積年の想い

悲願の嘆(胸糞注意)


アーサーは、長きに渡る戦いから七年後に帰郷した。

 だが、そこにかつて未来を誓いあった恋人は居なかった。


「ある晩、森に行くのを見た。それが最後」


「お前の訃報を聞いて……彼女は、まるで萎れてくいくようだったよ……」


役に立たない事しか言わない村人たちを押し除け、制止を振り切って、彼女の家を戸を蹴破る。

 半ば発狂しような戦士を止める術を、この村の人々は持たず、家を遠巻きに眺め、家の奥で獣ような息遣いと物を叩き壊す音に怯みながら、かつて名声の為に旅立った青年の豹変に唖然としていた。


 半刻程過ぎ、静まり返った家に、熊手や鍬で武装した村の若者数人が駆けつけ、声をかけた。


 「アーサー様。どうかお気を確かに!」


その声に返事はなく、暗い家屋内から、床の軋む音と鎧の金具の音が徐々に大きくなりながら迫ってくる。

 家を囲む若者たちも、殺意は無いながらに農具を持つ手には自然と力が入る。

 暗闇から埃に塗れた金属鎧の騎士が現れ、その冷たく完成した殺意を宿した眼光を前に、村人たちは言葉を無くし、蜘蛛の子を散らすようにして逃げ去った。

 アーサーは、家の中で彼女の行方を追う手掛かりとなる手記を見つけたが、その内容は、彼を、さらに殺意を原動力とした行動に駆り立てさせた。




 彼の村から程近い領主の街。そこで彼は、ある呪術士を訪ねていた。

 自らの眼球をくり抜き、呪具としての義眼を嵌めた容姿が恐ろしい老人だが、その実力はこの辺随一。今のアーサーにとって頼れる唯一の人物だった。


 「ペスカ=コレーという女性を探してもらいたい。髪は黒、目は緑。身長は170程……」


 ぶっきらぼうで単刀直入な要求に、老いた呪術士は、見えぬはずの目で何かを凝視するような仕草を取った。


「ペスカ=コレー……母の名は?」


「分からん。親は居なかった。彼女は北の村で、アドラという老婆に育てられていた」


 「ほう」と相槌を打ち、彼が目を見開くに準じた行動をとる。


 「どうやら、彼女は古い賢者の血を引いておる。3分岐。強力な血筋じゃな。これほどの者がこんな場所におろうとは……羨ましいの」


「羨ましい?!」零すように言った一言が、耳に止まり不謹慎から怒りを露わにするアーサーに、老人は慌てて弁解した。


「強力な血脈は、我々のような一介の術士をの知識を高めた上で後世に残してくれるのじゃ。それ故……それ故じゃ。不謹慎じゃった」


 興味無いと言わんばかりに鼻で笑う騎士に対し、器用に目を伏せる真似をする老人は続けた。


「じゃが、強い血の持ち主である故に、曖昧ながらこの世に存在しておる。原型は留めておらぬかもしれぬがな。その場所は……」


「「荘厳なる死者の園」」


 異口同音。


 「知っておるなら、何故来た?」


 ガラスの双眸を向ける老人。

その義眼と大差ないほどに生気を失った眼差しの騎士は意味なさげに質問に答えた。


「彼女の手記に書いてあった。死者の園でなら、俺に会えるとな」


 平坦な口調で、まるで感情など無いかのように語る騎士。

 その実、感情を押し殺し。只管に自責の念に囚われていた。

 “荘厳そうごんなる死者のその”そこはアーサーの村に古くから伝わる。死者の国との境界が薄いとされる禁忌の地だった。

 夏の昼間でも地下室のように冷たい場所で、一歩踏み込めば、身体中に何者かの視線が絡みつき、本能が危険を訴えてくるような不浄の地でありながら、死者への想いが届くとして密かに降霊術が行われる場所でもあった。


 「なるほど、見えたぞ。アーサー=チャーチル。なるほど、なるほど。お前さん。死んだ事にされておったのか」


「第三次渡海遠征の地で、俺の参加した軍団が壊滅したんだ。帰ってくるのに7年掛かった」


「ほぉ。それで?」


「俺の事はどうでもいい。俺の剣にルーンを掘って欲しい。悪霊共から彼女を取り返す」


「可能じゃが……何故、取り返せると?」


「彼女はまだ“居る”それが感じ取れているだけだ」


 純粋さか、狂気か、どちらせよ彼に理屈は通じぬと悟る老人。

 商売人として、相場よりも高い代金と引き換えに、彼の剣に霊を斬る能力を備えさせた。

日が完全に沈みんだ新月の夜。

 孤独な騎士アーサー=チャーチルは、荘厳なる死者の園へと踏み込んだ。

 その敷地の中だけに、青白い蛍が無数に飛び交い、園の門を潜ると一斉に夥しい数の視線が向けらるような感覚に襲われ、歴戦の英傑ですら、全身の産毛が逆立つ程の寒気を覚えた。

 蛍たちが、明らかに規則だった動きで道を作り。園の中央にある枯れた巨木へと彼を導く。

 絡みつく視線の一つから強い気配を感じとり、戦士としての本能が自然と剣へと腕を運ばせる。


「ようこそ。私の“土地”へ」


 蛍が纏り付く枯れ木に、巨大な鳥のような影が止まっており、その両眼だけが鋭く黄色い光を発していた。

 騎士はその異様な存在に物怖じせず、無言で睨み返す。


 「武器は……いらないわ。ここはあなたのいる場所では無いの。さっさと引き返しなさい」


 その異形は……巨大な夜鷹のような怪物で、鳥の嘴から人の言葉が発せられる嫌悪感を堪えつつアーサーは、その怪物と対話を試みる。


 「ペスカ=コレーを返してもらいたい。さもなければ……」


「イヤダ! イヤダ! イヤダ! イヤダ! イヤダ!」


 鳥の声と人の声を同時に発しながら、枝を爪で切り落とし、そのままアーサーを引き裂こうと迫ってくる怪鳥に交渉の余地は無く。

 却ってその様、その怪物らしさを前にしてアーサーは、密かに安堵する。敵意を持って迫ってくる者を、躇せず斬り捨てる程にアーサーは戦士として完成していた。

 飛びかかる鳥の爪を、剣を鞘から抜く動作と共に交わし、そのまま背中に剣を突き立てる。

 呪術士が施したルーン文字が、刀身を青白く輝かせ、その一撃で、怪物は酷く痛がり……のたうち回り……鳥と人の声を同時に発する。


 「ナンデ! ナンデ! ナンデ! ナンデ! 」


「うるさい。彼女の声を使うな!!!」


 もがく夜鷹に飛びかかり、眉間から後頭部にかけてを刃が貫く。

 怪物は事切れると同時に、口から大量の体液を撒き散らし、急速に萎むようにして消滅していく。

 残った骨の中、肋骨の間に、まるで胎児のような格好で、裸の女性が倒れていた。

 アーサーは、記憶の中のよりも幾分大人びたペスカ=コレーの姿に息を呑む。


 「ペ……ペスカ!」


 アーサーは、何が起きたか分からぬままに、彼女の元に駆け寄り、その安否を確認した。傷は無く、はっきりと感じ取れるほどしっかりと呼吸している姿に安堵し、二度と離すつもりはないと、自らの腕の中に彼女を閉じ込めた。


 「誰!? 離して!! 離せっ!」


その途端に覚醒したのか、腕を振りほどこうと暴れるペスカを、無理抑える事はせず、一度解放するアーサー。


 「ペスカ。俺だ、アーサーだ。落ち着いてくれ」


 彼女の目は……酷く怯えていて、体は低体温症にでも罹っているかのように震えていた。


「知らない……」


「ペスカ?」


「貴方なんか……知らない! 近寄らないで!」


 錯乱するペスカに対し、敵意が無いことを示す為に、手の平を見せながら近づきつつ、アーサーは声をかけて続けた。


「ペスカ、ペスカ。俺だってば」


「来ないで!」


手頃な石をアーサーに投げつけ、ついには座り込んで号泣し始めるペスカ。その姿は……まるで幼子のように無防備で……文字通り幼い。







「ペスッ…………!?」


 足が意図せず方向に滑り、くるりと世界が回転する。

 受け身とる瞬間に、体がまた別方向に回転し、後頭部から地面に落ちた。

 一瞬の失神の後、血が頭頂部へと垂れ、顔を上げるとそこに地面が見えた。


「彼女は、恐らく悪魔に願ったのじゃな。この辛さを取り除いておくれと。悪魔はそれに応えた。何が辛いのかを理解出来ぬ程に知能を奪う事でじゃがな」


 ぼやけている事に加え、恐らく右目は機能を失ったようで、狭まった視界に見切れるようにして反転したガラスの眼球が映った。


 「呪術士の……」


「この娘の血筋は、お前如きには勿体無い」


「ふざけるなっ!! クソジジイ! 下しやがれ!!」


 怒鳴りつけながら、自分の声が、自身の頭に教会の鐘のように響く苦痛に苦しむアーサー。そんな彼に。ガラスの目の老人は得意気に語る。


「ワシもお前も似た者同士じゃの。お前は彼女の“心”だけを求め、ワシは彼女の子宮だけを求めておる。分けてやれるのならいいのじゃがなぁ……幼稚になった彼女は手懐けやすい。ワシの血が賢者に受け継がれる為じゃ。悪いが死んでくれ」


 老人が手を払うよに空中をなぞると、爪先に眩い光線が残り、それが吊り上げられたアーサーの首元に向かった。

 光線が首に届く風切音。その音がが彼の人生の最後。最も長い刹那の時を測らせた。


 

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