**2話**

「――ああ、うん、報告書は読んだよ。

 なんで訓練地に個人の私有地が入ってるんだって言われてもね。

 普通に買い上げに失敗したからじゃない?

 ……いやそれを僕にキレられても困るなあ。

 いやわかるよ、そりゃあそう、強硬手段も辞さずに買い上げるべきだった。

 よりにもよって山の所有者があの吾続少将でさえなければね。

 え、知らない? 吾続統少将、結構な有名人、ああ、そうか。

 君の世代だと第2次の記録は閲覧制限かかってるんだっけ。

 いやそんな構えなくてもいいけど、広報プロパガンダ用の英雄というか。

 ああ、うん、そう、それ。

 言い方悪いけど神輿ミコシだよねようは。

 本人は人畜無害で権力にも興味がない人だったらしいけど。

 まあ逆にそれが理由で肩入れするお歴々も結構いたみたい。

 そ、人徳ってやつだね。

 孫と夏毎にキャンプするから山は取り上げないでくれって頭下げられたって。

 はは、ね、美談だよね。

 まあ酷い事故だし事後処理考えると頭が痛いけど、うん、良かったんじゃない?

 Birthday-clothesバースディ・クロース、進展あったじゃない。

 この場合、瓢箪から駒って言うか寝耳に水って言うのかわかんないけどさ。

 おかげさまで龍起タツキ ちゃんも処分せずに済みそうだし、

 え? そりゃ嬉しいに決まってるよ、誰だってそうでしょ。

 あー、そろそろ切るよ、君と話すのは楽しいけど面会の予定があってさ」


『――待て渥美アツミ、そんな予定があるとは聞いてない、誰と、』


「そりゃ例の吾続少将のお孫さんだよ、じゃ切るから」


『ば、』


 何か言いかけていた相手の言葉を最後までは聞かずに、渥美 キヨシ 特務 中佐は切断スイッチを押し、受話器を丁寧に通信機に戻す。


 無骨な実用一辺倒のデスクの引き出しから、取り出されたのは場に不釣り合いなコミカルな絵柄に包装されたチョコレート・バー。


 鼻歌交じりに包装を破って中身を引き出し、齧る。


「ツカサ君か、いい子だと良いなあ」



************************************



吾続司は困惑していた。


流れ星が落ちてきたと思ったら女の子で良くわからないまま戦いに巻き込まれ。

そう、戦いに。


なにがなんだかわからない。


よくわからない第3の誰かに止められたかと思えば。

結局は武装解除を要求され、突然武装した軍人らしい集団に囲まれ。

ちなみにあの〝鎧〟はシズルが普通に解除してくれた。


――そして今ここにいる。


祖父の、今は司の山(仮)が、連軍の訓練地に隣接しているのは一応知っていた。

そういえばあの流星も、訓練弾の流れ弾を最初に疑うべきだったかもしれない。


司は軍人らしい男性(頭部をヘルメットと機械式ゴーグルに包んで居る上に、機械を通して喋っているのでどうにもその性別に確信が持てないのだが)に連れられ。

今まさに軍の施設らしい建物の廊下を歩いている。


2時間ほど前には想像もしていなかった状況シチュだ。


不安や危機感がさほど大きくないのはあの少女、シズルと言う名らしいが……。

彼女が司の安全を保障してくれた事が大きいだろう。


冷静に考えればまず、彼女の言葉の信頼性から疑うべきなのだろうけれど。


吾続司は結局のところただの年頃の男の子である。

背中に同世代と思しき女子を張り付けて謎めいたパワードスーツ的な何かで殴り合いをし、よくわからないまま勝った(と思う)あとなのである。


ありていに言えば現実感は薄かったし、何なら漫画などを読みながら夢想したシチュエーションに酔っていたのだろう、だから、――油断していた。


長い廊下を脳内で、先の経験と妄想を織り交ぜながら悶々としながら歩く。

時間間隔はよくわからなくなっていた。


辿り着いたドアを、同行していた軍人らしい男に促されて開ける。

背中を押されて室内に押し込まれた後、すぐに背後でドアは閉じられた。


その部屋には窓がなかった。

広さは5m四方ほど、無骨な事務デスクの上にはラップトップ型の端末。

それから(司にはそれが何かは判別できなかったが)有線式の通信機。


それだけだ。

来客用のソファも何もなかった。


デスクには男が一人座っていた。

司が入室すると男は微笑み、立ち上がる。


眼鏡をかけた、恰幅の良い男、もっと直截にはっきりと言えば。

デブなおっさん、というのが最初に少年ツカサが抱いた印象だった。


「こんばんは、吾続司くん。

 今日は拉致めいた扱いになってしまってすまないね。

 ぶっちゃけるけど、キミが見たあれ、軍事機密ってやつでね。

 っと、名乗ってもいなかった。

 僕は渥美アツミ キヨシ、階級は……、君にはあまり関係ないかな?」


「……」


なんと返せばよかったのか。

男の言葉に司は再び困惑を募らせていた。

何を言えば良いのかさっぱりわからない。

というか状況が何もわからないのだから当然だろうか。


「ああ、そうだ。

 まずこれ、受け取ってくれないかな」


渥美と名乗った男が気安い調子でデスクの上に何かを置く。

それはキーだった。


意味が分からずに数瞬それを凝視して、気づく。

これは車の鍵だ。


YONDAヨンダYetイェットであってたよね?

 さすがに中古車じゃなくて新品だけど、ナンバーは同じものを手配してあるから。

 いいよね、YONDA車、僕もプライベートでは使ってるよ」


にこにこと笑いながら男が言い、司は今頃になって背筋が冷たくなる感覚を覚えた。

――司は今夜、自分の愛車の話など


おそらく山中の事件から1時間ほどしか経過していない。

なのに、司の個人情報プライベートは完全に把握されている。

名前自体は少女イズルに名乗りはしたが。


そしてなぜか司の愛車は痕跡一つなく消えて失せていた。

あの〝鎧〟となにか関係があるのだろうとは思うのだが、因果関係はわからない。


なんにしてもこの男はあの場に影もなかった彼の愛車の事を把握し、あまつさえ既に代わりを用意しているという。


今頃になってやっと、自分が何か大事オオゴトに巻き込まれているのだという感覚が司にも芽生えて来た。


「……えっと、いいんですか」


「どうぞどうぞ!

 というか今夜の事は僕ら側の不手際だからね。

 補償は受けて貰わないとそれはそれで困るかな~。

 修理で済むならその方が良かったのかもだけど、なにせ〝Birthday-clothes〟が再構築リストラクトに巻き込んで消費してしまったからなあ、螺子ネジ1つ残ってないし」


そう言ってから。

男はわざとらしく「しまった軍事機密だったこれ、うっかりうっかり」と続ける。


大根役者も良いところだった。

確実に今、この男は聞かせるために軍事機密とやらを口走ったのだ。


「……」


「そう怖い顔しないでよ。

 ま、ちょっと真面目な話をしようか。

 そこの壁際にパイプ椅子があるから自分で座ってね。

 長々と話す気はないけどさ」


男はデスクに座って引き出しからチョコレート・バーを取り出し、「キミもいる?」と聞いてきたが首を振って辞退した。

食欲がないのもそうだったが、既にここで出されるものに口をつけるのが怖くなっていたからだ。


「キミが見たあれ、連軍の軍事機密でね。

 Eigisイージスって言うんだけど、まあ強化外骨格パワードスーツの親戚みたいなものだと思ってくれたら良いかな。

 実働試験中だったんだけど、この基地の区画からはみ出て私有地に落ちちゃって。

 怖い思いをさせたろ、すまないね。

 独国ドイツの同型、Tausendタウゼントって言うんだけど、そっちのクローサー…、って言ってもわからないよね。

 まあ専属パイロットが機密保持だって先走って君をわけ。

 酷い話だよね、あっちの国にだって人権の概念あると思うんだけどな、」


――男の長口上を遮るように電子音ブザーが鳴る。


男は軽く肩をすくめてデスク上のボタンを(おそらくは入室許可だったのだろう)押し、ドアから鍵の外れる音がして誰かが入ってきた。


極々平然と司が殺されかけたことを処分という一言で済ませられ、突然の電子音に驚いてびくついた司はそこでまたゾッとする、施錠された事に全く気付いていなかったからだ。


だから部屋に入ってきた人物を見て少しだけ安心したのは仕方ないだろう。

入室してきた少女には見覚えがあったから。


「失礼します。

 出流イズル 龍起タツキ 特務 少尉 、出頭しました」


「や、来たね。

 もう顔は知ってると思うけどこちらは龍起ちゃん。

 我が国が唯一保有するEigisイージスBirthday-clothesバースディ・クロースの専属纏者クローサー


渥美の紹介に少女が何かよくわからない動きをしかけて硬直し、結局軽く会釈する。

一瞬の謎の挙動が、軍式の啓礼をしようとして止めたのだと司が思い至った頃には、少女は壁際からパイプ椅子を2つ引っ張り出してきてデスク前に置き終わっていた。


少女に促されて並んでデスク前に座る。

座る動作が自分でも驚くほどモタついて、自分が自覚している以上に緊張していた事にそこで初めて気づいた。


「えーっと、ああ、そうそう。

 合同軍事訓練ってテイだけど、まあ実際は独国あちらさんの示威行為だよね。

『俺らはEigisイージス2騎あるけど、おまえんとこは1騎しかないだろ』って。

 その上で性能差がどんなものか探ろうって目論見だと僕は思ってる」


「はぁ……」


さっきから長々と続く男の話が、果たして自分にどう関わるのか司にはわからない。

そもそもあのEigisイージスとやらが強力な兵器だというのは何となくわかる。


だが、たとえば戦車や戦闘機に比べて突出して強力な物だとは少年には思えない。

それが1騎と2騎の差があったからどうだと言うのだろう。

もちろん実物の戦車や飛行機を司は見た事もないし、戦争も知りはしないのだが。


「いまキミが考えている事はわかるよ。

『あれってそんなに凄いものなの?』とか思ってるでしょ」


「そ、れは。まあ、はい」


思考を読まれたかのような男の言葉にドキリとしながら素直に頷く。

否定しても仕方なかったし、どう強力なのか気になったからだ。


「ま、気持ちはわかるよ。

 あれ荷電滑空はできるけど空飛べるわけでもないし。

 ……いや飛べる騎体をよそが持ってる可能性はあるかな?

 まあ確かにそんなにヤバいものって感じはしないよね。

 さすがに機密なんで細かく説明はできないんだけどさ。

 でもたぶん、キミが思ってるより全然ヤバい代物シロモノなんだよアレ」


そこで一度言葉を切って男はチョコレート・バーをばりばりと齧る。

真剣な話をしていたはずなのだが、妙に暢気のんきなその音がしばし室内に響いた。


「で、だ。

 司くんさ、うち来ない?」


「は?」


チョコレート・バーを丸1本食べ終わった後、突然渥美がそう言った。

言葉の意味が理解できずに思わず間抜けな問い返しが口から出る。


「ん、だからうち。

 日軍うちの軍属にならない?

 さすがに龍起ちゃんみたいにいきなり特務少尉にはできないかなあ。

 でも下士官ってわけにもいかないし、とりあえず准尉あたりでどう?」


「え、いや、どうって、え? 俺が、軍人? ジュンイってあの准尉ですか」


「たぶんその准尉であってるよ。

 不満? んー、少尉待遇がいい?

 さすがにちょっと時間貰わないとかなあそれだと」


「いや、そうじゃなくて!」


思わず声が大きくなり、立ち上がってしまったのに気づいて椅子に座りなおす。

説明を受けても混乱が収まらない、というか混乱は増すばかりだ。


「……なんでですか」


「Birthday-clothes、って言うか、Eigisイージスってちょっと特殊でさ。

 今のところ龍起タツキ特務少尉ちゃんにしか扱えないんだよねぇ。

 で、……まあ言いにくい話なんだけど。

 彼女にもあれ、完全に扱い切れてるとは言い切れない状態でね。

 今夜の軍事訓練でも正直Tausendタウゼントに一方的に負けてんだよね。

 ちょっと言い訳できないレベルでさ。

 ただでさえ1対2なのにこれだと、困るんだよね。我々としても」


言いながら男が目を細め、両手をデスク上で組んで司を見る。


「……ところがどうだい。

 今夜の事故で我々は新しい可能性を見出した。

 偶然巻き込まれた一般人を保護するために緊急避難的にだが、

 彼女はキミと一緒にBirthday-clothesを起動しちゃったわけだ。

 さて。その結果、どうなった?」


司の脳内に蘇ったフラッシュバックしたのはあのTausendタウゼントとの戦い。

言い知れぬ全能感と負ける気がしない圧倒的な確信。


「ま、今すぐ返事をくれってわけじゃないから。

 ちょっと考えてみてよ、司クン。

 さて、呼び出して悪かったね龍起ちゃん。

 退室していいよ、今夜はもうゆっくり休んで頂戴。

 司くんはちょっと待ってね、うちの人間に送らせるからさ」


渥美の言葉に出流が立ち上がり、今度こそ軍式の敬礼を渥美に行う。

パイプ椅子を折りたたみ壁際に片づけ、司に黙礼して退室していく。


出流が退室した後、司は視線をどこに向けることもできずに床を見つめていた。

混乱は増すばかり、自分が、軍人?


「これは独り言だけど。

 うちとしても残念ながらBirthday-clothesを遊ばせておくわけにはいかない。

 あの子が扱いきれないなら別の纏者クローサーを用意するしかない。


 ……Eigisイージスの中枢ユニット、〝天緋核エスプリ〟ってね?

 胸腺、胸骨の背部から胸部を貫通して背骨にまで達する埋め込み式なんだよね。

 あの子を纏者から外すなら外科手術で摘出する必要がある。

 

 まあ、キミ以外の誰かを相棒バディにして上手く行ってくれれば良いんだけど。

 これは僕の個人的なカンだけど、たぶんあの子は君でないと無理だな」


組んだ手に隠れて男の口元は見えない。

司の視線は床に向いていて男の表情を見てもいない。


「――摘出後の5年生存率はね。だいたい4%くらいだよ、司くん」




 











 

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