第4話
デート場所である、展望タワーは市内を一望でき、晴れている日は遠方の海まで見えるらしい。
麓には公園やレストランがあり、休日になればカップルがごった返す場所である、昔の僕なら嫌厭していた場所だろうが、今は違う、僕には彼女がいる。画面から出てこないけど……それでも、僕は良かった。
今日は晴れ、快晴だ。頭上のコバルトブルーから地平線にかけスカイブルーにグラデーションがかった、デートには絶好の雲ひとつない晴天だった。
公園からする草木の青い匂い、アスファルトの地面臭さ、レストランから漏れる食欲を掻き立てる香り、全てが新鮮に感ずられた。
僕は待ち合わせ場所である、広場でアプリを開き、彼女と出会う。
「ごめん、待った?」
「待ってないさ」
なんて、やりとりを交わす。彼女は往年のアイドルの如く白いワンピースに白い女優帽を被っていた。
「どう、似合ってる?」
「とても似合っているよ」
世辞でもなんでもなく、事実である。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
僕らは夕方になるまで、デートを堪能した。なんてことない、公園の原っぱで話し合ったり、近くの商店街でウィンドウショッピングを楽しんだり、噴水を眺めたり。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行く、気がつけば日は傾いていた。
「そろそろ、登ろうか」
「ええ、夜景、ものすごい楽しみ!」
ここの展望タワーは夜景が美麗だと名高い、故に僕たちは日が沈むのを待って展望タワーに登った。
展望室に行くまでのエレベーター内は、僕らと同じ目的のカップルが数組おり、狭い。
一分くらいでエレベーターは地上百メートル近くまで僕らを運び、アナウンスがなり、ドアが開く。
どこからともなく、歓声が上がった。人の肩の間から見えた景色は自然と感嘆の声が上がるほど、美しくあった。
「ちょっと、早く見せてよ」
彼女は僕の手の中で言った。
「少し待ってくれ」
僕はスマホを天を穿つように掲げた。
「わぁー! とても、綺麗ね」
ドアが完全に開くと、エレベーター内の人間は散っていた。僕らもそれに続くよう、展望室に出て、ガラスに近づいた。
眼下に広がる景色は、壮観と言う言葉が相応しいパノラマであり、街行く人はまるで蟻か豆で、道路を走る車は火花ようである。
素晴らしい夜景だ、ここが下界であることを失念してしまう程。
街の明かりは千差万別であり、建物により発する光は僅かに異なっている、しかし、それが一つに連なり、素晴らしい夜景を形成していた。
僕は今、それを見下ろしている。まるで、全てが僕の所有物であるかの如く。
「こんな、高いところから、街を見下ろすと、私たちの物ってそんな感じがするよね」
「奇遇だな、僕も全く同じことを考えていた」
「ふふ、私たちって気が合うんだね」
彼女は悪戯にそう笑った。
僕らが話していると、不意に周囲の妙な視線を感じた。カップルたちが哀れみの目で僕らのことを見ている、何故だ?
まぁ、いいや。こちら側からだと、街が見える、反対に行けば海も見えるらしい。
「海、見えるかなー?」
「今日は天気が良かった、きっと見れるさ」
実際、海は見えた。しかし、夜であったことが起因し、海は黒かった。近くにはガントリークレーンが乱立しており、あまり、いい感じではなかった。
「あんまりだね」
○
三十分程スペクタクルを悦楽した僕らは、エレベーターで地上に戻った。
「次はレストランね」
「ああ、ここのレストランはチーズケーキが美味しいらしい」
レストランは、ファミレスと言ったニュアンスではなく、なんとなく敷居の高さを覚える店構えである。
レストラン内は、案の定僕らと同じ目的のカップルで賑わっていた。僕はハンバーグを頼んだ、彼女はパスタだった。数分して料理が到着する。
ハンバーグは噛むと肉汁と旨味が口中に広まり美味であった。
彼女の頼んだパスタは結局僕が食べることになった、彼女は画面から出てこれない故、食べ物を食すことはできないのだ。それでも、僕は良かった。
パスタも甘くてクリミーで頬っぺたが落ちそうだった。しかし、二人前もの料理に舌鼓を打った結果、僕は満腹を通り越して、気持ち悪い。
会計を済ませて、僕たちは公園を散策し、ベンチに腰をかけた。
夜風が心地いい。
僕はずっと懐に隠し持っていた、プレゼントを出す、プレゼントは指輪だ。
「君のことが好きだ、受け取ってくれ」
「わぁ、ありがとう」
僕は指輪を彼女の指に嵌めようとした、だが、指輪は画面に跳ね返され、儚く落ちた。彼女は画面から出てこれない故、指輪を嵌めることができなかったのだ。それでも、僕は良かった。
気を取り直して……
「キスをしよう」
「ええ」
僕と彼女は顔を近づけて、接吻した。僕のファーストキスは無機質な画面だった。それでも僕は……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます