第84話:最終日遭遇戦 その5
重清たちがいつも修行を行っているこの森は、現代の術作成の神と呼ばれる天才、雑賀雅が作成した術によって作られたものである。
2中忍者部はいつも森を使用してはいるものの、実際には忍者部の部室の扉を開ける前に他の場所をイメージすれば、おおよその場所はコピーされる形で扉の先に作られる。
この空間での怪我は、現実世界に戻ると綺麗さっぱりとなくなる。
また、ソウによって飛ばされた恒久が無事であったように、この場所に存在する木々や建造物に激突することでは致命傷を負うことはなく、せいぜい打撲だけとなる。
それだけではなく、作られたその空間には天気も存在する。
「可能な限り、現実に即した修行を」というカリキュラム作成者、雑賀平八の意向を受け、各中学校付近の天気がそのまま反映されるよう、設計されていた。
そして、遭遇戦の行われているその日の忍が丘市の天気は晴れ。
6月に差し掛ってはいたものの、未だ梅雨には入っておらず、暖かな気候であった。
そんな気候の中。
恒久からアイツ呼ばわりされていた雑賀重清は・・・
寝ていた。
膝にプレッソとチーノを抱え、木に寄りかかって、それはもう気持ちよさそうに。
その隣では、本来修行中に寝ることを諫めるべき先輩、ノブの姿があった。
よだれをたらし、「ゴリ子さぁ~~ん!」と、謎の寝言を言いながら。
2人と2匹は、ノブが言ったように本当は少しだけ休むつもりであったのだが、遭遇戦前の修行の疲れもあり、いつの間にか全員そろって寝てしまっていた。
そんな謎のお昼寝タイムは、1人の少女によって打ち破られる。
「シ~~~~ゲ~~~~!」
その声に目を覚ました重清が寝惚け眼で声のした方に目を向けると、アカが重清に向って走っていた。
女子に名前を呼ばれながら走り寄られること自体初めてだった重清は、瞬時に思う。
(あ、これは抱き着かれるやつだ。)
と。
そう思った重清は、アカを抱きしめるべく、両手を広げる。
琴音ちゃん一筋のはずなのに、別の女子を抱きしめて良いのだろうか。
しかし、考えてほしい。
重清は先ほどまで寝ており、女子の声で目を覚まし、その女子が自分に向かって猛然と突き進んでくるのだ。
健全な男子中学生であれば、冷静な判断などできるはずもない、はずだ。
そして、アカが重清の腕の中へと納まる。
「ブヘッ!!」
ことはなく、アカはその勢いのまま重清の顔面に、自身の拳をこれでもかというほど思いっきりぶつけ、重清がそのまま吹き飛ばされる。
「ちょっと、アカ、何で突然急いで・・・・あぁ。うん。」
アカに遅れてその場に到着したソウは、アカにいきなり殴りつけられ、そのまま再び眠りに就こうとする重清を見て、そっと口を噤む。
そんな光景を見た、同じくアカに遅れて到着したケンは、その光景に笑いをこらえながら、そばの石ころを拾い、ノブへと投げる。
「ゴリ、お前も起きろ。」
「えっ?ゴリ子?あれ、お前ら、どうしたんだ?」
ケンにぶつけられた石のことなど気にも留めずに、目をこすりながらノブも目を覚ます。
「あんたねぇ!!わたし達がどんな思いでここまで来たと思ってんのよ!?何をこんなところでスヤスヤ気持ちよさそうに寝てんじゃないわよ!!!!」
アカが怒りの形相で重清を睨む。
寝ていたのは重清だけじゃないのに・・・
少しだけ可哀そうな重清である。
「ちょっとアカ、落ち着いて。実物を見たのはここにはアカしかいないんだから、落ち着いてシゲたちに話そう?ね??」
ソウが、諭すようにアカに言うと、
「んなこたぁ、分かってるわよ!!!」
と、アカはソウににらみつけ、それにビビったソウは瞬時にケンの背後へと隠れる。
「・・・アカ、落ち着け。」
ケンの言葉に、アカはため息をついて、
「すみません。もう落ち着きました。ソウ、八つ当たりしてゴメンね?」
とケンの後ろのソウに笑顔を向ける。
「え~っと、おれ、なんで殴られたの?え、全然話について行けないんですけど?」
アカに殴られた頬をさすりながら、重清はただその光景を見ていた。
「はぁ。シゲ、それからノブさん。お話があります。」
重清の様子に再びため息をつきながら、アカは重清とノブにこれまでの経緯を説明する。
「あ~、それかぁ・・・」
今度はアカの話を聞いた重清がため息をつきながらそう言葉を漏らす。
「それ多分、ばあちゃんの『修行用忍術・おままごとの術』だわ。」
「「「おままごと!?」」」
「「あぁ、あれかぁ。」」
なんとも可愛らしい名前の術にアカ、ソウ、ケンの言葉が重なり、その術のことをよぉ~く知っているプレッソとチーノも、表情を曇らせて声を重ねる。
唯一、どちらにも入れなかったノブだけが、「え、なに?おままごと?」と呟いてキョロキョロしていた。
「そう、おままごと。ばあちゃんの決めた設定に則って、ばあちゃんと戦うんだ。ちゃんと設定に従わないと、雷が落ちてくるっていう罰付きの。
それ以外は、普通に戦えばいいだけなんだけどね。本人曰く、完全に『役になりきるのを楽しむために作った術』らしいからね。
っていうか、今回ばあちゃん大魔王なんだ。そんなの、よく知ってたな~。いつも、『実は忍者だった悪代官様』とかなのに。」
暢気そうにそう告げる重清に、
「えっと、シゲ?その、術のことは分かった、いや、よくわかってはいないけど。とにかく、その、何か攻略法みたいなものはないの??」
アカが暢気な重清に若干イラつきながらも、藁にもすがる想いで重清に尋ねる。
「もちろん!それは・・・」
「「「それは??」」」
「死なないように、最初から全力でいく!!」
重清の言葉に、アカ、ソウ、ケンの3人はただただため息をつくばかりであった。
「とにかく、合流するぞ。ソウ、他の『勇者』はどこだ?」
ケンが早くも術に順応して当たり前のようにショウ達を『勇者』と呼ぶことに少し噴出して、ソウはレーダーに目を向ける。
「あ。もうそこまで来てますね。」
そう言ってソウが向ける視線の先に、他の面々も目を向けると、
ショウ、シン、恒久が必死の形相で重清たちのところ向かって走っていた。
背後に大魔王を従えて。
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