四十四

(もうじき夜が明けるだろうな)と、政次は思った。

 不意のことばかりで心は激しく高ぶるのだが、舟に揺られた疲れが出たのか、身体が重い。

 背中から、地の底に引き込まれそうになるのをこらえて、内股をつねった。

 安斎先生はと耳をそばだてると、なんだかすやすやと、かすかな寝息を立てているようす。

(おいおい、話が違ってるじゃねえか)と思った政次は、小声で、

「せんせい。せんせい」と呼ばわってみる。

「なんだ」

「寝ちまっちゃ、いけねえでしょう……」

 と、安斎先生は答えの代わりに、政次の口を手でふさいだ。

 耳を澄ます。

 がたっと、戸が小さく鳴り、ちょろちょろと水を流すような音が聞こえる。

 安斎先生の頭越しに覗いていると、真っ黒な闇が、細長く紺色に切り開かれ、それがじわじわと広がっていく。

(来た!)

 心臓が半鐘をるように鳴るが、どうしたらいいのかわからない。

 ただ、身を固くしていると、安斎先生の細いが力強い脚が、政次の脛を抑えつけた。

 人影は、二人。影法師になっていて、しかとは見えないが、痩せて背の高いさむらい風と、頭巾をかぶった小柄なやつ――舟で尾行つけてきたやつらに違いない。

 二人は履き物も脱がずに土間から上がると、安斎先生と政次の足もとへと忍び寄ってきた。

 政次はいまさら顔の向きも変えられないので、目の玉を思いっきり回して、その様子を見ている。

 さむらいが、脇差しの濃い口を切ったのが、気配でわかった。

(やばい……。やばいぞこりゃあ)

 さむらいは政次の足もとに膝を突いた。見ると、頭巾のやつも、安斎先生の足もとに屈み込んでいるが、その両手は、小刀を逆手に握りしめている。

 政次が大声を挙げようとしたその刹那、いたちか何かのような身のこなしで寝床を抜け出した安斎先生は、身を翻しながら囲炉裏に何かを投げ込んだ。

 閃光――というしかない。

 しゅわっと言う音とともに、稲光のようなまぶしさが、家の中を真っ白にした。

 目を焼かれながら、政次もまた、寝床を這いずりだした。

 何か固いものが肉骨を打ち据えるような音と、くぐもった悲鳴が、それぞれたった二度だけ、聞こえた。

 ようやっと細く開いた政次の目に見えたのは、ふすぼっている囲炉裏の火。

 その火に浮かび上がっているのは、ひしゃくを手に、背中を丸めた五郎。

 その足もとには、手首を押さえてうずくまった、二人の賊。

 五郎は、いつか三人のごろつきにやったように、懐から出した縄で、二人を素早く縛り上げた。

 その二人ともを、政次は、知っている――。

 青ざめた顔をしている若い侍は、小日向戸田家の下屋敷の中間、伊藤次郎衛門だった。

 そしていまひとり――吊り上がった目をまだらんらんと輝かせているのは、女。萬屋でひと目だけ見たことのある、女、美雪の姉の、小菊だった。

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