二十七
鮫と平佐に猿ぐつわを噛ませたのは、連中のうめき声が、あまりにうるさかったせいだ。
のびていたもぐらには、長助が活を入れて立たせた。
それに鮫と平佐を合わせて、縄で数珠つなぎにする。
五郎は火打ちと点け木を取り出して、提灯に灯りを戻す。
それに照らされながら、長助は荷物を取りまとめ、忘れ物はないかと念を入れる。
元通り――ただ、ならず者三人という、お荷物が増えた。
五郎は縄の端を政次に握らせながら、
「もはや暴れはしないでしょうが、万が一の時には、ほれ、この通り」と、縄を下に引いてみせた。
どうした具合にいましめてあるものか、
「んぐぐー!」と、身をよじらせながら、膝を折る三人。
提灯を先頭に向かう先は、宿の枡屋ではなく、安斎先生の療養所だ。
「おお。みな無事に、戻ったか」と、安斎先生は、ほくほく顔だ。「それにしても、萬屋もまた、汚い土産を持たせてくれたものだな」
ごろつきどもを土間にうずくまらせておいて、長助、五郎、政次の三人は、診療部屋の板の間に居並んだ。
五郎が、帯の間から鮫の十手と平佐の匕首を抜き出し、
「大川に放り込もうかとも思ったのですが、のちのち何かの証拠にもなろうかと」と言いながら、安斎先生の前に差し出す。
「ほう」と安斎先生は十手を手に取り、「これはこれは、よく出来た
ごろりと床に投げ出し、今度は匕首を手に取って鞘を払う。
「うわあ、こちらもたいした得物だわ。これでは髭も剃れなければ、楊枝も削れまい。こんなものが万が一、腹にでも刺されば、さぞ縫いづらい傷になるだろうなあ」と言いながら、刃に親指を走らせている。「どうだ、政次。持って行くか。魚のうろこ取りか牡蠣の殻を剥くのにはちょうど良さそうだぞ」
(めっそうもない)と、政次はかぶりを振る。
「さてさて、わしとしたことが、今夜は一杯もやらずに待っておったのだ。武勇伝はおいおい聞くとして、どうだろう、きゃつらの手当が先かな」
政次は長助を見、長助は、五郎を見る。
五郎は、軽く、首を傾げながら、
「あっしの意見をさせてもらえるなら……先生の思し召し通りに……」
「なるほど、五郎は、そう言うか。いや、古来から『医は仁術』と言うしな」
(あんなやつら、手当なんてほっといて、まずは吐かせることがあるだろう)と、政次は思うが、もちろん、黙っている。
安斎先生はつと立ち上がり、土間の下駄をつっかけると、縛られた三人に屈み込む。
「もぐら、というのは、ぬしか……」と、その顔を覗き込み、「なるほど、もぐらのような面相をしているな。回向院の墓場の下で、もぞもぞしながら死人の骨を齧っているというのは、ほんとうかえ」
「う、うるせえ!」と、もぐらはまだ、口だけは威勢がよい。
「まあまあ、そう突っ張るな。おまえ、この、肩口が」と、安斎先生は、もぐらの肩をつまんで、親指でぐいっと押す。
「痛ててててて!」
「外れておるな。まあ、土を掻くのがもぐらの習性。どうだ、いっそ左も外して、両腕を伸ばすか」と、手を当てる。「医者のわしなら、かんたんなことだぞ」
「や、や、やめろっ!」
「そうか。では、やめておこうか……。
で、この、苦み走った口裂け顔のは、おぬし、鮫といったな」
鮫の右手首は不自然に曲がっていて、ぱんぱんに腫れ上がっている。
痛さに耐えかねてか、顔色は青く血の気が失せて、目には光りが無く、まさに陸に上げられた、鮫のようだ。
「ううむ。この手首では、いかな玩具であろうとも、もう十手は持てないだろうて」と言いながら、安斎先生は、腫れ上がった右手をつかむ。
「んむうううう」と、猿ぐつわの中から、悲鳴を上げる、鮫。
「みっしりとした折れかたをしている……。真っ直ぐに直すには、ちと、荒療治が必要となるが、どうだ、曲がったままがいいか。それとも……」
「むむむむむ」と、鮫は頭を振るが、痛さのためか、めちゃめちゃで、是とも否ともわからない。
「箸を持つにも、左手の稽古をすることだな。
で、この大きな男が、身体を小さくしておる。平佐よ、刃物を振り回してはいかんと、わしは諭したことがあるぞ」
「……」
「ここか」と、安斎先生は容赦なく、赤黒いあざの走った、平佐の鎖骨を押す。
「んんんんん」と、やはり猿ぐつわの中から、うめく平佐。
「この骨は、人体の中でも、二番目に折れやすいところだからな。えっ……一番目はどこかとな。それは……ここだよ」と、安斎先生は、平佐の鼻筋を、指でびしっと弾いた。
「うっ……」と言いながら、平佐の目には、涙がにじむ。
立ち上がって腰を伸ばした安斎先生は、
「なに、いずれも軽い傷よ。わしの手にかかれば、元通り。ただし、こやつらを元通りにしていいものかは、考えどころだがな……。
五郎、猿ぐつわを、外してやりなさい。噛みつかれることも、ないだろう」
口が自由になった三人は、それぞれ、うつむいたまま、ぜいぜいと、荒い息を吐いている。
安斎先生は板の間に上がり、鉢を手に、戸棚から何種類かの薬を取り出す。
石で出来た
「これはな、値千金とも言われる、もろこしの妙薬だ。一服すれば、どんな痛みも、たちどころに消え去る」と言いながら、ごりごりと車を押す。「惜しいものだが、お前たちに煎じて飲ませよう。ただし、よくよくすり潰し、乳鉢で摺らなくてはいけないのでな。しばしの時がかかるのは、我慢せよ。で、五郎や、気を紛らすためにも、やつらと話でもしてはどうかな」
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