**5話**
「めちゃくちゃ
「……あのな渥美、冗談言ってる場合か?
――
渥美 中佐の対面、パイプ椅子に座った
実際、他国の
至極真面目な話として冗談では済まない話なのだ。
しかも家族公認で同室お泊りしました、等と言う報告を平気で上げてくる。
これは実質的には、示威行為にも等しい。
相手は年頃の男の子である。
悔しいが効果的なアプローチであるのも認めざるを得ない。
幸いにして既成事実にまでは至っていないようだが時間の問題やもしれず。
「いつも思うんだけどキミさ。
上官に対する態度が悪過ぎるよ、
「知るか。同期で腐れ縁だ、今更上官
だいたい対外的な場所ではちゃんとやってるだろうが。
で、適合試験は?」
上官侮辱罪で
例のごとくデスクの引き出しからチョコレート・バーを取り出し包装をむしり取りながら平然と部下の問いに答えた。
「ま、わかってたけど全滅だよね。
試した327名、全員NG、一人残らずね。
複座起動の成功例
ま、女子中学生にいい年したおっさんの背中に張り付けって命令するとかセクハラもいいとこだし結果はハナっから見えてたでしょこんなの」
「
「もちろん試したよ。結果が聞きたい?」
「……ダメか」
ひっくり返りそうな角度でのけぞり、パイプ椅子の後ろ足だけでバランスを取りながら黒岩がため息をつく。
渥美は2本目のチョコレート・バーを取り出しながら肩をすくめた。
「まあダメだよね。
というかこれでイケるならとっくに
「まあ……、それもそうかもな……」
不安定なパイプ椅子の上で黒岩が上着に手を入れて何かを探すようにまさぐる、
眉を寄せて3本目のチョコレート・バーを開封していた渥美中佐が口を開く。
「ここ禁煙だよ、
「いっちゃん言うなデブ。
チッ、何が禁煙だふざけやがって。
おめーは無遠慮にがぶがぶカロリー喰いやがって呪われろ」
「それ八つ当たりですよね? やめて欲しいなぁ、デブにも人権あるんだよ?」
「……真面目な話どうするんだ、吾続 少将の孫の件。
パイプ椅子に座り直した黒岩 中尉の視線が渥美を貫く。
口調は相変わらず軽薄だがその視線には遊びは無く、殺気すら漂っている。
「だねぇ。米国の
しれっとそう言った渥美に黒岩は内心、舌を巻いていた。
米国は三国間で唯一、Eigisに関する情報共有を拒んでいる。
正式には
それが騎体名はおろか、公開されていない訓練の進捗状況まで把握しているのはとんだ食わせ物と言うしかない。
「相変わらず食えねぇなおまえ……」
「
まあこうなるとやることは1つかな」
「あん?」
「
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――
16年の短い人生で、最も危険な状態に置かれていたと言っても良いだろう。
現代社会は
それは時に物理的な結びつきや関係性を凌駕して社会構造に影響を与える。
特に情報の共有・拡散速度という面においては過去のあらゆる社会構造を凌駕すると言っても過言ではない。
つまり。
転校生と屋上で顔を寄せられるなど親密な態度を取り。
思わせぶりな会話をしたあげくに腕を掴まれて逃避行。
街中でべったりくっついて腰に手を回され胸に頭を擦り付けられながら帰宅。
そのまま家族ぐるみで歓待、まさかの同室お泊りイベント発生。
という致命的情報は1日と経過せずに関係者全員に拡散され切ったのだった。
ところで街中はともかく自宅内のイベントまで逐一漏れているのはどういうことか。
家族内に
余談だがイェーナ・プファンクーフェンとの間に特別な出来事はなかった。
天地神明に誓ってなかった。
というか自室に女の子を泊めたと言っても隣室で姉が聞き耳を立てている気配がありありとあったし、恒常監視下で一体何を行えと言うのか、なにができるというのか。
……とまれ、概ね外部からの観測的事実としては全てが真実であり、あまつさえ誰が撮ったのか写真や動画までもが拡散されているのだから最悪である。
当然のごとく
あの夜も、あの公園でも感じなかった(社会的な意味での)死の恐怖を感じた。
「司くん~? まだ寝てるの~? お客さんが来てるわよ~」
そうやって布団に顔をうずめてのたくっていると。
玄関方面から母、吾続 翠の間延びした声が聞こえる。
返事をしたくない、客とは誰だ。
ついにRLNEに既読すらつかない事に業を煮やして
「司くん~? 女の子を待たせるのお母さん感心しないわよ~?」
「……は?」
――女の子を待たせるの、今我が母はそう言ったのか?
服装の乱れを高速で確認しヨレたTシャツを脱ぎ捨て新しいTシャツに着替え寝癖を強引にねじ伏せシャワーを浴びる猶予がないと見るや浴びるように制汗・清涼スプレーを吹きまくった。
ふすまを開けて自室から飛び出す、焦っていると思われたくなかったので必死に早足にならぬよう自制しながら廊下を進む、すれ違った母が笑いながら何事かを言ったが耳には入らなかった。
――余裕に満ち満ちた態度を無理矢理装いながら、少年は玄関に辿り着く。
「おはようございます、アツヅツカサ。
純白のワンピースと麦わら帽子に身を包み。
パンパンに膨れ上がった肩かけ式の
それはそれは見事な敬礼を決める少女がそこに立っていた。
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玄関先で自分の顔を見るなり崩れ落ち膝を突いた
出流 龍起 特務 少尉は非常に困惑していた。
自分は何か、大きなミスを犯したのだろうか。
敬礼か、敬礼がやはりまずかったのか。
あるいは服装の選択を誤ったか?
同僚諸氏や上官の評価は上々であったがあれは世辞だったのか?
自分の愚かな選択を否定できずに内心では苦笑していたのだろうか?
着慣れない平服などではなく礼服を着て来るべきだったか、いや略式礼服の方が?
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自分の想像力の限界を感じながら吾続 司はどうにか体勢を立て直し、立ち上がる。
なるほどそっちであったか。
この吾続 司の
「……やあ、イズルさん、おはよう」
もう時刻は10時を回ろうとしているがおはよう、とあいさつを交わす。
無表情で敬礼を崩さず微動だにしなかった少女が、それでようやく敬礼を崩した。
「どうかイズルと。
自分に敬称は不要です、アツヅツカサ」
「だったら俺もツカサでいいよ。
ええっと、イズルは、今日は何の用かな?」
「はい。
自分は、ツカサにお願いがあって来ました」
「うん、はい。何?」
「自分と
「ごめんなんて?」
「自分と
「まじか」
徹頭徹尾マジだった。
************************************
藤宮市駅の駅前には、〝かがやくいのち〟と名付けられた謎のオブジェクトがある。
前衛芸術というのか近代芸術というのか、その辺は司にはよくわからないが。
ともあれ、何をモチーフにしているのか、どの辺がかがやいてるのかいのちなのか、さっぱりわからないなりには知名度があり、待ち合わせスポットとして市民から愛され、便利がられているオブジェではあった。
――そしてそこに今、吾続 司は立っているのだった。
無論、待ち合わせのためである。
誰とか?
無論、出流 龍起と、である。
わざわざ自宅までやってきた出流 龍起 特務 少尉は、司少年に
ちなみに待ち合わせの時刻は来訪からわずかに30分後。
翌日ですらなく、同日の指定である。
慌ててシャワーを浴び、
早足になりながら駅前、〝かがやくいのち〟前に到着したのが30秒前の事である。
「すみませんツカサ、お待たせしましたか?」
「いや、今来たところだよ、大丈夫」
――なんの茶番だこれ。
という正直な感想はさすがに口にしなかった。
明らかにたまたま遅れて今やってきた、というタイミングではなかった。
明らかにどこかで待機しており、司の到着を待って出てきたとしか思えない。
というかそもそも遅れたのは司の方であり、待ち合わせ時刻を5分ほど過ぎていた。
もし台詞までが棒読みだったなら、司はツッコミを自制できなかっただろう。
明確に誰かの意図、というか指示を感じる。
というかその誰かに司は1人しか心当たりがないが。
2度か3度、今回を含めても4度か5度しか顔を合わせていない司にだってわかる。
これは出流 龍起という少女の、基本的な行動パターンではおそらくない。
ともあれ、デートである。
デートであった。
16年を生きて初の経験である。
『女の子と手をつなぐ』の
こうも早く次の実績が解除されるのは、司にとっても想定外の出来事だった。
ともあれ、デートである。
「それでツカサ、どこに連れて行ってくれるのですか?」
「えっ」
――俺が決めるの?とは口が裂けても言えなかった。
『いや確かにな?
何か困った事があれば連絡しろとは言ったけどさあ。
普通そこで
「返す言葉もございません。
いやでも正直、
何せ同級生には頼れないのである。
ただでさえ
ここで
『まあ、状況は分かったけど。
てかなんで
「や、だって2年生でしょ。
名字で呼ばれるの嫌いだって言うし呼び捨てもなんか抵抗あったんで」
『まあ、いいけど……』
とりあえず暑いし飲物でも、と手近な
あまり長々とこもっているわけにもいかない。
とりいそぎ今後の方針を決めなくてはならない。
『じゃあー……、オマエ趣味とかは』
「山登りとキャンプです」
『全ッ然、デートって感じではないな……。
映画とかカラオケとか?』
「暗がりとか密室で2人きりはちょっと抵抗が」
『注文が多いなクソ、動物園とか水族館とか』
「近場にないんですよね……」
『もう知らねぇよ……。
適当にショッピングでもして来いよ……』
他に代案もなく、そうすることにした。
藤宮市駅の駅前にはいわゆる総合型ショッピングモールが存在する。
その名も〝藤宮モール〟。なんの捻りもないがわかりやすくはある。
各種衣料、食品、小物、日用雑貨と様々な
考えてみれば中高生の健全なデートとしてはこの上ない最適解だろう。
デート、という言葉の魔力に振り回されて難しく考え過ぎていたとやや後悔する。
ともあれ、デートであった。
だが気になるのはやはり、肩から下がった
「――イズル、それ重くないの?
俺、持とうか」
「はい、いいえ。
問題ありませんツカサ。
自分の積載重量は十分に許容範囲内です」
「そうなんだ……。
何が入ってるのか聞いても良い?」
「はい。
「ええとイズル、見たいものとか欲しいものある?」
それ以上言わせると一般平均的な女子中学生の鞄から出て来てはいけない物が出て来そうな気がしたので、司は慌てて
「――はい。いいえ。
ですが、基地を出る事はあまりないので見ているだけでも新鮮です。
……すいません、任務中にいけないとは思っているのですが」
「あ、これ任務なんだ?」
他意はなかった。
だが半ば脊髄反射でそう訊ねて、司はそれを著しく後悔する事になる。
びく、と傍から見ても明確に肩が震えて。
ただでさえピンと伸びていた背筋がさらに伸びて。
全身の関節が錆びつきでもしたかのようにギクシャクと動いて。
常に眠たげな、表情に乏しい横顔に明確な緊張が走った。
周囲をぐるぐるとバネ仕掛けの人形のように。
好奇心旺盛に見まわしていた視線が動きを止める。
司に向き直り、彼を見上げた彼女は相変わらずの無表情で。
でも、だから、けれど、その瞳を覗き込んだ時。
司は自分が口にすべき言葉は1つしかないと確信した。
理屈や理由はわからなかったけれど、そう確信したのだ。
「――イズル、俺とデートしよう」
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