**3話(4)**


ender-gazeエンダーゲイズ〟から放たれた18発の艦載弾道弾CLBMは箱根峠を一瞬で地獄に変えた。


1発につき4本、全部で72本。

直径60cm、長さ1.6mの鋼柱の群れは地面を埋め尽くしている。


無論、その場にあったあらゆるものは破壊され尽くされ原型をとどめていない。


その地獄絵図の中に降り立ったのは2騎のEigis、さながらその姿は地獄の騎士か。


紫の燐光をまとった騎士は各々手近にあった鋼柱に手を伸ばす。

右角の騎士は右手に、左角の騎士は左手に。


悪鬼の乗り手に利き腕はない、共に両利き、であれば掴んだ手にも意味はなく。



電界はとうに掌握済み、金属変形、形質固定。

単一の金属からなるただの塊、鋼の柱はその姿を銃身、——否、砲身へと変える。


電磁加速によって秒間6,000発の弾頭を発射する虐殺兵器。

弾頭はない、砲身しかない、否。


2体の悪鬼は各々逆の手を伸ばす、鋼柱に手を触れる。


金属変形、形質固定。

単一の金属からなるただの塊。

鋼の柱はその姿を、禍々しい三角の、無数の弾頭へと変え果てた。


72の、否。残り68の鋼柱その全てが予備の弾頭にして砲身。

これこそがYearly-α/βイェーリー・アルファ/ベータの固有能力。


全Eigis内で最速の金属掌握、変形、構築。

万物万象その一切、この世のすべての金属が彼女たちの支配下にある。


鋼の柱の群れの中を練り歩き、適当なそれを間引いて予備の弾頭を生成する。

弾頭は鋼柱1本換算で32,000発、わずか5秒の斉射で使い切るだけにしかならない。

常の相手ならば適宜、その場での再生成で十分だとは思われるが。


いまだ姿を見せぬ敵は前人未触、人類がいまだ遭遇し得ぬ天敵である。

過剰な搭載による重量の増加、機動力の低下がどう影響するかわからない。

ひとまず各々が追加で更に3本、都合20秒の斉射分を搭載して警戒姿勢を取る。

鋼柱の残り、62本。



雲一つ無い暗天に、冴え冴えとした月光だけが落ちている。


2騎のEigisは腰だめに砲身を構えて背中合わせに立ち、周囲を睥睨する。

油断はなく、慢心もない。


〝N〟の出現予想時刻まで120秒を切っていた、は果たしてどこから来るのか。

 

風が吹く。

装甲越しに頬を撫でる夏の夜風にケビン・ロビンソンは目を細めた。


Eigisの感覚端子は過不足なく彼女に周囲の環境を伝えてくれる。



――祖国は焦っている。


Eigisは日軍より提供されたあまりにも強力で、……危険な兵器だ。

中枢器官たる〝賢者の石ワイズマンズ・セル〟は正体不明ブラックボックスの塊、いや、正体不明ブラックボックスそのものである。


適合者を用意する事に彼らは長い時間を費やしたが、終ぞ人間の側にそれを合わせる事は、それを調整することは全くできなかった。


自分の胸に埋まっているそれを強く意識する。

それは文字通りの秘密の塊、誰が、どのように、そして何故作ったのか全くの不明。


日独米の3国にそれぞれ2基ずつ貸与されたは。

全6基であり増産もままならないとは言うが。


日独にとっても正体不明だという言葉を当然ながら鵜呑みにすることはできない。

だからこその独断専行。


先んじて〝N〟を、Eigisが想定する仮想敵が存在するというのならその生体標本を入手し、可能な限り独占したいという思惑が生じたのはむしろ当然の事だろう。


故に責任重大。

彼女たちに敗北は許されない。


日軍の440機関の言葉を信じるなら。

出現する〝N〟は出現を経る毎に強力になるという。


この世に一度足りとていまだ出現していないそれについて。

なぜそのような推測が成立するのか。

440機関が有するという〝鳥船文書アーカイブ〟もまた謎が多い。

彼らはその文書に従って計画を立案し準備を進めてきたそうだが。


荒唐無稽ではあるがそれを疑う意味はなかった。

いずれにせよこれが最弱の〝N〟との交戦機会。

ここで危険を負ってでも先行するしか選択肢はないのだ。


『——ケビン』


骨振通信で彼女ケビン半身あいぼうが囁く。

背中越しに彼女ロビンが空を見上げているのがわかる。


残り60秒を切っていた。


風はひょうひょうと鳴り響き渦を巻いている。

箱根峠の空には不可視の大渦が出現していた。


天気図や気象情報を確認する必要は感じなかった、だ。


謎の確信を持って砲身を構えなおす。


残り30秒。



青天の霹靂と言う言葉がある。


雲1つ無い青空から出所も知れず雷が落ちるという意味だ。


――つまり、


暗天に渦を巻く風の中心からその雷は脈絡なく落下した。

箱根峠の舗装道路アスファルトの上に非条理の落雷が木霊する。



は黒いと称するにはあまりにも暗い闇。

月夜の晩の暗夜の中にあってさえなお黒々とそれはわだかまる。



光学、感なし。

熱力、感なし。

音波、振動、放射線、あらゆる感覚端子センサーゼロを返してくる。



それは全高2mほどの虚無であった。

形状不明瞭なりて色艶も無し。

完全な漆黒。


それがなんであるか考える前に動いていた。

とうに、2騎の戦鬼Eigisは左右に駆け出している。


45度ずつ、計90度の角度を保って無警告で砲撃。

お手本のような交差射撃。


秒間6,000発、2騎合わせて12,000発、都合3秒総数36,000発の砲弾。



――効果無し。


『弾体質量300%、加速度500%に再設定』


『第2射、』


ロビンとケビン、2人の骨振通信のやり取りが終わる前にそれが動く。



無音の咆哮。


効果は劇的。



2騎のEigisが



――空電、掌握?!


Eigisの纏者クローサーは背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

はEigisの最強、無敵たるゆえんではなかったのか。



米国籍であるKevinケビンRobinsonロビンソンはついぞ知らなかった。






************************************





「箱根峠周辺30km圏が暗転ブラックアウト!」


「通信途絶!!」


悲鳴のような報告が発令所内を満たす中にあって。

渥美アツミ キヨシ特務中佐はなおも平静だった。


「やれやれ、まあこうなるよね。

 『——ベルクリヒト、いけるかい?』」


『行けます』



猟犬Jagdhund老父Alter Vater債権者Gläubiger

寡婦の息子Der Sohn einer Witwe盗賊の息子たちSöhne von Dieben

ポリュフェーモスPolyphem食人鬼kannibalischer Dämon

そして白鳥Schwan


八つの〝竜剣Drachenschwert〟が箱根峠の空を舞う。




骨振通信の向こう側でBerglichtベルクリヒトLohengrinローエングリンが謡う。

渥美清は嗤う、彼らはこの日のために備えてきたのだと。



天には星々よ在れLasst die Sterne am Himmel leuchten


地には花よ満ちよMöge die Erde mit Blumen erfüllt sein


人よ手に剣を取れLeute, nehmt eure Schwerter in die Hand.


牙無き獣は亡骸なればEine Bestie ohne Reißzähne sollte eine Leiche sein


私は枯れ枝の杖を掲げIch habe meine Zweigstellenmitarbeiter überfallen.


新たなる法がお前たちを縛るEin neues Gesetz wird Sie binden.



———〝世界樹の檻Der Welt-Baumkäfig





************************************





突如として制御を失った戦闘ヘリチョッパーは、

それでもなお自由回転飛行オートローテーションで墜落を免れていた。


重力に引かれゆるやかに落ちていくそのコンテナハッチが爆発ボルトで解放される。




「なんだあれ……」


吾続アツヅ ツカサが見下ろす先、箱根峠の一角にそれはあった。

黄の燐光に覆われた巨大な立方体キューブ




「——空電掌握が解けたぞ? おいどうすんだこれ?!」


開いたコンテナハッチから身を乗り出しながらJenaイェーナPfannkuchenプファンクーフェンが叫ぶ。


そんなこと、少年ツカサにだってわからない。



『——ベルクリヒトが制電権を取った。

 行き給え、あれが君たちの戦場だ』


『はぁ?』


『私のフェーズ3で交戦圏エンゲージを閉鎖しました。

 内部では敵の給電を阻害し味方へ優先的に給電権を付与します。

 維持限界まで残り427秒。エリア外への離脱を阻止しつつ殲滅を』



イェーナは馬鹿ではない。

およそ戦闘についてはなおのこと。


ゆえに決断は迅速果断。


「――行くぞ!」



出流もまた決断は早かった、司の背に張り付いてそっと囁く。


「ツカサ」

「わかった!」



戦闘ヘリチョッパーが形を失い暗夜に消えると同時。

入れ替わるように出現した赤と青の戦鬼が空を舞った。



荷電滑空で方向を制御し、ろくな減速もせずに立方体へと突入した2騎の戦鬼。


先んじたのは当然青鬼、イェーナは着地と同時に地を蹴って突進。

そのカイナには既に蒼のプラズマ爪が灯っている。


『——くそ、なんだこいつ、距離感が』


イェーナの悪態が耳朶を打つ。

なるほど〝鵺〟、彼らの敵は塗り潰されたような黒。

手も足も何も見えず立体感も距離感も死んでいる。



『光学補正開始』


ベルクリヒトの冷静な声が響くと同時、怪物に色が生じた。


犬のような獣脚、猿のような両腕は2対4本。

蜥蜴のような太い尾を引いたそれの頭部は雄鶏を思わせた。


仮想の視野で与えられた毛むくじゃらの体は暗色の緑。

煌々と周囲を見渡す眼球は血の紅だ。



『こいつが……!』


『対象を以後〝鵺壱号〟と呼称、結界崩壊まで残り296秒』



Tausendイェーナが弾けるように後退、同時に砲火が鵺壱号を襲う。


砲身を向けて火砲を吼えさせながら後退するEigisは少年ツカサの知らない騎体。


Yearly-βイェーリー・ベータの活動を確認。

 Yearly-αイェーリー・アルファ生命反応バイタル消失ロスト

 纏者クローサーKevinケビンRobinsonロビンソンの死亡を確認』


告げられるベルクリヒトの言葉で司も気づく、

米国のEigisYearly-βが片手で引きずっているのはもう物言わぬ少女の身体だった。


右腕と下半身を喪失した明確な死体。

――初めて目にする戦友の脱落。


心が折れなかったのはささやかな決意カクゴと背に感じるぬくもりのお陰。

痙攣する肺腑と内容物を吐き出さんとする胃を意志の力でねじ伏せる。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおォ!!」


叫びは恐れを叩き伏せ自らを鼓舞するために。


大地に突き立つ鋼の柱に手を伸ばす。

――金属変形、形質固定。


次の瞬間、その手にあるのは刃渡り2mの直剣だ。

複雑なものを再構築することは叶わぬが、この程度ならば。

とうに少年ツカサにも可能になっていた。


秒間1,200発の重榴弾がYearly-βイェーリー・ベータの残弾を食い尽くす。


砲撃が止むと同時に赤と青、2騎の戦鬼は駆け出して。


電磁加速による一刀はだが猿の手に掴み取られる。

構わず身体ごと押し込む、否――、押し込もうとした。


振り抜かれたのは余った猿の手、その爪先にはプラズマ光。

咄嗟に片足を引いて上体を捻る、胸部装甲を削られるが致命傷ではない。


引きずるように刃を立てた直刀が、中途で切り飛ばされる。

受け止めていた猿の手にもプラズマ爪が生じていた。


刀身の1/3を失った直剣を握りなおす。




――〝略奪者の雷牙Der Plünderer-Donnerzahn




骨振通信がイェーナの言葉を響かせる。


司にももうわかっている、イェーナのあれは無敵の必殺技でもなんでもない。

攻撃の軌道はほぼ直線に限られ、速度は敵の反撃に対する加速アトオシにもなり得る。

選択肢高さと向きを増やし得る閉所でなければ背負う危険リスクが大き過ぎるのだ。


それでもなおイェーナは切り札を切った。


無数に突き立つ鋼柱を足場に変則的な奇襲を繰り返す。

だが柱の間隔は遠過ぎその高さは低過ぎる。

ほとんど地面と平行にしか飛べないでは――。


鵺壱号が反応する、プラズマ爪が、——質量を減じた直刀を再形成して斬り込む。


反応はさせない。

左腕2本をまとめて切りつけた。

狙いは伸び切ろうとしていたその肘関節部。

刃が食い込む。


ほぼ同時、出流がBirthday-clothesバースディ・クロースの肩部装甲を分離。

電磁加速で射出する。


装甲だったもの、その一片目をにイェーナが、

Tausendタウゼントが跳ね上がる。


斜めに駆け上がる青の戦鬼、空を切る鵺のプラズマ爪。

直上、第2の鉄片を足場にTausendタウゼントが直落。

鵺の背後に滑り込みながらプラズマ爪が輝く。


直後、跳ね上がる鵺の、弾き飛ばされるTausendタウゼント

尾を振った勢いで上体を捻る鵺、2対4腕のプラズマ爪が渦を巻く。

竜巻のように回転しながら襲い来るそれを、Birthday-clothesバースディ・クロースは後退して回避。


電磁加速による高速機動。

だがそれは、Birthday-clothesバースディ・クロースの専売特許ではない。

鵺が踏み出す、同じく電磁加速。


振りかぶられた左のプラズマ爪。


砲声。

Yearly-βイェーリー・ベータの精密砲撃が正確にその肘を射抜いた。

ちぎれ飛ぶ2対の左腕。


右手で直剣を投げ放ち慣性のまま飛んで来る左腕を迎撃。


左手は既に背後にあった鋼柱に触れている。

――金属変形、形質固定、即座の抜刀。


間髪入れず電磁加速、動きは螺旋。

回転運動から放たれる切っ先が鵺の右胴目がけて放たれる。


鵺の右2対の腕は健在。

プラズマ爪が輝き迎撃の動きを見せる。




鵺の胸を貫いてあらわれるのは蒼のプラズマ爪。

背後から最大加速で突進したTausendタウゼントの必殺の一撃。


だが致命、ならず。

再び尾が跳ね、Tausendを叩いた。


――まだ、動く!


蒼の戦鬼の右腕が肩から異常な角度に捻じれる。

されど悲鳴は上がらない。


鵺の背を蹴って無理やり壊れた右腕を引き抜き離れるTausend。


おそらくはその一瞬、確かに鵺は背後のイェーナ・プファンクーヘンを意識した。


踏み込む。

電磁加速。


救い上げるように低い姿勢から繰り出した直剣の突き。

胸の孔を再び貫いて、鵺の体内から首の後ろへ突き抜ける。


それが、今度こそ本当に致命の一打。


声もなく膝を突いた鵺の身体が灰のように朽ちて崩れた。




『——対象、〝鵺壱号〟の形象崩壊を観測。

 結界崩壊まで残り114秒、カウントアウト。

 展開終了。……お疲れさまでした、我々じんるいの勝利です』



BerglichtベルクリヒトLohengrinローエングリンの静かな声が。

人類対鵺、その初戦の勝利を告げた。




























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