3:試験会場にて その1
「場所は機密事項ですから、目隠しをさせてもらいます」
車が停まると、坂城は問答無用で真二郎にアイマスクをかぶせようとした。
その時、真二郎の目にはウィンドウを覆っていた黒いカーテンのわずかな隙間から遠くに山並みが見えた。一瞬だったが、真二郎にはどことなく見覚えがあるような気がした。
が、考えている間もなく、ドアが開けられ、目隠しをしたまま外に出ろと言われる。
「着いてきてください」
そう言って差し出された坂城美姫の手を握って外に出る。真二郎はそこで思い出してお礼を言う。
「そうだ。おにぎり、美味しかったよ。ありがとう」
「そうですか」
これまでと変わらない素っ気ない返事。
手作りってワケじゃなかったんだろうか。なんかちょっと残念。
そんなことを考えながら、真二郎は車の外に足を降ろした。足元は乾いた土だ。周りには人の気配がかなり多いのはわかる。あと、鳥の声。さっきの山並みと言い、結構田舎なのかもしれない。
数分歩いた後、不意に目隠しを外され、異様な光景が目に飛び込んできた。
薄暗い中、そこだけが光を放っていた。
まるで巨大なキャンバスに描かれた絵画だ。
キャンバスの形がかなりいびつな楕円形で、周辺がゆらゆらと陽炎のように揺らいでいるのさえ気にしなければ。
真二郎の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、ネットで見たどこかの寺院の写真だ。円い窓から庭の景色を切り取って部屋からながめるって、まさにそれだ。庭の光景が異世界だっていうだけで。
「これが……門?」
「そうです」
「もっと『門』って感じを想像してたんだけどな~。ファンタジーなんだし、地獄の門みたいな」
「希望を捨ててどうするんですか。それに、これでも充分にファンタジーです」
「まあ、そうだよね」
坂城の返答に思わず笑って、真二郎は周囲を見回す。この門を中心にして、体育館くらいの広さがある。門の周囲や入り口には武装した自衛隊員。
「門の護衛?」
「それもありますが、向こう側からなにが出てくるかわかりませんから」
「あ、そうか~。そうだよなぁ」
オオカミとかゴブリンとかか? いや、下手したらドラゴンとかいる可能性だってある。それがこっちに来たらどうなるか。
「えーっと、それで?」
これからどうするのかと訊くと、坂城は時計を確認した。
「なんとか間に合いました。10分後に現地で会談があります」
「そうか……って、10分っ!? 打合せとかはどうすんの!?」
「さっき終えましたが?」
「あれが打合せっ!?」
「間生さん、あなたにすべてかかっています。頑張ってください」
坂城はポンと真二郎の肩を叩いた。
「真っ正面からにこやかにプレッシャーかけるな~っ! だいたい、僕に何のメリットがあるんだよ?」
「ああ、そうでした。政府から特別手当が支給されます。他になにか必要なら用意しますが」
「特に何にもいらないの! お金はそれなりにあるし、しばらく静かに暮らしたいからゲーム買ったの! リハビリもしなきゃいけないし」
「一芝居打つだけで大企業の年収くらいの儲けになるんですが、不満ですか?」
「だから金じゃないっての。ストレスから解放されたいだけ。またぶっ倒れたら訴えるからな!」
「国家機密を漏らして無事でいられるなどと考えてます?」
「け、消すとか!?」
「まさか。日本は民主的で自由な国です。少し不自由な生活を送っていただくだけです。例えば田舎の療養所とか」
「マジ?」
「冗談はともかく、時間がありません。参りましょう」
「冗談かい~っ! いや、その前に人の話を聞――」
「もたもたしていると他国に知られてしまいます。しゃくではありませんか? 我が国の国土に門が現れたんですよ?」
「それは、まあ……」
「では行きましょう」
「ちょっ……」
強引に手を取られ、引っ張られながら、真二郎は坂城の手が汗ばんでいるのに気づいた。
緊張……だよな?
確かに、これが全部ドッキリでもない限り、本当に国の命運がかかっているのだから。
「わかった。いくよ」
昨夜のラスボス戦並みの気合いを入れ、真二郎は門の前に立つ。
なにをやるか、なにを言うかはすでにわかっている。これまで通り、SLOの魔術士になりきって呪文を唱えるだけでよかった……はずだった。
それが、だ。
それがどうしてこうなった!?
門をくぐって異世界に着いたという感慨もないままに、手順通りにゲームで使われていた呪文を唱えながら腕と指を動かす。これが規定通りになっているかどうかで魔術の強さが決まる。規定を破りすぎていると発動すらしない。この判定のきつさがクソゲー呼ばわりの原因だった。あくまでも原因のひとつでしかなかったが、難易度を上げた最大の原因なのは間違いない。
そして、いつものようにSLOと同じ要領で魔術を使ったら、ロケットランチャーの手を借りることなく標的を爆破した。その証拠に魔力で身分の上下を決める世界の住人が真二郎の前で平伏している。
「このような強大な使い手がおられる国でしたら、陛下も交渉を真剣にお考えになると愚考致します」
「それでは、交渉に向けて具体的な手続きに入って頂けますか!?」
坂城が拳を握りしめて弾んだ声を上げると、この世界のお歴々が当然のように頭を下げる。
「それはもちろんでございますとも!」
なんだかわからないが、とにかく役目を果たせて、真二郎はホッとして坂城に声をかけた。
「よかったですねぇ」
「ええ。これで昇進の可能性も出てきました」
「え? 国の威信とか人類の尊厳とかは?」
「そんなの一介の公務員が背負うには重すぎるじゃないですか。交渉まで持ち込めたら私の仕事は終わったようなものです。少なくとも責任問題は回避出来ます」
「あ……役人だ……こいつ」
真二郎が思わず呆れ声を上げた時、首の辺りにチリチリした違和感を覚えた。
と、同時に視界もチカチカと光りが点滅する。ボスクラスの敵とエンカウントした時の画面表示と言えばわかりやすい。
真二郎はとっさに坂城美姫に手を伸ばした。
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