**7話(4)**
時間とはドミノのようなものだという。
倒れたドミノを1つ引き抜いて移動させたとしても。
すでに倒れているドミノに影響が出る事はない。
倒れている、という結果はすでに
引き抜いたドミノを置き直し、倒れたドミノを立てて。
ドミノ倒しを「やり直す」場合以外、歯抜けで倒れていようと。
〝本流〟への影響はないからそれは誤差として許容される。
時間という概念には大きく2つの時系列がある。
時間を移動する存在にとって、己の
両者はともに矛盾しないし、いずれも破綻することはない。
絶対系は最後に帳尻さえあえばいい、ドミノの数さえあっていればいいのだ。
故に時間移動者は未来を書き換える事ができる、それが矛盾せず許さされる。
――だが、そこに
ドミノの数さえあっていればいい、とは。
すなわちドミノの数だけは変える事ができないという意味でもある。
ダンベルを上げ下げする手を止め、吾続司は嘆息する。
つまりEigisを増やすとか、別の時系列から
そういった
それでは帳尻が合わなくなってしまうからだ。
時間軸上に存在する存在の総数は常に等価だという。
それらは移動あるいは変化する事はあっても増加することはない。
まあ、難しい話ではなく、結論は簡単である。
そもそももう、やり直しはできない。
その全ては既に使い切られてる。
正真正銘、これが最後の戦いということだ。
もっとも、
そもそも
司にしてみればやり直しが効かない、というのも今更の話ではある。
固定された鉄棒を両腕でつかんで
ともあれ、ハギの話を聞いてから事ある毎に脳裏を
自分の娘。
今の司には娘や、結婚どころか恋人も居ないわけだが。
当然、思うところがないわけがなかった。
そもそも父親が自分で母親が出流である。
そうか出流か……。
と
その話が出る直前、同日に
吾続司にも通り一遍の性知識はある。
ギッギッと鉄棒を軋ませながら両腕、右腕、左腕と使う腕を変えて懸垂を続ける。
生理を止めれば当然、妊娠はしない。
いや厳密に言えばその表現は正確ではないのかもしれないが。
軍が支給するMCパッチに避妊効果が含まれていないと言う事もないだろう。
ハギから聞いた断片的な時系列に照らし合わせる限り、その時の出流はまだ纏者だ。
つまりそれは意図的にMCパッチの使用を止めない限りあり得ない事態であり……。
愛されてたんだな、その時系列の俺……、と
嬉しくないかどうかで言えば嬉しいに決まっていた。
足先を地面につけないまま逆上がりの要領で上下を入れ替える。
鉄棒に足を、膝をかけて頭を下にぶら下がり、腹筋を開始。
鉄棒を軋ませながら上半身を持ち上げ、ゆっくりと降ろす、それを繰り返す。
――?
何か、違和感があった。
何か今自分は見落としをしなかっただろうか。
思考を巻き戻し、最前考えていた内容を反復する。
未来、あり得た未来、到来しなかった未来。
思考はぐるぐると回想と想像の迷宮に飲み込まれていく。
肉体はその間も動くのを止めない。
鉄棒を軋ませながら腹筋、肉体運動を消化していく。
どのくらいそうしていたのか、不意に。
「――う~ん……、オブッ」
顔面にたたきつけられた何かに思考と動作がが強制中断された。
半ば反射的にそれをつかみ取り、目視。
タオルに包まれたスポーツ
「あ、イェーナ?」
「『訓練室で真顔とキモ笑いを交互に浮かべながら黙々とキモく筋トレしてる変態がいてキモいので何とかしてイェーナの担当でしょ』ってフタバに言われたんだけど」
「ちょっと、キモいって言い過ぎでしょ、1文のなかで3回も言う必要ある?!」
「言ったのは私じゃなくてフタバだって。
――まあでもキモいわ、今回ばかりはフタバと同意見」
「ウッソ?!」
「いやマジで、キモい、よッ」
不意打ち気味にイェーナの右脚が跳ね上がる。
そつなく
イェーナの右脚が降りている間に地上に降り、れない。
再び
膝と腰の捻りだけで爪先が軌道を変える、
狙いは脇腹、上体を捻る、今度は肘で受ける、
対してイェーナは背を逸らし強引に脚先を引き戻す。
ツカサの肘を
わずかに減速した爪先を捕らえようと手を伸ばす、――届かない。
当然それも想定範囲、手を伸ばした勢いのまま上体を起こす、跳ね上げる。
鉄棒を両手で掴んで両足を抜く、右手を軸に身体を捻って横薙ぎの蹴りで牽制。
イェーナが距離を取って
両腕を軽く持ち上げて緩やかに
「……えっと何これ、続けるの?」
「ハ」
イェーナが嗤って再び右脚が跳ね上がる。
飛燕の動きで急落した爪先は的確に膝を打ち抜き、きれない。
左足を上げて
防いでいても仕方ない、というか防御しても痛い。
決断は迅速、左足は前へ下ろした、踏み込みながら手を伸ばす。
イェーナが肘を振って迎撃してくるがこれは腕で払った。
密着の間合い、組み合い、この距離なら筋力に勝るツカサが有利。
――最も、イェーナがその気なら有利もクソもない。
〝
まあ、そもそも最初からそこは手加減されていた。
純粋な戦力という意味でいまだツカサはイェーナに勝ち得ない。
密着する。
腰に手を回して逃がさないように捕らえる。
距離を離さなければ速度と遠心力に頼るイェーナの主戦法は封じる事ができる。
「……汗臭ぇ、っていうかびっしょりじゃねーか濡れるだろ放せ」
「やだ。蹴られたくないし。
ていうかイェーナ、スカートで蹴り技はどうかと思うよ」
「うるせーハンデだよ」
「う~ん……」
何故、突然蹴られたのか。
最後の突進は彼女ならもっと上手く
汗臭い放せ、と言う割に抵抗のそぶりが無いのはなぜか。
――誘われたなこれは。
優位を取るために密着するのは想定が容易な戦術展開である。
つまり、ツカサは誘導されたのだ、この体勢に。
だがそこから派生するべき反撃、あるいは攻撃の気配はない。
ということは、だ。
この
と思ったが口にはしなかった。
そんなことを口にしたが最後。
イェーナ・プファンクーフェンは短慮な様でいて思慮深い。
乱暴に見えて繊細で、横暴に思われがちだが他人に気を使いがちな少女である。
ただし気が強く、負けず嫌いで、素直ではないという点は第一印象に
この1年で多少伸びた
どうしようかな、と悩む。
イェーナは動かない、ツカサも動けなかった。
どうしようかな、と悩む。
イェーナは動かず、ツカサはそっと手を、
「……あの、そういうの。
もっと場所は選んだ方がいいと思います」
開いたままの訓練室の扉の向こうから、通りすがりの
ぎくしゃくとイェーナから離れたツカサは床に転がっていたスポーツ飲料のボトルとタオルを拾い上げ、タオルで乱暴に顔をぬぐう。
「あー、これ、ありがと」
「あ、うん。いや、大したものじゃないし」
「そういえば、スカート履いてるの珍しいね」
「いや割と履いてるけど……。
私服とか見た事ないだけだろ、
「ああ、なるほど。そういえばそうかも」
ふと、改めてイェーナを見る。
出会った頃には耳ほどまでしか無かった金髪は、肩に届く長さになっていた。
「そういえば髪、結構伸びたね。
似合ってる、か、かわいいよ」
めちゃくちゃ睨まれた。
なんでさ。
************************************
――
いずれにせよ、
今夜、約58日周期の出現パターンを守って
少なくとも
推定出現時刻、20:02まで残り28分。
もっとも、舗装が修復された路上に立っているのは2騎のみ。
Ferro fino は全6騎のEigisの中でTausendと同じ
ちなみにBirthday-clothesは
Yearly-βと、現在不在のYearly-αは
Acht-Drachenは
……それらの呼称が纏者間で使われた記憶は、少なくとも司にはなかった。
そもそも各分類に1騎か2騎しか存在しないのだ。
ことさら区別や名称の意味があるのだろうか。
ともあれ、Ferro fino と Tausend は、同じ遊撃中衛に属している。
……この話をするとイェーナが不機嫌になるのだが、事実なので仕方がない。
だが、同じ遊撃中衛でもこの2騎の能力には差異がある。
Tausendは斥力力場による瞬間的、直線的、鋭角的な物理的速さに特化している。
対してFerro finoの速さはいささか趣が違うものである。
すなわち身のこなしの早さ、対応の速さ、柔軟性、とでも言うべきもの。
Ferro finoは自身の内部、及び外部数mから数百m圏内に微弱な電場を構築する。
これは外刺激に対する
規模はともかく、
体内及び体外、周辺環境に存在する電位を計算単位として扱う事で、人には不可能な対応速度、反応速度を現実化するのだ。
曰く、Ferro finoなら超音速で飛来する高速徹甲弾を切り落とせる。
とは、
どこまで本当か、司には皆目わからないわけだが。
だがその代償として、なのか。
Ferro finoは装甲が極めて薄い。
動きを阻害しないため、というのもあるのだろうが。
肌感覚とそれらの環境電位の間に密接な関係がある、というのが渥美の説明だった。
実際のところはわからない。
いずれにせよ装甲を増やすほど精度が落ちるのは事実のようだった。
そのため、6騎のEigisのなかでも最も外見が異質なのがFerro finoである。
出流とイェーナから「コスプレ」「サムライビキニアーマー」「痴女」など、散々な形容を受けた、と言えば想像がつくだろうか。
何にせよそんなわけで、体長15mmの寄生蜂という形態を持つ
「当たらなければどうという事はない」とは双葉のコメントではあるが。
相手もまた常識外の怪物、鵺である。
緊急時に備えて待機こそすれ、最前線に配置する事はしない、という結論が下されたのだった。
『——残り
頭には入っていると思いますが最終確認です』
骨振通信で
『
出現と同時に通常砲撃で排除できる強度と
出現予定位置で
僚機から肯定の声があがる、ツカサと出流もまた問題ないと肯定。
ベルクリヒトは了解で応じ、続ける。
『自分は
必要性が薄いので戦力は他に回します。
〝
何も近寄らせない事を目的に稼働。
万が一にも人里に到達されたら相当な被害が予測されますので注意を』
それで確認事項は全てだった。
早口だが聞き取りやすいベルクリヒトの説明は10分とかかっていない。
――19:42
視界の端に浮かぶ時刻表記を一瞥。
息を深々と吐く。
発見と同時に火器管制系を同調したYearly-βが砲撃で仕留める。
相手のサイズ的にかすっただけでも十分に仕留められるはずだった。
万が一の場合には
なにせ相手が小さすぎる、まともに戦えるかは不安でしかなかった。
――19:59
『空間微動観測、極小電渦の出現を確認――』
四四丸のオペレータの声が骨振通信に届く。
『――。』
ノイズのように骨振通信の回線が一瞬だけ開くが、無音。
「……今のな、」
『フ、
悲鳴のようなオペレータの報告、
双葉が攻撃を受けた? だがまだ鵺は
『
『——自分が対処します。
滅多に口にしない
既に背後、
Ferro finoからの150mを駆け抜けた
焦りはない、
たとえ不意打ちであろうと、〝竜剣〟の自衛反応を一息に抜ける事はできない。
Acht-Drachenの制御系はFerro finoのそれと同じ。
環境電位を計算単位とする自律知能、目視不能の銃弾ですら防いでくれる。
人影は、おそらく女か。
薄汚れたフライトジャケットを羽織りパーカーのフードを目深にかぶっていた。
そいつは並外れた速さで地面を蹴り
迫る危険に対して〝竜剣〟が自衛反応、——しない。
え?
視界の隅に浮かぶ〝
混乱する、そんな設定をした相手などいない。
致命的なまでに反応が遅れる。
人影の握り拳が彼女の
内臓と横隔膜を突き抜けた衝撃と痛みが呼吸を、行動を阻害する。
崩れ落ちそうになる体を抱き止められる。
「——あなた、は」
「……オルトルート」
身体が
誰かはわからないが、優しい声に。
苦痛に耐えようとする意志が挫かれそうになる。
あなたは、誰?との言葉は
けれど
――■■■。
************************************
Yearly-βの砲火は正確に
瞬く間に1km近い距離を駆け抜け、
『え、あの娘――』
『敵だ! 気を抜くな!』
ツカサの声に困惑が浮かび、イェーナが叱咤する。
イェーナも困惑がないわけではない。
ぐったりと力を失ったベルクリヒトの身体を抱きかかえている女は。
いつかの路上でギターを弾いていたあの弾き語り。
「おまえ、ベルクリヒトを放せ」
困惑を脇においてイェーナは外部音声でそう告げる。
「——〝
地に落ちた八つの〝竜剣〟を喰らいそれは姿を現す。
黒鉄の鎧、蝙蝠の如き剣束翼状の背甲を背負った、それは。
彼らがよく知る存在だった。
――Eigis-Ⅷ/〝Pabilsag〟
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます