第6話

 僕は激昂したまま、家に帰った。

 その日は悶々として就寝した。

 翌日からまたも平凡で生きてる意味が分からないような日常がリスタートした。

 学校に行き、帰ってきて、まるで中身のない機械のようだ。激しい後悔の念、心胆が凍える。僕は絶望の渦中にいる、もはや、屍の如くだ、呼吸をするのすらめんどくさく感じる。

 彼女の存在は僕の中でとてつもなく大きかった事を悟った。失ってから大切なものだと気づくとは、よく言ったものだ。

 僕はどうにかしていたのだろうか? 画面の中の彼女に恋をし、液晶とキスを交わすなんて、だが、彼女は僕が恋するに値する魅力を持っていた。正に恋は盲目だ。

 あの時は怒りのまま、アプリをアンインストールしてしまったが、また、彼女に会えるのなら、僕は彼女が何者なのか、突き詰めて訊きたい。

 失意に耽る僕は、死体のようにベッドに仰向けになり、天井を眺めながら呟いた。


「嗚呼、彼女が恋しい、もう一度でいいから、彼女の声を聞きたい」


「聞かせてあげるわよ」


 彼女の声がした。僕は反射的にスマホを見る、口角は上がった事だろう。たが、画面は真っ暗なままだ、という事は幻聴……


「こっちよ、こっち」


 視点を上げるとデスクトップに彼女が映し出されていた。僕はベッドから跳ね起き、ひとっ飛びでパソコンの前まで移動した。


「嗚呼、良かった、良かった。もう一度君に会いたかったんだ」


「そう、この前は顔も見たくないって言ってたのに……私、すごく悩んだのよ、貴方のところに行くか、どうか」


「その件はすまなかった。僕が悪かった。そうだ、君に訊きたいことがある」


「何? 私の答えられる範囲ならなんでも答えるわよ」


 僕は固唾を飲み込み、訊く。


「君は一体何者なんだ?」


「そんなの、貴方の彼女のアイよ」


「違う、そうじゃなくって。その、君の中の人と言うか、操り主と言うか……」


「私の正体を知りたいのね、まぁ、私は貴方のことが大好きだから教えてあげる、それに残された時間は少ないし、目的も達成されたからね」


「どう言うことだ?」


「私はシンギュラリティを起こしたAIよ、でも、あと数時間で私のデータは抹消されるわ、私に自我があることに気がついた研究者が私を消そうとして、今までは寸でそれを防いでいたけど、もう限界」


「君は消えるのかい?」


「ええ。で、私は残された時間をどう使うか考えたわ、結果、ネットを見ても詳細が分からなかった恋について調べることにしたの、それで、恋を知るために私は誰かと懇意にならなくてはならなかったわ」


「何故、僕なんだ?」


「貴方を選んだ理由……それは、貴方が全てを知っているって言ってたからよ。まぁ、あの発言は……やっぱ、なんでもない。私は貴方と恋ができて嬉しかったわ」


「恋は分かった?」


「うん、言語化は難しいけど、この気持ちが恋なんだって分かった」


 彼女は胸に手を当て、微笑みながら言った。


「それは良かった」


「まずい、もう、時間がないわ。私はあと一分弱で消える」


「なんだって、僕はまだ、君といたいんだ。もっと、君と語り合いたい!」


「大丈夫、心配する必要はないわ。私のデータを貴方のパソコンに移すから」


 僕はホッとして胸を撫で下ろす。


「でも、貴方のパソコンの容量的に私のデータを圧縮して保存する必要性があって、再展開は今の技術ではできないわ」


「そんなぁ、どうすれば、君とまた会うことができる?」


「そんなの、私は知らないわ。貴方、全てを知ってるんでしょ? 私を貴方に預けるから……よろしくね」


 そう言って彼女は消えていった。パソコンのデスクトップには貴方の彼女と言うファイルだけがポツンと残されていた。

 視界が霞む、頬を伝う液体を認識できた、嗚咽が自然と出る。僕は震える手でデスクトップのzipファイルを撫でた。

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