ミミズダービー!

スノーだるま

ミミズダービー!



 

 その日、森は殺伐とした熱気に包まれていた。

 

 ぐるりと木々に囲まれた広い空き地に集う総勢千羽のカラス達。大半はオスで、妻に内緒で巣から持ち出した光り物を握りしめ、血走った勝負師の目で地面に書かれた倍率の表を油断なく睨んでいる。

 

 何を隠そう、今日という日は選び抜かれたミミズ達が、人の足によって築かれた道の上でその速さを競う、森の一大イベント、ミミズダービーの開催日なのだ。

 

 数ある観戦枝の一つに座る、オスのカラスのジョニーもまた、熱い勝負師──あるいは単なるろくでなし──の一匹だった。

 

 レース開始直前、仮に全て上手くいったとして手持ちの光り物がどれくらいに膨れ上がるかを彼が計算していると、彼の親友であるマットが飛んで来て、同じ枝に留まった。


「ジョニー」


 静かにマットは言った。いつもの陽気な明るさは息を潜め、今の彼はまさしく、戦場に赴く前の戦士だ。


「ああ」

 

 元気か、などと野暮な事は聞かない。元気であろうとなかろうと、それこそ病に伏せり、今にもあの世へ羽ばたかんとしていたとしても、立ち上がり、ありったけの財産を握りしめて戦わなければいけない時が、ミミズダービーだからである。


「遅かったじゃないか。あと少し遅けりゃ、君はレースを見逃すところだったぜ。ほら、もうミミズの紹介が始まってる」

 

 ジョニーはトラックを這うミミズをくちばしで指した。木の幹に耳を寄せれば、出場するミミズの紹介をする実況のカラスの声が、古い巣穴から聞こえてくる。が、いかんせん声が小さく、殆ど何を言ってるのか分からない。


「全然聞こえないぞ」

 

 マットが文句を言った。


「きっと穴の構造が入り組んでるから、途切れ途切れにしか声が届かないんだ」


「くそっ、じゃあこの前わざわざレースの為にここに住んでるリスどもをみんな食っちまったのは無駄骨だったって事か?」


「巣穴に頭を突っ込めばしっかり聞こえないこともないぜ」


「それじゃ肝心のレースが見れないだろう!」


「まあまあ、落ち着けって」


 ジョニーはマットをなだめた。


「遅れた訳を話してくれる気はないのかい?」


「いいとも。実は巣を出る直前になって、急に娘の一匹が自分も付いて行きたいとか言い出してね。雛の来る場所じゃないって事を分からせなきゃならなかった」


「なるほど。それで、娘さんは説得出来たのか?」


「いや、出来なかったから仕方なく連れて来た」


「何だって?」

 

 すると、ジョニーの背後で大声がした。「ばあっ!」

「うわあっ!」

 

 背後からいきなり大声で叫ばれた者の常として、ジョニーは飛び上がって驚いた。そして驚いた拍子に、握り締めていた枯れ葉を落としてしまった。


「ああっ! 俺の馬券が!」


 ジョニーは悲鳴を上げて急降下し、それまでの人生の中でもっとも優れた飛びっぷりで馬券をキャッチした。


「あはは! 引っかかった引っかかった!」


「危ないじゃないか!」

 

 枝に戻ってすぐ、ジョニーは翼をバタつかせて笑うその不届き者を怒鳴りつけた。そのカラスは幼いメスのカラスで、どこかで見たことがあるようなないような気がしたジョニーは、怪訝な顔で尋ねた。


「誰だい、君は」

 

 ジョニーの態度に何か気に入らないものがあったのか、小さなメスのカラスは不服そうな顔をした。


「シリルですけど」


「正直なところ、名前なんてどうでも良いんだ」


「そっちが聞いてきたくせに!」


「もしかして……」

 ジョニーはマットに尋ねた。

「こいつが君の言った聞かん坊の娘かい?」


「そうだ。前にも会ってるはずなんだが」


「ええ? 何処で?」


「ほら、この前俺の家でパーティをしただろう。その時こいつも他の子供達と一緒にいたじゃないか」


「何せ三十匹くらい居たからな。子沢山が過ぎる。名前どころか顔すら覚えてられなかった」


「実を言うとそれは俺もなんだが……まあ、いい。オッズ(※倍率のこと)はもうチェックしたか? どのミミズに賭けた?」


 途端、二匹の間に緊迫した雰囲気が戻ってきた。ジョニーは慎重に辺りを見回し、声を潜めて言った。


「僕はロケットミサイルに賭けた」


 時を同じくして、木の幹から実況ガラスの鳴き声が響き渡り、会場中のカラスが一匹のミミズに注目した。六番、ロケットミサイル。どんな険しい道でもものともせず、素早く空を移動する、今シーズン無敗の帝王。


「一番の人気ミミズだからオッズは雀の涙ほどだけど、それでも大金を積めばそこそこの光り物が上乗せされて返ってくる」


「なるほど」

 

 意味ありげにマットは言った。


「お前らしい選択だな、ジョニー。手堅い、実に手堅いが、時にはリスクを犯すことも、お前は覚えなくちゃあならない」


「何だと?」


「俺はフェラーリに賭けた」


「フェラーリ?」

 

 マットがクイッと顎で、我らがロケットドリルの横で走る一匹のミミズを指した。黒いゴムみたいな色をした、奇妙なミミズだった。あれが例のフェラーリなのだろう。


「特にうんと走る奴だなんて噂は聞いてないが」

 

 ジョニーは言った。


「何せ、今回が初出場だからな。ロケットミサイルがいる以上、注目度は低いし、オッズの高さがそれを裏付けてるが……俺はこいつが勝つと思っている」


「なっ!?」

 

 ジョニーは動揺した。


「で、デタラメだ! どんなミミズでもロケットミサイルに勝てるわけがない! 空の王者なんだぞ!」


「フン。お前はアレを見てないからそう言えるのさ」

 

 自信に満ち溢れたマットの顔にジョニーはくちばしを噛んだ。アレとはなんだ。何か自分の知らない秘密があのミミズには隠されているのか?


 すると、出し抜けにシリルが叫んだ。


「結婚して!」


 ジョニーとマットはシリルを見た。シリルはキラキラとした、自ら突然の申し出に対する良い返事を期待している目で、ジョニーを見ていた。


「は?」


 目の前でエイリアンに家を吹っ飛ばされたかのような調子でジョニーは言った。


「それってイエス? それともノー?」


「えっと……」


「一世一代の告白なんだから、真剣に答えて! イエスかオーケーで!」


「すまないがマット、通訳を頼めるか?」


「聞いての通りさ」

 

 マットは言った。


「こいつがわがまま言って付いてきた理由がこれだ。前のパーティーの時にお前に一目惚れしちまったんだと」


 モジモジと恥ずかしそうにしながらシリルは急かした。


「それで? 返事は?」


「む、無理に決まってるだろ!」


ジョニーは叫んだ。


「だって僕たち、まだ出会って三秒とかだろ!」


「前のパーティーから〆て百と五日よ! 結婚を考えるのに速すぎるって時間じゃないわ!」


「マット、君からもなんか言ってやってくれ!」


「養わなければならない奴が一羽減るから、俺はどっちかというとその話に賛成なんだが」


と、マットは言った。


「くたばっちまえ!」

 

ジョニーはシリルに顔を寄せた。


「良いか、僕は君と結婚なんてしてやるつもりはない。ましてや、ミミズダービーのミも知らないような子供となんて、ありえん!」


「でも、私は超スーパーウルトラメガコオロギにしたよ!」


「え?」


「超スーパーウルトラメガコオロギ!」


「何の話?」


「ミミズダービーの話だってば!」


「つまり……」

 

 ジョニーは言った。


「賭けたのか? ミミズに?」


「ずっとそう言ってるでしょ」


「なるほど。よく分かった。ちょっと席を外してくれるか」


 言って、ジョニーはシリルの頭を木の穴に押し込んだ。それから死体を何処に埋めるか相談するみたいにマットに尋ねた。


「おい、未成年にギャンブルをさせるのは法律に反してるんじゃないのか?」


「俺のルールには反してないぜ」

 

 我感とせずマットは言った。


「いいか、これは避けては通れない道なんだ。言ってみりゃ英才教育さ。どんな逆境にも負けない強い心を育てるためには、子供のうちに大きな挫折を経験させておく必要があるんだよ」


「少なくとも、法律を作った奴らはそう考えていないみたいだぜ。他の観戦枝に行ってくれよ。俺まで共犯だと思われるのはごめんだ」


「まあ、落ち着けって。バレっこないさ。挫折を経験させると言っただろう? この子の……あー……」

 

 マットは娘の頭が突っ込まれた穴に顔を近づけて聞いた。


「悪い、娘よ、お前の名前はエリザベスだったっけ?」


「違うわよ」

 くぐもった苛立ちの声が返ってきた。


「そ、そうだ、リタだったな」

 

 慌てて訂正したマットだったが、まさかまさかの親子の絆二連続不正解に、シリルは堪忍袋の尾を切らして、木の穴から顔を出しカーカーと怒鳴った。


「聞かなくたって学校の成績が負け犬一等賞だったって分かるような記憶力ね! 私はリタなんて変な名前じゃなくて、シリルです!」


「ど、どうやってそれを……」

 

 動揺したマットは、再びシリルの頭を強引に穴に押し込んだ。


「ど、どうやって分かったんだ? 成績の事はずっと秘密にしてきたのに! ジョニー、この子には物事を見抜く勝負師の才能がある。まさしく、天才だ!」


「……なあ、話を戻さないか?」

 

 うんざりしてジョニーは言った。自分の幼い娘にギャンブルをさせる時点で、バカの証明は済んでいる。


「ああ、すまん。成長した娘の姿につい感動してな。お前も親になれば分かるが、これ以上の喜びはないぜ」


「感動するよりも先に覚えるべきは名前だと思うが、まあ良い。それで、一体何の根拠があってお前の忌まわしい行いを隠し通せると思ってるんだ?」


「なあに、ちょっと考えれば分かることさ。こいつに賭けさせた例の超スーパーウルトラメガコオロギのことは聞いてるか?」


「万年最下位の釣り餌にもならないミミズだろ」


「そこまで知ってるなら話は早いな。俺は以前ヤツの走りを見たことがあるが、そりゃあ酷いもんだった。あれじゃ走るというより這うだ、ミミズの風上にも置けん」


「それほどまでに?」


「どうやら、そう思ってるのは運営の連中も同じらしくてな。娘がヤツの馬券を買った時、ヤツらはろくに娘の顔すら見ずに投げてよこしたよ。どうせ勝てないと分かってるから、管理も雑なんだ」


「うーむ……」

 

 ジョニーは空っぽに近い頭で考えた。果たしてこのままこいつとその娘をこの枝に置いてやっても良いのだろうか。たっぷり悩んだ末に、ジョニーは結論を出した。ミミズダービーは一匹で見るより友達と見た方が楽しい。


「そういうことなら構わんぜ。一緒に見よう」


「話が分かるじゃねえか」


「となると、シリルを穴から出してやらないと」


「誰だいそりゃ」


「子供は親を選べないとはまさに……」


 同情に首を振りながらジョニーが出してやると、シリルは咳き込んだ。


「ぷはっ! 穴の中はもうこりごり。なんか知らないけどリスの死骸も詰まってるし」


「上手く聞こえない原因はそれかな」


「かもな」

 

 マットは言った。


「ほら、見てみろ。噂をすれば例の超スーパーウルトラメガコオロギが──なんてこった!」


「ん? うわあああッ!」

 

 マットと同じ物を目撃したジョニーは叫び、その拍子に出したばかりのシリルを再び穴の中へと押し戻してしまった。それもそのはず、地面を這うこの超スーパーウルトラメガコオロギというミミズは、惨たらしくも体を真っ二つにされて、小指の先ほどに小さくなっていたからだ。


「む、むごい! 一体誰がこんな事を!」

 

 今にも枝から落ちんばかりのショックを受ける二匹を、隣の枝で勝ち誇るような笑う者がいた。


「フォッフォッフォッ! 焦っておるようじゃのう! 若造どもよ!」

 

 それは、どこで見つけてきたのか、シルクハットを被り、付け髭を生やした(?)老カラスだった。


「お、お前はリムジーン!」


 マットは呻いた。


「ジョニー、こいつだ。こいつがあの超スーパーウルトラメガコオロギの馬主だ!」


「何だって! じゃあ、あんたがあの哀れなミミズの体を真っ二つに切っちまったのか?」


「いかにも。他ならぬわしが、超スーパーウルトラメガコオロギを軽量化したのだ」


「けい……りょうか?」

 

 冗談だろ? ジョニーは理解に苦しんだ。速く飛びたいからと言って翼を切り落とすヤツがいるか? 困ったことに、ここに居る。


 すると、いつのまにやら顔を出していたシリルが超スーパーメガコオロギの惨状を見て言った。


「ちっちゃくて可愛い!」


「こんな行いが許されるわけがない!」

 

無視してジョニーは言った。


「こんなの、動物愛護団体じゃなくたって黙ってないぞ! そもそも、ミミズの虐待は法律に反してるだろ!」


「はて、わしのルールには反しておらんがなぁ?」

 

 我感とせず言ったリムジーンに、ジョニーよりも先にマットが義憤を露わにした。


「この外道が!」

 

 ジョニーは微妙な表情でマットを見た。罪のない者だけが石を投げなさいとははたして誰の言葉だったか。


「フォッフォフォフォフォッ、なんとでも言うがいい。結局お前達は、わしの超スーパーウルトラメガコオロギがレースに勝つのをただ翼を咥えて見ることしか出来んのだからな!」


「レース開始前には干からびて死んでそうな有様だが」


 冷静にマットが指摘した


「勝つもん! だって可愛いんだから!」


 シリルが不満げに反論する。


「すぐに分かるさ」


 真剣な眼差しでコートに注ぎながら、ジョニーが言った。気がつけば、会場中が静まりかえっている。


 ミミズの紹介がようやく終わったのだ。


 ロケットミサイル、フェラーリ、超スーパーウルトラメガコオロギ、そしてその他の大勢のミミズ達。彼らは一列に並び、今か今かとその瞬間を待っている。

 

 ミミズダービーの幕開けを。

 

 観客達が固唾を呑んでコースを見守る中、カラスによって勢い良く折られた、何となく銃声に聞こえなくもない木の枝の音によって、レースは始まった。

 

 一斉にミミズ達がうにょうにょと左右に体を揺らしながら前に向かって走り出す。その中でも先に動いたのはロケットミサイルだ。

 

 頭(と思しき部分)を高く持ち上げると、それを最初はゆっくりと、そして次第高速で振り回し、徐々に空へ空へと、まるでヘリコプターのように舞い上がっていく。そうなればもう誰にも止められない。他のどのミミズにも進路を遮られることなく、次々と前を走るミミズたちを抜いていき、最初のちょっとした遅れを取り戻して、すぐさまトップに躍り出る。


「やった!」

 

 ジョニーは子供みたいにはしゃいだ。


「やっぱりロケットミサイルが最強だったんだ!」

 

 そこで、マットが不適な笑みを浮かべて言った。


「いいや、それはどうかな?」


「負け惜しみを──」


「見ろ。新たなるチャンピオンのおでましだ」

 

 その時、会場中にバウンバウンという爆音が鳴り響いた。と同時に、ロケットミサイルの後方から一つの影が急速に迫る。

 

 そこには──


「で、でたらめぇー!」

 

 あたかもタイヤの様に丸まって、回転しながら進むフェラーリの姿があった。いったいどこから出しているのか、バウンバウンと吠えるようなエンジン音を鳴り響かせながら、猛スピードでコースを爆走しているのだ。

 

 その勢いは凄まじく、あっという間にロケットミサイルを抜かしてしまい、ジョニー含めロケットミサイルに命運を託しているカラス達から一斉に悲鳴が上がった。


「クックック、これでこのレースは頂きだな……ん?」

 

 勝利を確信し高笑いをあげるマット。しかし、フェラーリが第一コーナーに差し掛かったところで急に速度を落としたものだから、彼の笑顔も固まった。


「な、なにが……」

 

 どういうわけかいきなりカタツムリに劣るスピードでノロノロと走り出したフェラーリに、マットが喘ぐ。


「何があったんだ? ガソリン切れか?」


「タイヤがパンクしたのかね?」

 

呆気にとられていた他のカラス達も、ひそひそと各々の考えを述べる。だが、結局のところ原因なんてのは、誰にとってもどうでも良いことだった。


「何だって良い! 巻き返すチャンスだ!」

 

 いきり立ち、ジョニーは叫んだ。

 

 その言葉通り、フェラーリがカーブで行き詰まってる間にロケットミサイルがゆうゆうとその上を通り、トップの座を奪い返す。


「ワッフゥー!」

 

 そのままレースはロケットミサイルの勝ちで終わるように思えたが、そんな簡単にやられてしまうほどフェラーリもやわなミミズではなかった。程なくして、またあのバウンバウンという音が会場全体に鳴り響く。

 舞い上がっているところを突かれてギョッとしたジョニーが見れば、そこには第一コーナーを曲がり終え、遅れたミミズ達を轢き殺しながらロケットミサイルを追うフェラーリが。


「ま、また動き出した……!」

 

 絶望するジョニーを嘲笑うかのように、フェラーリはロケットミサイルから再び首位の座をもぎ取って、圧倒的スピードで首位を突っ走る。されど第二コーナーに近づいたところで、また急ブレーキをかけて、ノロノロと進み出す。そこでようやく、ジョニーにもカラクリが見えてきた。


「そうか……分かったぞ」

 

 ジョニーは言った。


「奴はカーブに弱いんだ。なら、まだロケットミサイルにもチャンスはある。ヤツがそこでもたついてる間に距離を稼いで、追い抜かれる前にゴールまで逃げ切る。それしかない!」

 

 ロケットミサイルがフェラーリを抜き、それをまたフェラーリが抜いて、またまた……と、互いに独走を許さぬ攻防が続き、そして迎えた最終コーナー。

 

 ゆっくりとコーナーを曲がり、最後の突進に備えるフェラーリを越えて、発射前に少しでも距離稼ごうと必死に走るロケットミサイル。いよいよゴールが見えてきた。しかし、その残された僅かな距離を前にして、フェラーリが最初はゆっくりと、そして無慈悲にもデタラメな加速をして悪鬼の如く迫ってくる。

 

 ゴールまであと数センチもない。両者が並ぶ。


「もうダメだ!」

 

 ジョニーが呻いた。

 

 速度に勝るフェラーリに並ばれては抜かれるのもすぐだろう。しかし、ここに来てロケットミサイルが驚異の粘りを見せる。


 二匹は並んだまま、ゴールに向けて着実に距離を詰めていく。


 勝負の行方は、誰にも分からなかった。


「いけー!」


「抜けろー!」


 会場の熱気は最高潮に達し、ギャンブル中毒のろくでなし共が叫ぶ中、勝負は──べちゃ。引き分けに終わった。ついでに言えば、ミミズ達の一生も終わった。


 あろうことか茂みから子供達がいきなり飛び出してきて、この哀れなミミズ二匹をぺっしゃんこに踏み殺してしまったのだ。


 カァーッ!


 試合の行く末を見守っていたカラス達から一斉に悲鳴が上がった。バタバタとショックに気を失ったカラス達が雨あられの如く地面に降り注ぎ、マットはフラッとよろめいた拍子に例の木の中へと頭を突っ込んだ。


「終わりだ」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図を見ながら、掠れた声でジョニーは言った。


「この世の終わりだ」


 何ヶ月分もの生活費を注いで買った馬券は紙屑同然になってしまった。破産だ。ジョニーが失った光り物は、これから来る有象無象の名前もよく分からないミミズに賭けたカラスが、全て掻っ攫っていくのだろう。そう思ってジョニーはゴールを生気の無い目で見つめていたが、いつまで経っても他のミミズが来ない。


 不思議に思って視線を巻き戻すと、驚くなかれ、そこにはロケットミサイル、フェラーリと同じくらい酷い有様をしたミミズの死体が、ゴロゴロと転がっていた。


 どうやら今は亡きフェラーリは、空を飛んでいたロケットドリル以外のライバルを殆ど轢き殺してしまったらしい。唯一難を逃れたのは、あの超スーパーウルトラメガコオロギだけだった。


 というのも、フェラーリに轢かれる為にはまずその前方を走ってないといけないわけだから、現時点でスタートラインから数センチ程度しか進んでいない超スーパーメガコオロギは、轢かれようがなかったのである。


 さて、こうなると話は少し違ってくる。ミミズが全部死んでしまったのならば中止を叫んで賭け金が戻ってくることも望めたが、超スーパーウルトラメガコオロギが生きてる以上、それは無理だろう。


 しかしどういう運命のいたずらか、隣には自分に求婚しているメスのカラスがいて、しかもそいつは天文学的な倍率を有する超スーパーコオロギの馬券を持っている。


 ジョニーは決めた。破産を免れるにはこれしかない。


「結婚しよう」

 

 ジョニーはシリルに言った。

 

 すると、そこに警察官のカラスが来て、木の穴に顔を突っ込んだまま気絶したマットに手錠を掛けながら言った。

「未成年のギャンブルは違法なので、賞金は無効となります」


 隣の枝では、いつのにか居眠りをしていたリムジーンの爺さんが、ミミズ虐待の容疑で他の警官に連行されていた。


 ジョニーは再びシリルを見た。


 シリルは言った。


「よろしくね、ダーリン!」

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