四十
療養所では、安斎先生が長助と向かい合っていた。
例の二枚の紙を目の前に並べ、二人して見入っている。
「その紙で、なにかわかったんで?」
「わかったとも言えるし、わからんとも言える」
「へぇ」
「おまえ、どう見立てる?」
政次は畳に手を突いて身を乗り出し、二枚の紙を代わる代わる見比べる。
「ありふれたものだと言やあそれまでですが、この二枚はどうも、同じ紙ですね」
「手習い用の、薄手の半紙だな。……して?」
「この、太い線がのたくっているやつと、細い線が引かれているほうのやつ、どちらも墨の濃さが同じだ」
「ふむ」
「あ……」
暗い長屋では気づかなかったが、明かりの下で見ると、どちらも紙にも隅に小さく、同じ印がついている。
「気づいたか……」
言うと安斎先生は二枚の紙を、印に合わせて重ね、行灯にかざした。
太いうねりと、細い線が、うまい具合にかみ合って見える。
「そ、そいつはもしかして、地図……」
「おそらく、な」
「どこの地図なんで?」
「それが、わからんのだ。……で、おまえは何をそう慌てて戻ってきたのだよ」
「あ、そうだった」政次は懐から、謎の玉を取り出す。「こんなものがあったんで」
「ほう……。どこに、だ」
「おし津さんが持たせてくれた、握り飯の中から出てきたのです」
「おし津が、とな」
安斎先生はにわかに厳しい目をして、手を伸ばした。
政次はその手に玉を、そこに載せる。
安斎先生は、じっとそれを見ていたが、井戸の水と政次の汗で湿気た紐の部分を、そっと撫でほぐした。
「長助さんには、これが何か、わかるかな」
「
「こぎのこ……?」
政次の知らない言葉だ。
「追い羽根で使う、つくばねですよ」
「ああ! 女や子供が羽子板で遊ぶ、あれのこと……。しかし、そんなもんを、どうして飯の中に」
安斎先生にほぐされた羽根は、いびつながらもふっくらと元のかたちらしくなった。
黒くて小さな頭を持った、赤い小鳥といったところだ。
「政次っ!」と、安斎先生は思いがけず強い声を発した。「知恵を使ってみろ」
「知恵と言われたって……。おいら……」
「おまえの好きな、《判じ物》だぞ」
(そういえば、あの日、おし津さんと、本の話をしたっけ……。おれは、判じ物が好きだなんて言ったんだった)
政次は考える。
安斎先生は、腕を組み、そんな政次をじっと見ている。
「せんせい……。おれの浅知恵を、わらわねえでくださいよ。赤いつくばねってのを判じると、《赤い羽根》ってわけで、《
安斎先生は長助と顔を見合わせた。
「どう思う、長助」
「当たり、かもしれません。太い大きなうねりを荒川に見立てると、もう一本の細い筋は、大川への別れ……。こちらの紙の、まっすぐの線の太いところが岩淵の宿と考えれば……」
「なるほど、その奥の細道は、ちょうど赤羽の村か……」安斎先生は、目を閉じて、しばし考えていたが、「政次、おまえ、でかしたかもしれんぞ」
「えっ、当たりなんで?」
安斎先生は、それには答えず、
「なるべく急いだ方がいいな。長助さん、五郎に言って、舟の手配をしてくれまいか」
「この時刻に、出る舟があるでしょうか」
「なに。柳橋の佐助なら、何とかやってくれるだろう」
長助はうなずくと立ち上がって、五郎の住む離れに向かった。
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