3.
5月の半ば。第2日曜日の『母の日』が過ぎたばかりの頃。
M市内にある、
教室前の廊下で、1人の男子生徒が、3人の女子生徒に囲まれながら会話をしている。
「母の日には、母さんに手料理を振舞ってな」
「すごい! 何を作ったの!」
会話は盛り上がっているようだ。
「金目鯛のお茶漬け。母さんが大好きだから」
「おいしそう! 今度、私達にも何か作ってよ!」
チャイムが鳴った。
「お、授業だ。また今度な。行くぞ、レオナ」
男子生徒は、レオナと呼ばれた女子生徒と共に、教室に戻って行った。どうやらこの2人は、彼氏と彼女の関係らしい。
残された女子生徒2人は、憧れの目で男子生徒を眺めていた。
男子生徒の名はキョウジ。部活動の方は、陸上競技部に所属をしている。
身長は177センチ。成績の方は、まあまあだ。
女性からの受けも良く、キョウジの周りにいる女性の中には、真剣な想いを抱いているように見受けられる人もいる。
……だが、そのようなキョウジであっても、これまで好奇の目を向けられたことが一度もなければ、そもそも関わりすら全くない女性が、このクラスに一人だけ存在する。
今、この教室で窓際の席に座っている女子生徒が、その人である。
その長髪の女子生徒は、美しい顔立ちをしているが、口数が極めて少ない人であった。表情の変化も少なく、常に無表情であるように感じられるため、周囲からは冷たい印象を持たれていた。いつも窓際の席に座り、一人で静かに読書をしている。
その姿は、ある種の神秘的とも言える美しさを携えながらも、近寄りがたい印象を周囲に与えていた。それ故に、彼女はクラス内で孤立している様子であった。
キョウジは、自分のクラスの中で唯一、この女子生徒とだけは会話をしたことが無かった。美人ではあるが、とにかく取っ付きにくい人。どのように接したらいいのか分からない人。そのような印象を抱いていたからだ。――他のクラスメイト達と同じように。
「それじゃ、先週の数学の小テストを返却するぞ」
担任教師の声が響く。これから数学の授業だ。
1人ずつ生徒の名前が読み上げられ、テストが返却されていく。
「
窓際の少女が、そっとした振舞いで立ち上がる。どこか清楚さをも感じさせる歩き方で、担任教師の元へと向かって行った。
この窓際の女子生徒の名は、シアという。
「シアの点数は、96点。今回も学年トップだ。よく頑張ったな。この調子で勉強を続ければ、東大、京大、国立大医学部だって合格できるぞ」
シアは全く表情を変えずに、軽く礼をして、担任教師から数学のテストを受け取った。
担任教師のタダアキは、シアのことをいつも格別に褒める。学校教員は生徒を公平に指導する立場であるものだが、教員とて一人の男性である。生徒の中に美しい女性が居れば、下心のようなものが露呈してしまう教員も、世の中には居る。
キョウジにとって数学は苦手科目であった。今回のテストの点数は48点。他の科目であれば、これよりも高い点数が取れている。
……しかし。キョウジよりも、もっと低い成績を取り続けている生徒が居た。
「
……名前が読み上げられてから、2秒ほどの間を置いて、入口の扉付近に座っている男子生徒が立ち上がった。椅子がガラガラと引き摺られる音が響いた。
身長は162センチだという。髪はくせ毛で、ややボサボサした形状。
猫背であり、いつも顔が俯いている。顔つきは、幼さが感じられる。童顔である。
「ロアくんのテストは何点かな~? ……おおっ、21点だ!」
タダアキは、赤い斜線がたくさん引かれたロアのテストを両手で広げ、高く掲げて、クラスの全員に見せびらかすようにした。
ロアは、それを止めさせようと、タダアキの手からテストを奪い取ろうとする。だが、ロアの手が近付くと、タダアキはヒョイッとテストを遠ざけ、掴み取らせないようにしてくる。
ロアは何度も手を伸ばしている内に、体のバランスを崩し、教室の床に倒れ込んでしまった。
背後の席から、クスクスと笑い声が上がる。
「お前がちゃんと勉強しないからいけないんだぞ、ロアくん。こんなに赤点ばかり取っていたら、3年生になれなくなっちゃうぞ。分かるかな、ロアくん?」
タダアキは、まるで小学生に話しかけるかのように、ロアを扱う。
ロアは床から起き上がり、俯きながら黙って聞いていた。
「ちゃんとお勉強しましょうね。ノートぐらいきちんと取りましょうね」
タダアキはそう言って、テストをロアの目前に差し出した。ロアは、授業のノートすら、ろくに取ろうとしないのだ。
ロアは、差し出されたテストをすぐに掴み取り、そそくさと自分の席へ戻って行った。その動きには、怒りのようなものが感じられた。
――全員のテスト返却が終わった。
21点。学年でも最下位の成績である。
だが、21点であるからこそ、彼は痛みが和らいだ。
クラスメイトの多くは、嘲笑うかのようにロアの様子を眺めていた。
一方、学年トップの成績を収めたシアは、冷たい表情で、自分の答案用紙をじっと眺めていた。
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