2章 旅の途中

1:空からの脱出 その1

 落ち着け落ち着け。

 真二郎は自分に言い聞かせながら状況を整理していた。


 1)VRゲームを完クリした。

 2)外務省の美人に誘拐されて異世界に来た。

 3)ゲームで覚えた魔術が使えた。

 4)現地人から土下座された。

 5)メテオで攻撃された。

 6)ふたりで空を飛んでいる。→イマココ


 ひとつひとつ小一時間くらいかけて突っ込みたい気分になって、真二郎は挫折した。答えが出るとも思えない。

 考えても仕方のないことは考えない。これが鬱になって不安感を抑えるために覚えたことだった。

 そして、現時点で最大の問題はひとつ。


「どこに行くんだろうな、これ?」


 真二郎は周囲を見回す。

 空を飛んでいるといっても、実際には透明な箱に入って運ばれてる感じだ。目には見えないが床のようなものがあり、ふたりは同じ平面に立っている。前後左右には壁があってそれ以上進めなくなる。ジャンプしてみたが、天井もあるようだ。

 こんなのは現代の技術では不可能だ。つまり、誰かの魔術で運ばれているということになる。

 このままでは、その誰か――恐らく攻撃してきた相手の所に連れていかれる。その前に手を打たなければいけない。


「とりあえずは脱出しなきゃな」

「こ、ここから?」


 不安そうに周囲を見回し、恐る恐る下を指さす美姫。


「うん、空飛んでるもんなぁ。でも、坂崎さんなら、このまま敵だかなんだかわからない相手のところに素直に行きますか?」

「……そうですね。これが元の世界なら政府が友好国経由でなにか手を打ってくれるかもしれませんが、ここは異世界です。まだ国交も結んでません。せっかく上手く行きそうだったのに……」


 さっきまで動揺したり妄想したりで忙しかった美姫の顔が一瞬でキリッとなった。言ってみれば自分の専門分野に話が及んだことで事態の把握をしやすくなったのかもしれない。

 最後のセリフでは悔しそうに唇をかむ。よほど出世の道を断たれたのが悔しいのだろう。

 しかし、実際のところ美姫の心は舞い上がっていた。


 なによこれ!? ふたりっきりで空飛んでるなんて!

 夢にしては痛すぎる。こじらせちゃったアラサー女の妄想じゃない、これ。

 同僚も全滅したみたいなのに、自分だけこんな夢見てていいの?

 でも、こんなことになっちゃって昇進してマオくんを旦那様にって夢は無理かな……。絶対、私の作戦ミスってことになるよね。その前に元の世界に戻れるのかな。

 ああ、もう、マオくんと一緒にどこまでも逃げちゃおうかな。愛の逃避行……ダメかな。ダメよね……、私なんかじゃ……。


 などという妄想は表情には出さず、美姫はキリッとした顔のまま口を開く。


「最悪、さっきの爆発で門が破壊されたとすれば、私たちは行方不明として有耶無耶にされる可能性も充分にあります。門が無事なら捜索がなされますが、国交がない以上、門周辺のみで、これも積極的な捜索には至らないでしょう」

「仮にも国家公務員なのに国民見捨てるなんて問題発言じゃないですか、それ」

「現実的な答えです」

「で、結論は?」

「つまり、この世界では自力で生き抜かなければいけないということです。地元の有力者など話を理解出来る協力者にコンタクトを――」

「それはこの檻をなんとか壊して脱出してからの話ですよね~」

「でも、壊して、落ちるのはリスクが大きすぎませんか?」

「まあ、壊せるならなんとかなるでしょ」


 思いっきり不安そうな顔で美姫は真二郎を見た。

 怯える美女ってのもいいなぁ。じゃなくて!

 真二郎はひとつ咳払いして続ける。


「壊せるなら本当に僕に魔術が使えるってことです。壊せないなら魔術も使えないんだからなにもできない。魔術が使えるならなんとか出来るでしょ」

「その、なんとか出来るというところが不安なんですが」

「僕がどれだけの魔術を覚えたと思ってるんですか」

「それはよーくわかってるんですが……」

「終点に着く前にやらないと意味がないから、やりますよ」

「や、優しくしてください。こんなの初めてですから」

「残念。強引にねじ込んでやります」


 真二郎はニヤッと笑った。なんだか、こういう掛け合いに違和感がないと言うか、自然に出来てしまうのが奇妙な感じがする。出会ったばかりの美女相手にこんな話が出来るほど真二郎は外交的ではないというのに。


 魔術を破るというのは、より強力な魔術をドリル代わりに穴を開けるようなイメージだ。真二郎にも実際にやったことはないが、ゲームではそうだった。どれだけこの世界の現実とゲームが近いのかわからないが、今はそれを信じるしかない。

 クソゲーを信じるしかないっていうのも複雑なんだけどなぁ。

 真二郎は前方の突き当たりまで行き、手のひらで見えない壁にふれた。

 この障壁は恐らく風の属性魔術だ。となると、真逆の土属性の魔術で破壊出来るはずだ。


「デュ・テラル=サキューレ・ピルド・フィラミオ!」


 真二郎は呪文を唱えながら腕を円を描くように動かし、最後に突き出す。


「これで、どうだっ!?」


 ザザッと小石が流れるような音がして、目の前の空間に土が現れた。すぐにもの凄い勢いで回転を始める。


「やった!」

「凄い……」


 信じられないという顔で土のドリルが壁を食い破っていくのを見る美姫。

 真二郎は自分が本当に魔術が使えることが証明されたと気づいた。しかし、その前に――。

 なにかが破壊された衝撃。アニメならパリーンとガラスが割れたような効果音が鳴るところだが、実際には体が震えるような衝撃を食らっただけだった。同時に耳がツーンと鳴る。気圧が低いせいだ。

 不意にフワッと体が浮く感覚。ブワッと風が吹きつけてきた。

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