二十一

 千春が座敷から持ち出してきた鏡――そこに映ったじぶんを見たとき、政次はめまいがしそうだった。

 ちりめんの襦袢に、丈の短い小袖、すこし色が抜けた夏羽織。

 真新しい白足袋に、厚手の雪駄。

 博多の献上帯には、扇子と胴乱、そして、いささか仰々しい太さの煙管。

 いかにも、奥の地からやってきた、商人のこしらえだ――と言うのは、安斎先生の台詞で、当の政次には、身につかないことはなはだしい。

 そもそも、暑苦しくていけない。

「これは、よくよくの出来だ。お米さん、ありがとう」と、安斎先生は、とにかく上機嫌。「して、供の者は、どうしたかな」

(え。供の者だって?)と、政次が思っていると、襖がすっと開いた。

「おお、こちらも上出来」と安斎先生が手を打つのは、唐桟の着物を細く着こみ、前屈みになった番頭風――頭は、政次同様きれいに剃り上げているが、これは、庭男の五郎である。

「どちらさまも、すっかり立派な商人のこしらえですね」と、お米も自分の手柄に、満足らしい。「羽織の仕付けは切り取っておきましたけれど、損料屋の借り物ですから、ほかにどんな《しるし》があるかもしれませんから、なるべく脱がないでくださいね」

 黙っているのは政次と五郎。安斎先生と女二人は、いかにも楽しげ。

「せんせい……」と、政次は、途方に暮れた調子で。「何をたくらんでいなさるのですか」

 と、表に、声が。

「患者さん、でしょうか」と千春。

「まずは、出てくれ。よほどの重病でもない限り、診ないぞ」


 戻ってきた千春は、書状を手にしていた。

 安斎先生はそれを受け取り、すばやく目を通す。

「ふむ。さすが、応対が早いものだな……。今日の、夕六つと言ってきた」

 お米と千春は、何も聞かなかったもののように、着物を包んでいた紙や風呂敷などを取りまとめ、座敷を出ていった。

「せんせい……」と、政次は顔を改めた。「とにかく、おいら、まだ何も、聞いていません」

 立っていた五郎が膝を折り、襖を閉め切った。動きはすっかり、商人のそれ、である。

 安斎先生は、その一連の動きを、じっと見ていたが、

「政次、わしの部屋で、話そう。あまり時間は、ない」と、素っ気なく、言った。

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