**4話**

JenaイェーナPfannkuchenプファンクーフェンは何も知らない。

相棒である纏者クローサーBerglichtベルクリヒトLohengrinローエングリンは謎の多過ぎる人間だった。

――あるいは、人間ではないのかもしれないと疑うほどに。


「動くな。おとなしく投降しろ。

 特にそちらの女は妙な動きをしたら撃つ。

 最悪死体でも構わないと言われている」


突撃小銃アサルトライフルをこちらに突き付け、買い物帰りの主婦にしか見えない女がそう告げる。


女戦士イェーナは口の端をわずかに釣り上げ、湧き上がる笑いをどうにか押し殺しながら骨震通信で相棒に呼びかけた。


『どう思う?』


『上手く隠していますが訛りがありますね。

 この国の人間ではないでしょう、おそらく大陸系かと』


『まあ枢軸連じゃないのは間違いないだろうけど、そうじゃなくて』


『この程度の戦力で纏者クローサーに勝てる気でいるのか?

 と言う意味の問いなら単純に情報不足でしょう、彼らはあまりにも何も知らない。

 とはいえ油断は禁物です。

 まず無いとは思いますが纏者クローサーが敵陣営に居る可能性も』


それこそあり得ないだろう『最悪の可能性』について言及する相棒ベルクリヒトに、いよいよイェーナの笑みが深くなる。相対する敵対勢力に笑っている事を気づかせたくはないのだが、それもそろそろ難しいかもしれない。


『周辺走査は』


『22秒前に完了しています。

 半径600m以内に活性状態の纏者の反応はありません。

 7時方向200mに彼らの指揮車両と判断される一団を確認』


『さすが。推定指揮車両の方の制圧は任せる』


『承知しました』


纏者クローサーである自身イェーナですら、この兵器イージスについてすべてを知っているわけではない。

むしろ知らない事だらけだと言った方が正しいだろう。

この国に来て出流イズル 龍起タツキの〝Birthday-clothesバースディ・クロース〟を見るまで、イェーナは自身の〝Tausendタウゼント〟以外のEigisイージスを見たことは無かったのだから。


……そう、イェーナはベルクリヒトの〝Acht-Drachenアハト・ドラッヘ〟を


機密であるために知り得る情報は限りなく少ないが、イェーナが知る限り日米独の3国が有する各2騎、計6騎以外に、Eigisイージスはこの世に存在しない。

――存在を確認されていない、という方が正しいか。


その中でも突出してAcht-Drachenアハト・ドラッヘは特異な能力を有している。

資料の上では知ってはいたが、それがどれほど特異なのかイェーナにはわからない。

いや、わからなかった。


来日してはじめてBirthday-clothesバースディ・クロースと相対した時、あまりにもTausendタウゼントと大差がなくて驚いたのを覚えている。

もちろん実力と言う意味では自分イェーナの方が上なのだが。

ただ少なくとも、常態でのEigisイージスの形状・特性と言う意味では大差がなかった。


『〝竜剣Drachenschwert〟 三基放出。

 猟犬Jagdhund老父Alter Vater債権者Gläubiger、展開完了、制圧開始。


 ――制圧完了』


淡々と告げるベルクリヒトの声にイェーナは味方ながらゾッとする。

制圧開始の宣言から制圧完了の報告まで、10秒とかかっていない。


EigisイージスAcht-Drachenアハト・ドラッヘの、その能力自体は明白だ。

本体を離れて遠隔操作し得る小型端末ユニットを有する、おそらくは唯一の騎体イージス


問題はその数と射程距離。

イェーナにすらその実態は明かされていないが、訓練中に彼女が知り得た情報から、最低でも同時に5基を操り、その射程は2,700mにも達する。


絶対に勝てない相手。

イェーナはその事実を認めるしかなかった。

相手の目と耳、そして手と刃はこちらより遥かに長い。


たとえその小型端末――〝竜剣Drachenschwert〟を迎撃、破壊したところで意味はない。

本体側を解除、再構築すればEigisのに過ぎない〝竜剣〟は再生成される。


そもそもが同じゲームの卓についていないのだから

唯一、勝利し得るとすれば目の前にベルクリヒト本人がいる状況のみだろう。



――故に逆説、ベルクリヒト・ローエングリンは誰にも姿を見せない。




「おいツカサ、アタシから離れんなよ?」


言いながらイェーナは片手、左手一本で吾続司の腰を抱いている。

右手は既に離れているのでお姫様抱っこは終り、司は自分の脚で立っているのだが。

腰が抜けでもしたのかほとんど彼女に縋り付くような体勢になっていた。


「アタシらの国でEigisが何て呼ばれてるか知ってるか?

 まあ、今から教えてやるよ――」


少女が無造作に踏み出すと同時、一団は慈悲も容赦もなく発砲した。

総数秒間数百発の銃弾が2人に降り注ぐ、だがそのいずれもが


最初の数十発は空中で網の目状に変形し、貫くはずの相手を守るかのように展開、続く数百発は描き出された鉛の網に絡め捕られていた。




――〝鉄喰らいEisen isst〟って言うのさ。



銃弾の雨が効果なしと見るや一団は即座に撤退の動きに入る。

判断にも行動にも迷いがない、練度が極めて高い一団だとイェーナは高く評価する。


もっとも、そんなことはベルクリヒトが許さない。



猟犬Jagdhund老父Alter Vater債権者Gläubiger寡婦の息子Der Sohn einer Witwe、および盗賊の息子たちSöhne von DiebenポリュフェーモスPolyphem

 以上〝竜剣Drachenschwert〟 6基が既にあなた方を包囲しています。

 抵抗、ならびに撤退は許可できません。

 おとなしく武装を解除し速やかに投降してください』



金属音めいたノイズ混じりに声が響く。


は漆黒の菱形ヒシガタだった。


昼の明るさに隠されてほとんどわからないが、薄く黄色の燐光をまとい。

表面には不規則に同色のラインが明滅している。

目測で高さ40cm、幅25cm、厚みはせいぜいが4~5mm程度しかない黒い板。


それらが都合6枚、何の支えもなく空中に静止して一団を囲んでいる。



――〝竜剣Drachenschwert〟 


Acht-Drachenアハト・ドラッヘの有する小型端末だ。



(ハ。5基が上限じゃないとは思ってたけどやっぱまだイケんのかよ)



今、目の前で展開されている竜剣を目線だけで数えてイェーナは嘆息する。


おそらく、まだこれも展開上限ではあるまい。

ベルクリヒトの性格上、この程度の状況で予備もなく全基投入するとは思えない。



八つの竜アハト・ドラッヘってくらいだし8基か? それも引っかけフェイクとか言いそうだけど)



そして警告は当然のように受け入れられず。

一団は各自が〝竜剣〟の包囲のすき間をすり抜けて撤退しようと、した。 



「見るな」


吐き捨て、片手でイェーナが司の頭を抱き込むようにして視界を塞ぐ。

これから何が起こるかは明白だったからだ。



まるで未来永劫、世界の初めから終わりまで。

微動だにする事はないとばかりに空中に完全静止していた〝竜剣〟は、だが一団の逃走に一瞬で反応する。


形状から言えばそれは剣というより鱗とでも評し得る、


影も残さぬ速度で回転を始めた竜剣が無造作に横移動して逃走者に触れる。

結果は言うまでもない、冠状面切断コロナル・カット

人体が前と後に両断され、血煙は一瞬遅れて吹き上がった。


逃走者たちは足を止めない、恐怖に身をすくませるでもなく一目散に走る。

だが、無駄だった。

回転し旋回する6基の竜剣が、再度静止するまでにおよそ7秒。


それだけの時間で、動くものは


矢状面切断サジタル・カット横断面切断トランスバース・カット

袈裟切りとでも評すべき切断面もあった。

あるいは名状し難い角度で、それらの人体は無惨に切り刻まれる。


剣の嵐が吹き抜けた後、生存者は無論そこにない。




「ベルクリヒト、オマエな……」


『抵抗、ならびに撤退は許可しないと申し上げました』


「そういう問題じゃねーだろ、ヤり過ぎだっての」


『指揮車両の方に生存者は残してあります。

 尋問には問題ないと判断しますが』


「あー、もういい。

 後始末は任せっぞ、アタシはこいつ送ってく」


『了解。お気をつけて』



〝竜剣〟がイェーナと司を取り巻くように移動する。

司への狙撃でも警戒しているのか、それ以外の理由があるのか。

あるいはを彼の視界に入れないようにとの配慮か。


(……いやまあ、この冷血マシーンに関してはそれはないだろうけど)



――指揮車両の方に生存者は残してある。


つまり最低限の尋問対象以外はと言う事だ。


イェーナ自身、一般人とはかけ離れた精神構造メンタリティをしている自覚はある。

だがそのイェーナから見てもベルクリヒトの精神性は理解し難いものだった。

柔軟性があり、先見性がある。

信頼できるし、信用もできる。

だが、余裕はないし遊びもない。


直接顔を合わせる事が無いとはいえ、骨震通信越しに行動を共にするようになっておおよそ3年ほどが経つが、ベルクリヒトが冗談を言ったり聞いて反応したりしたことも、わずかなりとも躊躇や迷いを見せたことも一度としてないのだ。



にしても。

この少年は思ったより根性がある、と少女イェーナは正直なところ感心していた。


Birthday-clothesバースディ・クロースの影響下にあった自分との戦いはいざ知らず、この平和な国で暮らし育ち、素の状態で銃火にさらされ、目の前で〝竜剣〟の大暴れを見せつけられてなお、気絶もせずにきちんと自分の足で立っている。


……さすがに半ば腰が抜けているのか、彼女イェーナに縋り付いてどうにか立っているような有様アリサマではあるが。


それでもまあ、上等な方ではあるだろう。

加えて、屋上で自分に話しかけてきたときも、特に物怖じしているでもなかった。

肝が据わっている、とでもいうのか。




イェーナ・プファンクーフェンにその自覚はないが。

彼女が少年に向ける感情には、ある種の同族意識もあった。


イェーナは自分以外の纏者を、ベルクリヒトとイズルしか知らない。

2人はEigisイージスを着用している間も常に冷静で、感情的になる事が無い。

それが彼女イェーナにとってある種の、劣等感を刺激していたのは確かだった。


Eigisに、という事実。

だから少年が自分もそうだと表明し、彼女に理解を示した事は転機だったのだ。


――無論、繰り返すがイェーナ・プファンクーフェンにその自覚はない。




2人が公園から出る際に〝竜剣〟は園内に引き返していった。

夜間ならいざ知らず、まだ明るいこの時間帯にアレは人目に付き過ぎる。



そして軍人、イェーナ・プファンクーフェンは。

戦闘以外の事柄についてはまるで経験が不足していた。


ありていに、はっきりと言えば。


うら若き男女が身体を密着させ、あまつさえ女子が男子の腰に手を回し、

自らの頭部を相手の胸に押し付けていれば、はたから見た時どう見えるか。


――という点に、まったく思い至っていなかったのである。


腰に手を回していたのは半ば腰を抜かしていた司を支える為で。

頭部を司の胸元に押し付けていたのも安定を失っている司の上半身を支える為だ。


そこに彼女にとって他意はない。


軍人などしていれば異性と体を密着させる機会などいくらでもある。

まして負傷者を支えてそれを揶揄やゆされることもありはしないから余計である。


脳内ではこいつ思ったより筋肉ついてるな、などと密着状態を良い事に検分チェックしていたし、司の自宅までの道のりは完全に頭に叩き込んでいたので無意識にでも向かう事ができ、あれこれ言ったところでベルクリヒトを含む後方支援バックアップが周辺警戒は補完してくれているという信頼があった。


つまり、周囲の観察をおろそかにしていたのである。


だから自分に向けられる好奇の視線と小声でささやかれる「近頃の子は大胆」だの「見せつけてくれるよね」と言ったざわめきに気づいていなかった。


そして不幸なことに吾続司もまた連日のトラブル、ダメ押しの銃撃戦に巻き込まれ、当然のごとく周囲を観察できる状態ではなかったのである。


公園から吾続家へ続く数百mをその状態で移動し切った2人は玄関のチャイムを鳴らし、吾続司の母、吾続アツヅミドリに迎えられた。



「まあ。

 まあまあまあまあまあ。

 司くん……、?」


口元に手を当て、目を丸くしたのも一瞬のこと。

碧は地獄の悪魔もかくやと言わんばかりの満面の笑みを浮かべて第2声を発する。


「お父さんカメラー! 撮影してはやくはやく!」


一眼レフを構えて眼鏡の男性、吾続アツヅ政二セイジが滑り込んで来たのは帰宅からわずか2分42秒後の事だった。


事ここに至ってようやく司少年は状況の危険性に気づいたが時すでに遅し。


「お嬢さんお名前は?」


「あ、イェーナ・プファンクーフェンです」


「そうなの! お腹すいてない? ご飯食べていくでしょう?」


「え、いや」


「遠慮しなくていいからね! すぐ支度するから!」

 




************************************





『……待ってくれ、一体これはどういう状況だ』


『状況確認の支援要求、受諾。


 ――13時12分の到着後やや遅い昼食、出前スシにて歓待を受けた後、15時3分にはスイカをふるまわれ、18時27分、素麺ソウメンを家族一同と囲み、護衛対象の姉、吾続アツヅアオより寝間着を貸与され現在、護衛対象と寝具を並べて就寝を待っているものと認識される』


ベルクリヒトオマエ、それを黙って見てたわけか』


否定ablehnen

 本局への外泊許可、周辺警戒、監視計画の立案、申請はこちらで完了済み。

 黙視観察のみで他の任務を放棄していたかのように思われるのははなはだ遺憾』


『そうじゃなくてだな……』 


『吾続司の護衛任務の為に交際中の男女を装い自宅まで同行したのでは?

 当方はそのように認識しています。何か問題があったでしょうか?』



著しく精神性が乖離している相方ベルクリヒト・ローエングリンの淡々とした言葉に、蕎麦殻そばがらの枕に乱暴に顔面を押し付け、イェーナ・プファンクーフェンは奇声を上げて転がりまわる事をどうにか自制する、した。


なんなのだこの状況は。


『というかここの家族おかしいだろ!

 体格差があるしこっちも遠慮したとはいえ肩を掴まれた時、全然振りほどけなかったんだが?! それで気づけばなし崩しにコレだぞ?!』


『資料によると吾続統少将の教えにより、一族のほぼ全員が護身のため何らかの武術を修めているらしいので、それが理由だと推定されますが』


『……あーもー。ほかに言う事はねーのか、相棒』


『そのうさぎ柄の寝間着はとても愛らしいように思います』


頭おかしいんじゃねぇのDu bist völlig Banane!?』







 

















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