**7話**
イェーナ・プファンクーフェンは2つの大通りが交差する広場にただ、立っていた。
特に何をするでもなく、ただ立っている。
白色の装甲猟兵たちは言葉もなく彼女を取り巻き、その数は刻々と増えていく。
一機一機が自動車を、ダンボール箱かなにかのように折りたためる鋼の兵団。
もっとも。
自分を取り囲む白い悪鬼たちをつまらなそうに眺めていたのも最初だけ。
数分もすればそれにも飽きてぼんやりと立ち尽くしているだけだ。
危機感はなく、恐怖もない。
非金属弾頭による超長距離狙撃あたりは警戒が必要な気もするが。
平時は後方支援部隊とベルクリヒトが警戒に当たってくれているし、まがりなりにも室内であるモール内ではその必要性もないだろう。
つまり、何1つ危険性を抱く要素が無い。
刻々と包囲を厚くしていく白い
イェーナ・プファンクーフェンにとっては危険要素ではない。
『とはいえ、さすがに待つの飽きてきたんだけど。
こいつらもまあアホみたいに数揃えて来たもんだな……』
『この短期間でこれだけの戦力を用意して来たのは評価に値します』
『この国の公安がガバなだけな気もするけど?』
とっとと交戦許可を――
『おまたせイェーナちゃん。
許可が下りたからやっちゃっていいよ、フェーズ2』
『ハ。マジか。
『そろそろ出し惜しみも無しでいいでしょ。
いい加減、
「――
……いいね、派手に行こうじゃない」
ざり、とわずかな砂塵を踏んで
悪鬼の群れがわずかに後退し、彼女を囲む円陣が位置を組み替えた。
『半径200m圏内に第一種優先分類の医療機器が存在しない事を確認しました。
ならばやることは一つ、蹂躙だ。
「――Tausend、
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「……どうやって、動いて?」
『さて、はじまるよ。
見てみな、キミの携帯端末とかさ』
「――え?」
司が見ている前で忽然と携帯端末の電源が落ちる。
16年の人生で初めて見る現象、その正体が少年にはわからない。
それは破損ではない。
この世界には、電池がない、充電が無い、送電線もなく電柱もない。
発電機関はあるが原則的に内燃機関はない。
人類は、70年も前に石油燃料からも化石燃料からも決別した。
あらゆる機械は小型化の一途を辿り、あらゆる機器が電動式に変わっていった。
理由はある。
たった1つにして絶対の1つ。
――浮動遊電子非接触給電システム。
一切の遅滞も障害もなく、発電施設から直接あらゆる機器へ。
人体にも生態系にも悪影響を与えない不可視にして不可欠の電場。
盗電対策の安全装置以外、制限なく
供給元も供給先も関係はない。
暗号化の有無にも安全装置の有無にも左右されない。
そこに浮動遊電子非接触給電という技術が使われている限り。
そこに浮動遊電子という
誰が作った、誰のためのものであっても。
そのすべてを一方的に徴収し簒奪し、一片すら渡すことがない。
暴君、王者、あるいは支配者。
究極の一にして絶対の一、この世界における最悪にして最強の略奪者。
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「――ハ。わかっちゃ居たけど勝負にもなんねーなこれ」
イェーナは失笑にも似た笑いを漏らして周囲を睥睨する。
一方的とすら言うに及ばない、勝負にすらなっていない。
白の装甲兵たちは唯一の例外もなく全てが膝を突いて動かない。
それはまるで絶対支配者に頭を垂れる臣下の如く。
だが、それでもなお相手は往生際は悪く、最後まで諦めなかった。
緊急時用の爆発ボルトで閉鎖殻を吹き飛ばし。
装甲兵から各々銃器で武装した兵が降りて来る。
発砲。
だがもはや金属掌握、
――電荷加熱と磁界制御による疑似金属支配の偽装すら必要はない。
広域給電掌握によって得られた莫大な電力によって斥力磁界障壁を生じさせるだけで弾道はねじ曲がり、弾丸たちはイェーナには届かない。
「悪いな
少なくとも一般歩兵レベルの火力じゃ、お話にもならないっての」
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なんだそれは。
圧倒的などと言う言葉でも生ぬるい。
渥美の言葉が真実なら、Eigisは文字通り単騎で都市機能を奪い得る最悪の兵器だ。
あらゆる機器、兵器を問わず非接触給電に頼る全てを無力化する究極の
仮に外部給電に頼らないシステムを用意しても意味は薄い。
それは結局、陸上生物が息継ぎ無しで水中戦を挑むのにも等しい。
――そしてそもそも、そんな技術はこの世界には存在しない。
『まあ、完全無敵・絶対不敗ってわけではさすがにないけどね。
死角は存在するし、まあその為の装甲形態とかだったりするけど。
言ったでしょ、キミが思ってるより全然ヤバい
渥美が、おそらくは通信の向こうで笑いながら告げる。
確かにあまりにも危険な代物だった。
そのたった一人を送り込むだけで都市機能をほぼ奪い去る事ができ、さらに言うなら莫大な電力を用いて圧倒的な戦闘能力を発揮するのだから。
通常の銃器では撃破できず。
電子機器による支援を必要とする高度近代兵器の全ては無力化される。
知恵、芸術、工芸、戦略を司るゼウスの娘。
女神アテナの
――〝Eigis〟の真実の姿がそれだった。
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イェーナ・プファンクーフェンは漫画や小説が嫌いではない。
だが、誰かを殺す、死なせる事に拒否感を持つ登場人物たちの気持ちはわからない。
若くして軍人などやっているからか、そんな夢は見ていない。
――人を殺すことに、感慨などない。
吾続 司を自宅に送り届ける役を買って出たのは、合理的な理由からだった。
出流 龍起はまだまだ不安定だ。
司と組む事でその能力が発展する事が分かったとしても、まだその能力は未知数で、彼を送り届けた後の帰還中に単独で襲撃に対応できるかについては不安が残る。
ベルクリヒトは論外だ。
戦闘能力はともかく、姿を見せられないのでは話にならない。
今の
帰宅途中に会話はなかった。
だが、目を離すべきではないと思っていた。
夕日に照らされて家路につく司の背中はどこか危なげで、不安定に見えた。
帰りついて家族に迎えられた司は常の姿を取り戻したかのように見えて。
誰の視線も向いていない時にはおぼろな幻のようですらあった。
彼の家族はさすがに何かを感じ取っていたのだろうが。
それは明確な形を伴うことも無く、ただ夜がやって来る。
イェーナ自身もまた、ごく自然に迎え入れられて。
夕食を共にし、風呂を頂き、布団は当然のように司の部屋に用意された。
灯は消えて窓からは静かに夜光が差し、名も知れぬ虫が鳴いていた。
「……起きてるか、後輩」
「……起きてます」
ごろ、と布団の上で寝帰りを打つ気配。
その気になればイェーナは暗闇など見通す事ができる。
だが、そうはしなかった。
夜闇の薄布越しにこそ話せる事もある、そんな気がしていたから。
布団の上で、彼女もごろりと寝返りを打つ。
こちらに背を向け、壁に向いた少年の背中が見えた。
「――
びくりと、背中が震えるのが見えた。
今なら言葉を止めることはできるだろう、だがそうはしない。
言うべきことが、伝えることがあると思ったから。
「ベルクリヒトは言うまでもないし、あいつは私の何倍じゃ効かないだろうな。
……イズルのやつはまあ、なさそうか。
なあ、
止まりそうになる舌を動かすのは、初めて引き金を引いた時より恐ろしかった。
「オマエさ、肉食う時なにか思うか? 何も思わないだろ。
軍人の
……何もねぇよ、最初の時はそりゃ、色々考えたけど、」
ふ、と薄い息を吐く。
そうだ、認めろ。
人を殺すことに感慨や後悔は無いと。
「でも、気づくんだ。
いずれそんな生活に慣れても、気づくんだよ。
怖いのは、……そう、
怖いのは殺す事じゃない。
遠ざかる事だって」
「……遠ざかる?」
「ああ。
みんな、軍人なんて多かれ少なかれ引き金を引く。
そのことになれる、なれていく。
なんてことのない日常になる。
だけど、たとえば仲間が死んだとき。
気付くのさ。
死んだ誰かにも家族や仲間や、友達がいて。
そいつにも日常があるって、あったってことに」
寝返りを打つ、薄暗い天井を見上げる。
そうだ、誰にも誰かにも日常はある、あるのだと。
「だから、そこでやっと気づくんだ。
自分が遠くに来たことに。
――手を汚した事のない誰かと、違う夜の下にいるって。
それが、遠ざかるってこと」
息を、吐く。
深く、吸い、浅く。
「仲間が死ぬことが恐ろしいのは。
そいつがいなくなること以上に。
日常が壊れるのを視たくないから。
認めたくないから、認めたくないからさ。
遠くに来た人間同士で集まれば、そこには別の日常がある。
――裏を返せば、もう
帰る場所なんて、もう遠すぎるからな。
だから――」
だから、これは。
これは、きっと、祈り。
近くに居てくれなんて、願わない。
この手はきっと、あなたには汚れて見えているのでしょう。
だから、どうか、せめて。
私に背中を向けないで。
――これ以上遠くに、行かないで。
深く、深く、息を吐く。
恥ずかしげもなく言えたのは。
言葉を舌にのせたのは、きっと何も見えないからだ。
暗闇の果てに誰かがいると信じられても。
暗闇のそこに誰かがいるとはわからないからだ。
これは、届かない言葉なのだと思えるからだ。
届かないはずの言葉が、届いてくれればいいと願えるからだ。
時計の秒針が、空を叩く音だけが響く。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。
感覚は曖昧で、正確に時間を刻むはずの体内時計はあてにならない。
月光が薄く、細やかに差して。
名も知れぬ虫の
「――先輩、俺。
わがまま言っていいですか」
暗闇の果てから
「いいぜ。言ってみろよ」
紡がれた言葉は、淡々として。
それでもなお夜に溶ける事なく確かに届いた。
だから、
「――ああ、その
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