**6話**

「はい、いいえ。

 ツカサ、自分とツカサは既に逢引きデート中です」


「いや、そうだけど。

 そうじゃなくって。

 ……それは任務でしょ」


「はい」


抜きでデートしよう、俺と」


「はい。

 はい。

 ……自分には、おっしゃる意味がわかりません」


見上げて来る少女イズルの視線には困惑の色が強い。

本当に、何を言われているのかわからないのだろう。


だから司は、状況を明確にすることにした。


藤宮モールの大通り端のベンチに小さな軍人さんを座らせて。

尻ポケットに突っ込んでいた財布をひっくり返して名刺を取り出す。

携帯端末スマートフォンに電話番号を打ち込んで、震える指で通話ボタンを押した。


――ワンコールで繋がった。


『もしもし?

 ボクに何か用かな、吾続司くん』


「……渥美アツミさん。

 イズルに、俺とデートする任務を与えたの、あなたですよね」


『――そうだけど。

 だとしたらなにかな?』



一瞬の間があって、男はあっさりと認めた。

その口調はどこか楽しそうで、それがなぜか酷く癪に障る。



「今すぐそれ、取り消してください」


『何故?』


「任務抜きでデートするからです」


『――、』




今度こそ、一瞬と言わず間があった。



『ンッ……、フ、ハハ、なるほど、なるほどね。

 いや、凄いな、若さだね、いやあ、これは一本取られたな』


「笑ってないで、答えてください。

 取り消してくれるんですか?」


『……いいとも。

 なんというか司くん、キミ、格好いいなあ、いやまじで』


「あなたに言われてもまっったく、嬉しくないです」


『ですよねー。

 ――龍起タツキちゃんに代わって貰える?』



ベンチに座って手持ち無沙汰にしていたイズルに携帯端末を渡す。

おそるおそると言った風に受け取った少女は、それでも相手が渥美と気づいた後は落ち着いて話を聞いているようだった。


はい、いいえ。はい。と、

いつもの彼女らしい応答だけが聞こえる。


長くはかからずに通話が終り。

彼女は[通話終了]の文字が表示された画面を見つめている。

少女は、びっくりとも、茫然ぼうぜんともつかない表情をしていた。


「どうだった?」


「はい。

 ……自分は、任務がなくなりました。

 待機命令なしの完全休暇を本日24:00フタヨンマルマルまで与えると」


フタヨンマルマル?と内心首を傾げ、ややあって24時の事だと思い出す。

この子はこの年齢でもう立派な軍人なのだと、少しだけ悲しくなった。

いや、憐れむ事自体が失礼な事なのだろうとは思うけれど。



「――では、改めて。

 出流イズル 龍起タツキさん、俺とデートしてくれますか?」


ベンチの前に立ってそっと手を差し出す。

気障キザ過ぎるかとも思うがこんなものはノリと勢いだ。


小さな軍人イズルは差し出された手と司の顔の間に何度も視線をさ迷わせ、


「……はい。

 よろしくお願いします、ツカサ」


と、いつもの無表情で、差し出された手に自分の小さな手を重ねたのだった。




とは言うものの。

2人ともがデート経験の無い若者オコサマである。

結局、普通にモールを回る事にした。


まず手始めにやったことは、軍用鞄をコインロッカーに突っ込む事だった。

イズルはだいぶ反対したが、これは任務ではないので、の一言で最終的に納得した。



「イズルは行きたいところとか……、ある?」


「はい、いいえ。

 自分には希望する巡回地点はありません、ツカサ。

 ツカサの希望地点に同行します」


「言い方。

 ん~、じゃあとりあえず本屋とか行こうか」


「はい」


 



************************************





「ん~、お。破線堂先生の新刊が出てる」


「ツカサは小説をたしなむのですか?」


「たまにね。イズルは?」


「自分は技術書以外では、漫画をたまに読む程度です」


「あ、意外。

 イズル、漫画とか読むんだ?」


「はい、いいえ。

 イェーナ少尉が来日してから、感想を共有したいと要求されました。

 それからですが」


「なるほど、凄い納得できる理由だった。

 どんなの読むの? おもしろい?」


「最近読んだ中ではBUSHIDO9ブシドー・ナインが記憶に残っています。

 愛読の一冊です」


「あー……、打ち切り残念だったね……」


「打ち……切り……?」


「そっか、イズルは単行本コミックスまとめ読み派か」


「待ってくださいツカサ、打ち切りとは? 詳細な説明を要求します」


 



************************************





「服屋さんとかは?」


「自分には装備の選択基準に関する経験値が足りませんので……」


「その服、かわいいのに。

 いつもはどんな服を着てるの?」


「はい、いいえ。

 ありがとうございます、ツカサ。

 この服は緑川ミドリカワさんがこの任務の為に、――いえ、失礼しました。

 先の任務の為に用意し、支給してくださったものです。

 残念ながら自分で選定し都合した装備ではありません。

 平時は礼服か略式礼服くらいしか着用しませんので、自分はまだ適切な装備を選ぶのが苦手だと思います」


「なるほど。緑川さんって?」


「技術士官の方で……、機密に触れない話をするなら、そうですね。

 手作りのクッキーをよくくださいます、美味しいです。

 それからスキンシップが過大で、すぐ抱擁されるので時折困ります」


「……一応聞くけど女性の方で?」


「はい。

 ……ツカサはなぜ不安がぬぐわれたかのような顔をしているのでしょうか?」

 




************************************




「イズル、射撃上手いね……」


「はい、いいえ。

 ありがとうございます。

 光学式拳銃は風力やコリオリりょくの影響を受けないので精度が出やすいそうです」


※厳密にはコリオリ力の影響はある。


「光学式拳銃……。

 いやまあ光学式拳銃なのかな射撃ゲームガンシューのコントローラーも」


「ところでツカサ、自分は疑問があります。

 この敵兵はなぜ武装せず、遮蔽もろくにとらずに突撃を繰り返すのでしょう?

 簡易シミュレーターにしても設定戦術がお粗末すぎると思うのですが」


「ゾンビだからね」


「ゾン、ビ……?」

 




************************************





はむはむと小動物めいた仕草でバナナクレープに噛みつく少女イズルを眺めながら、吾続 司は今自分は相当にだらしない顔をしているだろうなあ、と思った。


こぼさないように、だろう。

傍から見ると過剰なまでに細心の注意を払いながらクレープ生地と格闘し、輪切りのバナナを1つずつ撃墜していくその様子は暴力的なまでにかわいらしい。

相変わらず表情には乏しい少女だが、それでもその動きを見ているだけで夢中になって食べているのがよくわかった。



「イズル、俺のも食べる?

 チョコレートとバニラのやつ」


「はい、いいえ。

 本日の推奨される熱量カロリーを総摂取量が超過しています。

 残念ですが――」


「めちゃくちゃ美味しいよ、これ」


「……、ツカサは酷いです。

 自分は確かにそちらのクレープにも興味があります。

 なぜ自重を妨げるかの、ような、」


「はいどうぞ」


「――、はい、いいえ、いいえ。

 ツカサ、……ツカサは酷いです」


「おいしい?」


「……、はい」



クレープを食べるイズルを眺めながら、司は今日は楽しかったな、と小さく笑う。

まだ日が暮れるまでにはもう少しあるが、健全な中高生の逢引きデートとしてはそろそろ終わりの時間だろう。

紳士的に家まで送らねば、などと思い。

そういえばイズルってどこ住みだろう?と司が疑問に突き当たっていると、出流イズル 龍起タツキ 特務 少尉はすくりとベンチから立ち上がった。




「――銃声ガンファイア


「え?」


「ツカサ、こちらへ」



手を掴まれ、モールの天井を支える大柱の陰に引き込まれる。


「ガンファ、え、――銃声?」



耳を凝らす、乾いた尾を引く破音が確かに耳に届いた、まだ遠い。

これが銃声?


携帯端末が振動し、一斉にあちこちで警告ビープ音が鳴り響く。

画面には『藤宮モールにてテロが発生、近隣住人は最寄り避難所に早急に非難してください』の文字が流れた。


「テロ、って」


「――ツカサ、これを」


司の視界の外で周囲を警戒していたイズルが何かを差し出す。

渡された耳かけ式発音体イヤーフォンを状況もつかめぬまま装着。



『よし、聞こえるな吾続 司こうはい


「え、イェーナせんぱい?」


「先輩……?」


通信機らしいものを手にしていないイズルもなぜか反応したが、ひとまずそれはさておいた。耳を澄ますまでもなくイェーナの声が続く。


『一度しか言わねぇから良く聞け。

 そこの出流チビの制御アカウントは24時まで凍結されてる。

 あの渥美中佐クソデブ、妙なところで律儀な仕事しやがって頭おかしいんじゃねーのか』



『訂正を。イェーナ少尉と自分の体格にそれほど差はありません』


『10cmは十分な差異だと判断しますが。

 とはいえイズル特務少尉、ひとまずそれは置いておいてください』


目の前のイズルは口を開かずに周囲を警戒しているのに、耳に聞こえて来るのは確かに少女の声、通信には第三の声も混じって来る、あの夜にも聞いた声。


『どっちもちょっと黙れや。

 ――ようはBirthday-clothesバースディ・クロースは使えねぇ。

 今そこの小娘チビはなんの武装もねぇただの小娘ガキって事だ、わかるな?』


「――はい」


『ベルクリヒトに逃走ルートは案内ナビさせる。

 オマエがするべきことは?』


「イズルは俺が守ります」



ジジ、と虚空にノイズが走る。

ニジみ出すように現れたのは緑の燐光をともなう、マントを羽織った黒衣の影。


頭部を覆うバイザーのすき間から笑みを浮かべた口元が見え、その唇はこの1週間ですっかり聞きなれた声を発した。


「上等。

 行けよ、色男こうはい

 こっちはなんとかしてやる」


「――はい!」

 




************************************





イズルを抱き抱え、お姫様抱っこの体勢で走っていくコウハイの背中を見ながらイェーナ・プファンクーフェンはクスリと笑う。



「――結構、筋力ちからあるなアイツ」


『いくらイズル特務少尉が小柄とは言え、人ひとり抱えて長距離を走るのは民間人には難しいでしょう。長くとも数分で息切れすると思いますが』



そういう話でもないんだけどな、とイェーナは苦笑するがすぐにその笑みは消える。

真顔に戻り、軍人としての口調で相棒に問いかけた。


「状況は?」


『広域スキャン進捗率74%

 藤宮モール各所に伏兵を置いていたようで洗い出しに時間がかかっています。

 推定大陸軍、セラミック・樹脂系素材の外骨格戦闘装備パワード・スーツを複数確認』


「ヘェ。一応は〝鉄喰らいEisen isst〟対策してみましたってワケか」


『イェーナ。肉声を発していますか? 無音発声に切り替えてください』


『へいへい。これいまいちスッキリしねぇから嫌いなんだよな』


『情報漏洩対策は徹底してください、あなたは――』


『説教は後にしろよ。あっちの狙いは何だと思う?』


『……状況から鑑みるにBirthday-clothesかと。

 吾続 司に該当情報を与えるべきでしたか?』


『知ったところでできることなんざねーだろ。

 敵はこっちで引き付ける、あっちの護衛は任せた』


『準光学迷彩を解除したのはそのためですか。

 人口密度が高過ぎて竜剣Drachenschwertは使えませんのでご注意を』


「――ハ。まあ余裕だろ」

 




************************************





20mだった。


吾続 司は肩を揺らしながら激しく深呼吸を繰り返していた。

背中を撫でてくれる小さな手がむしろつらい。


その場の勢いでイズルを抱えて走り出ダッシュしたものの、体力は続かなかった。

わずかに20mで息切れした司は、自ら腕をすり抜けて着地したイズルに逆に気を使われながらモール大通りの端を移動、遮蔽物に身を隠して避難所を目指していた。


『――5m先で立ち止まって支柱の陰に。

 40秒待機後、駆け足で15m前進し民間人の集団に紛れてください』


イヤーフォンからは第三の纏者クローサー、ベルクリヒト少尉と言うらしい人物の声が細かい逃走経路を指示してくれる。


司にはほとんど面識がない謎の人物だが、イェーナとイズルの反応から信用していい相手だというのはわかっていた。

むしろベルクリヒトの指示が無ければ――



『静かに』



大通りの中央を進軍していく白色セラミック装甲に包まれた外骨格戦闘装備パワード・スーツの一団。

逃げ惑う群衆に用はないのか見向きもしないが、進行の妨げになると見るや警告すらなしに発砲、死体を踏み潰しながら粛々と進撃する死神の群れ。


大通りの中央を避ければかち合う事はほぼないだろうとはいえど、あちらの目的が判然としない以上は視界に映る事すら避けるに越したことはない。



『――はい。

 音を立てても大丈夫です。

 静かに次は南西方面へ』


『了解』


「あれ、何なの」



淡々と指示を出すベルクリヒトと、それを受けて移動を先導するイズル。

だが司は気が気でなかった、あれらはなんなのか、そして、



『GE社のHarDy-Manハーディマン改造基ベースにした外骨格戦闘装備パワード・スーツと推定。

 内部構造にやや差異が見受けられますので正規品ではなく準正模倣品モッドコピー

製造元は不明ですが技術水準は相応に高いと推定されます。

 ……所属先と言う意味でなら解答不能、判断保留、情報不足』



「そうじゃなくて! いやそれもだけど。

 センパ、イェーナは1人で大丈夫なの、あんな、」


『問題ありません』


『はい。大丈夫です、ツカサ』


「……なんでそんなに落ち着いてるのさ、2人とも。

 あの白いのもう20体くらい、」


『確認されている敵性外骨格戦闘装備パワード・スーツは現在47体。

 ――今52体に増えました。なおも増援の反応あり』



静かに、大した事ではないとばかりに最悪の報告を行うベルクリヒト。

司は理解できない、ベルクリヒトも、イズルも、なぜイェーナの心配をしないのか。

それほどまでに彼女らの命は軽いのか、軍人になるという事はそういう事なのか。


「なんで――」


『落ち着きなよ司くん、まあ気持ちはわからんでもないけどさ』



割り込んだ声もまた淡々と、笑いの色さえ含んで、



「渥美さんあんた、状況がわかって」


『わかってないのは

 ――Tausendタウゼントは、Eigisイージスはね、この程度じゃ敗北しまけようがない』


「何を、言って」


『クイズを1つ出題しよう。

 キミの携帯端末スマートフォン自動車クルマ、それ以外の全て。

 機械がどうやって動いてるかわかるかな?』









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