3:試験会場にて その2

「坂城さん、僕から離れないで!」

「なに急に色気づいてるんですか!? セクハラで――」

「じゃなくて、なんかヤバいから!」

「ヤバいのは私の方ですよ! ちょっと、腰に手なんか――ダメ! あんっ! まだ心の準備が――」


 予想もしていなかった可愛いくて色っぽい声に、真二郎は驚いたが、あれこれ詮索しているヒマはなかった。ヤバい事態なのは現地の男たちの青ざめた表情で確信に変わっていた。

 諦念? あるいは自分の運命を悟った顔?

 なにか呪文を唱えてバリヤーみたいなのを張るヤツもいる。

 とにかく身を守るためになにか魔術をと思ったが、なにに対応すればいいのかすらわからない。


 えーっと、僕も人生終わった顔した方がいい?


 そんな考えが真二郎の脳裏によぎったが、首を振ってすぐに打ち消す。それは会社で死にそうになってた頃で充分だった。せっかく拾った人生。後はノンビリ暮らすと決めたのだ。こんなところでワケもわからず死ぬのは――。


 一方、真二郎に抱えられた美姫の方は、別の意味で混乱していた。

 いきなり抱き寄せられ、あちこちさわられ、わけがわからない。真二郎が感じた危機感などまったく察知出来なかったのだから当然だ。


 マオくん、ずっと見てたなんて言われて退かなかったかなぁ。ストーカーじゃないくって、一緒にゲームしてただけだもんね。仕事なんだけど! あくまでも! 趣味でゲームもしてたけど!

 あの変なダンスもかわいかったけど、それだけじゃなくって本当に魔法なんか使えるなんて。カッコよくない?

 早起きして作ったおにぎりも食べてもらえたし、美味しかったって言ってもらえたし。

 でも、それでいきなりこれってどういうこと? まさか、マオくんも私に好意があるってこと? だったら、いっそ最後まで――。


 美姫が妄想から我に返ったのは、急激な変化が起こったせいだった。地面に押しつけられるような、まるで超高速のエレベーターに乗ったような感覚。

 一気に全身が重くなり、真二郎は美姫を抱えたまま一緒に地面に膝をついた。そして、下を見て、目に飛び込んできた光景に声を上げてしまう。


「な、なにっ!?」


 美姫も思わず声を上げた。


「間生くん、これ……」


 ふたりの足元にはなにもなかった。床がガラス張りのエレベータから見下ろしているように。


「……飛んでる」


 美姫は床に手をついて茫然とつぶやいた。

 いつの間にか、ふたりは空に浮かんでいた。さっきまでいたはずのテントが足の下、50メートル以上下にある。しかも、どんどん小さくなっていく。


「間生くん、なにかしたの!?」

「いやいや、僕のわけないでしょ! だいたい魔術なんて――」


 真二郎のセリフをかき消すような轟音が全身を揺さぶった。音の方向に目を向けると同時に、オレンジ色の光がすぐ近くをかすめるようにして飛び去っていく。肌を焼くような熱気が離れていても感じられた。炎の塊はテントのあった辺りに落ちた。

 ズドンッと衝撃が空気を震わす。眼下では炎の塊がドーム状に広がった。


「これって……まさかメテオライト!? しかも極大レベルじゃないか!?」

「なに? どういうこと?」

「最大の攻撃魔法だ……。これじゃテントの周辺にいた人々は確実に死んだ。自衛隊の人たちも多分……」

「そんな……」

「それに……元の世界と繋がる門は……」


 真二郎は急にあえいで胸を押さえると、うずくまった。

 ブラック会社のせいで鬱がひどかった頃の不安状態がぶり返してきた。心臓がバクバクいって、汗がにじみ出してくる。フラッシュバックだ。


「間生クン、大丈夫?」


 美姫が心配そうな顔で真二郎をのぞき込むと、ハンカチを取り出して額に当てる。


「たいしたこと……ない」

「でも、凄い汗」

「今は……それどころ……じゃない」


 真二郎は深呼吸を繰り返しながら、かすれた声で説明する。


「誰かが魔術で、しかも極大魔術で、あの場所を攻撃した。そして、僕と坂城さんをバリアーのようなもので囲んで飛ばしたってことです」

「誰が? 私たちがあそこで条約締結ために会談してるって関係者以外には……」

「わかりません。なんせ、僕はこの国の政治体制も知らないんで。ゲームにもなかったですよね?」

「そっか。主目的がそっちじゃなかったから、全部カットしてた」


 あくまで魔術師の日常が題材だったSLOには政治や色々な勢力などはなかった。


「ただ、もうひとつ、わかることがあります」

「なに?」

「そいつがもの凄い魔力の持ち主で、人を殺すことに抵抗がないってことです」


    ◇


 ブルストル・レンガーは驚嘆していた。

 目の前で魔術を疲労した異世界の若者に対してだ。

 異世界との門から現れた人間たちが魔術を使えないジャチクばかりと知った時、ブルストルは交渉など不要だと断じた。劣った者と交渉などしたところで得るものなどないと。

 しかし、この者は違う。最初こそぎこちなかったが、その後の術式の正確さ。そして、呪文詠唱の美しさ。これぞ古の技。まったく無駄のない美しさ。まだ若いというのに、どこでその知識を見つけ、そして、どれほど研鑽したのか。

 ブリストルは今すぐ彼に駆け寄ってひざまずき、教えを請いたいと思った。

 だが、その願いは叶わなかった。上空から降ってくる極大魔法に気がついたからである。

 これほどの力を行使出来る存在はひとつしかない。間違いない。


「魔王が干渉してくるとは!」


 一瞬後、ブリストルは灰も残らずに蒸発した。

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