緑の怪物に侵されて

遊月奈喩多

第1話 天使は陽だまりのなかで澄まし顔

悠里ゆうりちゃん、帰ろ!」

「あ、うん……」

 教室のドアが開いて、咲来さくらが明るい声で入ってくる。ニコニコと眩しい笑顔で、まるで太陽みたい。そんな彼女に釣られて思わず笑うわたしを、背後の声が縫い止める。


北見きたみさんってさぁ……」

「なんかねぇ」

「変わってるよね」

「あんなの誘うとか」

「いい子だとは思うんだけどね」


 ……やめて。

 わかってるよ、わたしがなんだってことくらい。別に咲来に誘われることとわたしは関係なくない? いちいちわたしのこと話題にしないでよ。

 なんで席を立つ動作のひとつひとつまで陰口を叩かれなきゃいけないの? 息苦しくて、とにかく早く教室を出たくて、急いで咲来のところへ駆け寄る。


「わわっ、そんな勢いで来なくていいのに~、可愛いね、悠里ちゃん♪」

「そうかな? えへへ……」

 やめてよ、みんなが見てるところで言わないで。まずす目立つじゃない、目立って、いちいちあなたと比べられて蔑まれるのは、わたしなのに。そんなの知らないから、あなたはそんな無邪気な笑顔でいられるんでしょう? 無知なのって羨ましい……思わず零れそうになった恨み言すら、きっと咲来には無縁なものなのだと思うと、自分の醜さに押し潰されそうになった。


   * * * * * * *


 北見 咲来と出会ったのは、高校に入学してすぐのこと。ほとんどが見知った顔で、そんな教室にいる気にはなれずに屋上に上がっていたわたしに声をかけてきたのが、彼女だった。

『どうしたの、そんなところで?』

『別にどうもしないけど』

『そう? だったら、一緒に話さない?』

 こんな簡単なやり取りが、わたしと彼女が知り合ったきっかけだった。ほとんどが地元だからという理由で進学してきたような子たちのなかで、少し遠い場所から越してきた彼女の存在が、どこか際立って感じていたのは、確かだった。

 いつも明るくて、太陽みたいに眩しい笑顔が印象的な娘。咲来が学年の人気者になるまでには、そう時間はかからなかった。そうなったらきっと、わたしのことなんて霞んでしまうに決まってる、わたしよりももっと楽しい人はたくさんいるし、わたしなんて暗くて人と話すの苦手で周りに合わせることもろくにできなくて――だから、また独りに戻る心の準備はしていた。


 だけど、彼女はわたしの傍に居続けた。わたしの傍で、あの太陽みたいな笑顔を見せ続けてくれていた。わたしは最初、そのことが嬉しくてただただ浮かれていた。でも、すぐにそのことを深く後悔した。


   * * * * * * *


 真夏に比べて少しだけ日の入りが早くなった帰り道。並んだ二つの影が、見た目は楽しげに揺れていた。

「なんか悠里ちゃんと帰るの久しぶりだよね? せっかくだからどこか行こうよ! 今日塾とかないもんね、バイトだって明日でしょ?」

「……うん」

 咲来から遊びに誘われるのも、前ならとても嬉しかった。一にも二にもなく誘いに乗ったし、それまで自宅と学校、それから塾の往復くらいしかしていなかったわたしには、未知の世界とでもいえるような時間がとても尊いものだった。

 でも、今は。


「悠里ちゃんどこ行きたい? 駅前のゲーセンも新しいゲーム出てるし、カラオケも楽しいよね~!? それともファクドの期間限定メニュー食べに行く?」

「すごい、よくそんな一瞬でいろいろ思い付くよね、わたしとは違うや……」

「だって! だって悠里ちゃんと一緒に出掛けるのなんて久しぶりでしょ? 勉強があったり、塾があったり、バイトなんていつの間にか始めてたし……最近、2週間くらい会えてなかったもん。行きたいところもいっぱいだよ~」

「……そうだっけ」


 覚えてるよ、だって毎日誘ってきてたし、休みの日にまでLEINラインくれたりしてたもんね。ごめん、正直軽く引いた。


「あっ、じゃあ全部いこっか♪」

「全部!?」

「うん、きっと楽しいもん、ふたりならさ!」

「え、でも時間、わっ!」


 強引に手を引かれながらいろんなところを連れ回されるのも、悪くないなんて思ってた時期があったんだよなぁ……我がことながら信じられない思いを抱きながら、わたしは咲来のあとを付いていった。

 でもさ、咲来?


 咲来がそんなにわたしにばっかり構ってるのって、わたしを見下してるからでしょ?

 意気揚々とカラオケの受付を済ませている咲来の背中を、苦しくなる胸を押さえながら見つめていた。

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