。


彼が、孤独だったからである。

それは古賀少年から溢れ出る忍力が、彼の瞳を通して周りの人々に恐怖の念を抱かせていたからに他ならない。


古賀少年が忍者となってからはその忍力も抑えることが可能となり、結果として彼から人々の心に影響を与える程の忍力が溢れ出すことは無くなった。


しかし、ただそれだけなのである。


新たに恐怖を与えることはなくとも、人は、一度感じた恐怖を忘れることなどそう無い。


それが実の両親であろうとも。


むしろ、最も長い間古賀少年の忍力に当てられていた彼の両親の心には、取り返しのつかない程の古賀少年に対する恐怖が宿っていた。


しかしそれも、古賀少年にとってはもはやどうでも良いことであった。

と、古賀少年は自身に言い聞かせていた。


実際のところは、忍者となり、忍力の扱いを覚えたその日のうちに彼は、両親の様子を伺っていた。


今までのことを、謝ろう、と。


しかし彼の両親は、古賀少年のそんな想いになど気付くはずもなく、恐怖をその心に宿したまま、古賀少年への接触を最小限に留めることだけに注力していた。


そんな両親を、古賀少年は責めることが出来なかった。

それは自身が招いたことだと、わかっていたから。


古賀少年は、絶望していた。

両親にではない。

彼自身に。


こんな自分が、他人に何かを求めるなんて、間違っていた、と。


結局古賀少年は両親に謝ることなく、それからも他人とは一定の距離を保つよう努めていた。



そんな彼の頭に、平八の優しさが籠もった手が触れた。


はじめノリは、何が起きたか分からなかった。


しかしそれが、褒める行為だと理解した時、彼はどう反応していいか分からず、ただその手を振り払うことしかできなかった。


平八の手を振り払ったノリは、突然自身の視界がぼやけたことに驚き、叫んだ。


「意味わかんねぇ!何だよこれ!!」


「ノリ、泣いてるんだぜ?」

ロキが、驚いたようにノリの顔を覗き込んでいた。


「ロキ!見てんじゃねぇよ!これは・・・あれだ!雨が目に入ったんだよ!」

「いや、本日は晴天なり、だぜ?」

ロキが、ニヤニヤしながら天を仰いだ。


「ロキ、男が泣いているときは、そっとしておいてあげるのが友達ってもんだよ?」

「はぁ!?泣いてねーよ!変な事いってんじゃねーぞ!じ・・・へ、平八先生」

ノリの最後の言葉は、蚊の鳴くような小さな声だった。


「え!?ちょ、ロキ!聞いた!?今ノリが、私のこと『平八先生』って呼んでくれたよ!!」

平八が、満面の笑みでロキの肩を持ち、グラングランと揺らしていた。


「き、聞いてたんだぜ。だ、だから先生、ちょ、やめてほしいんだぜ!?首が取れるんだぜ!?」


顔を赤らめていたノリは、そんなロキと平八の様子を見て笑い出した。


「ノ、ノリが笑ってるとこなんて、初めて見たんだぜ」

「いや、さっきの泣いているノリの方が貴重じゃない?」

そう言って笑みを浮かべる2人をよそにひとしきり笑ったノリは、涙を拭きながら平八に目を向けた。


「へ、平八先生。こ、これまで、本当に悪かった!俺、忍者辞めたくねーんだよ。だから、その、これからもよろしく頼む」

ノリは、平八に深々と頭を下げた。


「うん。その気持ちはすごーく嬉しいんだけど、ノリ。君はまず、その口調を正そうね」

「あ、すんません。癖で。あと、ロキ」

ノリは平八に苦笑いを返したあと、ロキへと向き直った。


「今まで悪かったな。これからは、その、と、友達として、模擬戦の時にはちゃんと手加減してやるからよ」

「平八先生。こいつツンデレのくせにムカつくんだぜ?」


「はっはっは!まぁ、一応素直に友達と認めてるんだから、素晴らしい成長じゃないか」

平八は笑ってそう言うと、真面目な顔で2人を見た。


「残念なことに我が忍者部は、君達2人になってしまった。次の中忍体は難しいかもしれないけど、一緒に修行、頑張っていこう!」


「おうっ!」

「はい、だぜ!」

2人の元気な声が、辺りにこだました。


「あ!!!」

平八が、突然大声をあげた。


「先生〜。今のは、そのまま場面が変わるとこなんだせー」

「ロキ、なんだよ場面が変わるって。で、平八先生、どうしたんすか?」


「いや、今日は結婚記念日だったんだ!どうしよう、妻へのプレゼント買ってない!何がいいと思う!?」


「知らねーよ!んなもん自分で考えろよ!」

「ロキ〜。ノリが荒い口調にもどっちゃったよ〜」

「いや、今のは先生が悪いと思うんだぜ」


「ロキがノリの味方をしている!なんだか、急に仲良くなっちゃったね。じゃ、私はひとっ走り妻へのプレゼントを買いに行くから、行くよ。

『ノリが素直になった記念』に、2人はこのまま『中央公園』で好きなだけ飲み食いして。店には私のおごりって伝えておくから。

本当は3人で行きたかったけど、妻に怒られたくないから、それはまた今度ね。」


平八は、そう言ってその場を走り去った。


「・・・慌ただしい爺さんだ」

「それに、一気に話が脱線したんだぜ」


「「はぁ〜〜〜」」


2人のため息が重なり、ノリとロキは一瞬目が合い、そのまま笑みを浮かべた。


「じゃ、行くか」

「だぜ!ノリ!どっちが先に着くか、競争するんだぜ!!」


「バカかお前。さっきの平八先生の言葉忘れたのか?今日はあの人のおごりなんだぞ?

せっかくなら、どっちが食えるか、勝負だ。まぁ、どうせ俺が勝つけどな。ハチ、お前も何か食べるか?」


(あら、私のこと忘れてなかったのね!?もちろん私も食べるわよ!!)

(ハチ。お前にも、色々と迷惑かけたな。悪かった)


(今更何言ってるのよ!そんなことで怒ってたら、あんたの具現獣なんてやってられないわよ!)

(そうか。そのー、なんだ。これからも、よろしくな)


「おいノリ!さっきからなにボーっとしてるんだぜ!?早く行くぜ!」

「ちっ。ハチと話してたんだよ!」


こうして、ノリとロキ、そしてノリの中にいるハチは『中央公園』へと向かい、そこで腹がはち切れんばかりに食べたという。


そして翌日、2人はたっぷり平八から叱られたのであった。

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