第2話 存在が、苦しくて
「楽しかったぁ~!
「別にそうでもないよ、
「えぇ、ほんと? 悠里ちゃんに誉めてもらえると嬉しいなぁ、他の子たちとなんか違うっていうかさ!」
「そう?」
駅前商店街に明かりが灯り始め、赤ら顔のおじさんや浮かれて笑うお姉さんたちの姿がそこら辺で見えるようになった頃、わたしたちはようやく帰路についた。
確かに、ファクドの新メニューも美味しかったし、久しぶりのカラオケも、ふたりでやる仕様の新しいリズムゲームも、やっているうちに夢中になっていた。でも、その最中でもやっぱりよぎってしまう。
咲来といると、嫌でも意識させられてしまう――彼女がわたしを見下しているからこそこんなに優しいんだって。
* * * * * * *
1学期の期末試験のとき、咲来は真っ先にわたしの結果を見に来て、『すごい、全部すっごい成績!』と褒めてくれた。だけど、貼り出される成績順位は、そんな薄っぺらい言葉を吹き飛ばしてしまうほどの事実が表示されていた。
幼い頃から勉強漬けだったわたしは、ほとんど当たり前に学年上位に食い込んでいる――小学校の頃からそうだったし、中学校のときだってテストで学年1位を譲ったことはなかった。そのために費やした時間、努力した量を思えばそんなの当たり前のことだったし、そのせいで「世間知らず」「付き合いが悪い」とか「話が合わない」とか「嫌味臭い」とか言われても、仕方のないことだと思っていた。
わたしには、勉強しかない。
楽しくて勉強していたらたまたまテストでいい点がとれて、それが嬉しくて勉強するようになった。
わたしは幼い頃から何をするにも不器用だったからそれでしか褒められなかったし、もうそれしかわからない――わたしのことを馬鹿にする人がいても、そうやって成果を残し続けていけばなんとかなっていた。
勉強やテストで好成績をとることは、もうわたしにとって数少ない拠り所になっていた。それなのに、学年1位は、全部咲来に取られていた。わたしは全部2位。
信じられない気持ちだった。今まで頼りにしていた、アスファルトでできていると思っていた足下が全部不安定で、ただ砂を敷き詰めただけの場所に立っていただけなんだって実感した。
認められるわけなかった、だって寝る間も惜しんで、他の子たちみたいにドラマ見たりゲームやったりライブ行ったりとかいう時間、全部なくして勉強してたんだよ? それなのに、どうして他の子と同じくらいいろんな話ができて、人気もあって……そんな子がわたしより成績いいの?
嘘、ありえない。いくらそんな言葉を並べ立てたって、目の前に貼り出された現実は何も変わらない。もちろん、周りだって咲来が全部学年1位だったことをもてはやしている。わたしだって、わたしだってもてはやされることはなかったけど、一目置かれるくらいはあったのに、もうそれもない。
それに、何よりもわたしを傷つけたのは、咲来の『すごい!』という言葉が本心からのものだったこと。キラキラした目で、本気でわたしが2位だったのをすごいと思っていたこと。
それってさ、わたしにはそんな順位もとれないと思ってたってこと? 今までどんな思いで1位を守り抜いてきたか知らないくせに。
それ、本気で言ってるの?
凄く惨めな気持ちになりながら、それでも彼女から離れるなんて選択肢はわたしには採れなくてて。
だから、歯を食い縛りながら、一緒にいる。
苦しくて、悔しくて、
でも。
「明日は塾で、明後日はバイトだから……、土曜日かぁ。最近始まった映画あるよね、ほら、前に話した『おねがいバレンタイン!』ってやつ! あれ絶対面白いと思うからさ、今度観に行こうよ!」
「……やだ、」
「え?」
あぁ、わからないんだ。
わたしが拒むなんて思わないから、きっとわたしの言葉が聞き取れない、わからない。そりゃそうだよね、見下している相手から意見を拒絶されるなんて、思わないもんね。
純粋に聞き取れてなさそうな声が、苦しい。
でも、言わなきゃ。
言わないと、もう駄目。
苦しくて、押し潰されてしまう。
あなたを羨む心が、どんどん塗り潰される。
重くなって、ドロドロになって、気持ち悪い。
わたしの今までが、否定される。
壊される――だから、その前に終わらせなきゃ。
だから、言わなきゃ。
「いや……だ、もう、いいよ、わたしのことは、構わないで……っ、」
吐き気が込み上げる。
胃が痙攣して、心臓がキリキリ締め付けられて、喉の奥が熱くて、涙が
息継ぎをしようと口を開いたとき。
「――――、」
「んぅ……!?」
突然、唇を塞がれてしまった。
熱っぽく絡み付いてくる舌に、鼻にかかるような吐息、生温かくて気持ち悪い、早く離れたいのに、思ったよりも強い力で押さえつけられて、離れられない……!?
やだ、怖い、気持ち悪い!!
やっとのことで彼女を振り払ったとき、咲来は「ふふふ、」と笑った。いつもの様子が嘘みたいな、艶のある声で。
それから、小さな声で呟いたのだ。
「い、や、だ♡」
耳元に吹き掛けられた息は、とても熱かった。
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