第8話


 夕方、お店に行くと、休憩室には店長がいた。

「倒れたって聞きましたけど、大丈夫なんですか?」

 と優しく声をかけてくれた。

「あ、はい、ぜんぜん大丈夫です。たまたま体調が悪かっただけで。シノダさんが早く出てくれましたから。すごい助かりました」

「それならいいんですけど。無理そうなら言ってくださいね。深夜のシフトから外れたいとか、逆に夕方のシフトをやめて深夜だけにしてくれとか、なんでもいいんで、思うことがあったら言ってください」

「あ、はい、ありがとうございます」


 頭が痛かった。身体が重かった。何よりも、眠たかった。


 午後八時。

 男女二人組がお店に入ってきた。二人ともジャージを着ていた。男性のほうは白で、女性のほうは黒だった。

「いらっしゃいませ」

 と、お出迎えをする。

 白いジャージの男は私を見て舌打ちをした。私の案内を待たずに、自分たちで勝手にテーブルに向かう。

 そんなことでイライラしていたらファミレスの接客なんてやっていられない。いつもなら軽く流している程度の、たいしたことではなかった。けれど、そのときの私は、精神的にも身体的にも、調子が悪かった。イライラしてしまった。


 ベルで呼ばれて、その二人組のテーブルへと注文をとりに行く。

 白いジャージの男は右脚をソファの上にのせて、片膝を立てていた。だるそうに、立てた膝の上に右腕をのせていた。黒いジャージの女性が二人分をまとめて注文した。男のほうは私を見るたびに舌打ちをしていた。

 料理ができて、ジャージの二人組のテーブルに持っていった。

「こちら、スタミナ丼の大盛りでございます。こちらをご注文のお客様は、」

「いいから、置いていけ」

 と、白いジャージの男は舌打ちをして、言った。

「ご注文の品は以上でおそろいでしょうか」

「ああ? 見ればわかるだろうが」

 男はそう言うと、右手を何度か払った。向こうへ行けというジェスチャーだとすぐにわかった。男は、私のことを見ていなかった。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 と、私は笑顔をつくって言った。お辞儀をして、ベルの鳴った他のお客さんのテーブルへ注文をとりに行った。


「おい!」

 と、男の大きな声が聞こえた。

 私は声の主を探した。白いジャージの男が手招きをしていた。

 用があるならベルを鳴らしてくれればいいのに。

 私は二人組のテーブルへと急いだ。

「おい。お前の店は、客にこんなものを飲ませるんか?」

 白いジャージの男はそう言うと、グラスを乱暴に置いた。グラスには緑の液体、メロンソーダが入っていた。

「あ、あの、なにか、おかしなところがありましたでしょうか」

「これは何か、言ってみろ」

「は? あ、はい、あの、メロンソーダです」

「お前の店はメロンソーダに炭酸がないんか?」

「え? あ、いえ。炭酸がなかったでしょうか」

「そう言ってるだろうが。お前、ふざけてんのか? 殺すぞ」

「あの、すぐに確認してまいりますので、少々お待ちいただけますか」

 私はドリンクバーでメロンソーダをグラスに注いだ。ホールセンターに戻って、ひと口飲んだ。炭酸はある。


 ベルが鳴った。ジャージの二人組だ。

「おい! 早くしろや!」

 と、男の大きな声が聞こえた。

 私は二人組のテーブルに行く。

「呼ばれたらすぐに来い!」

 と、男は大きな声で私に言った。

「申し訳ございません」

「炭酸は出るんか?」

「あの、ただいま機械の確認をしておりますので、もう少々お待ちいただけますか」

「ああ? 機械が悪いんやったら、それを先に客に報告せんといけんのやないんか。違うか? お前、いいかげんにせえよ。殺すぞ」

「おっしゃるとおりです。大変申し訳ございません」

「こっちは金を出してんだ。お客様だろうが」

「はい。申し訳ございません」

「もういい! お前じゃ話にならん。責任者を呼んでこい」

「はい。ただいま呼んでまいりますので、少々お待ちくださいませ」

 私は休憩室にいた店長に話をして、応対をお願いした。


 店長は何度も頭を下げていた。

 白いジャージの男は、大きな声で、お前の店の店員は、とか、態度が悪い、とか、辞めさせろ、とか、そんなことを言っていた。

 結局、ドリンクバーのお代をいただかない、ということで納得していただいたようだ。

 ジャージの二人組が帰る際には、店長と私とで深々と頭を下げた。白いジャージの男は舌打ちをしただけで、私のほうを見ようともしなかった。


「イエナガさん、いいですか。何かあったら、こちらに非がなくても、お客様にはまず、申し訳ございません、と頭を下げてください」

「あ、はい、すいません」

「最初の対応さえ間違えなければ、そこまでひどいことにはならないですから」

「はい、すいません」

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