二十

月代さかやきは、少しこう、左右に広めに、剃ってやってくれ。で、髷は、きゅっと細く、後を立てて……そう、いまどきの、本田というのか、商人風にな」

 安斎先生は、髪結いに細かい指図をする。

 政次は盆を手に、されるがまま。

「先生……こちらの旦那の頭は、真ん中がよく焼けています。月代を広げますというと、なんと申しますか、その、五分ばかり、青白いとこが出てしまいますが」

「いいんだ、いいんだ。それで、いいんだ。田舎から出てきて、いま髪結いに、行ったばかりという味が、いいんだよ」

「じゃあ、剃りますよ」

(てやんでい。ひとの頭を、勝手にしやがって。何が田舎だよ)と、政次は思う。(にしても、せんせい、何を考えているんだ)

「顔も、よくよく剃ってやってくれ。眉も、こう、きりりとな」

 安斎先生は、真剣な調子で。

 これまで剃られたことのないところに剃刀が当たり、政次は、なんだか鳥肌が立つような気がした。

 やがて――。

「こんなことで、いかがでしょう」と、床屋。

「よいよい。わしの望みどおりだよ」と、安斎先生は、手を叩いて喜んでいる。

「せんせい。おいらも見たいなあ」

 政次はいささか、仏頂面である。

「さあどうぞ」と、床屋が手鏡を出す。

 そこにいたのは、ずばりと《田舎の若旦那》だ――と、政次は思った。


「さて、次は、着物だ。千春のおっかさんが、損料屋で手配してくれているはずだからな」

 安斎先生は、髪結いを出てから、気持ちが上がっているらしい様子。

「せんせい、せんせい。これはどうも、うまくないですよ」と、政次はつるつるになった月代に、手を当ててみる。

「うまくないことはない。いまのところ、わしの図星だ」

「何をおっしゃるんです。どうしようって言うんです」

 そう言いながら、政次にはなんだか、いやあな予感がある。

「わしの言う通りにしておけ」

「せんせいは、まだ、何も言ってないや」

「これから、とっくりと、言うよ」

 と、道でばったり出合ったのは、小太りで背の高い、黒い襟のおかみさん。大きな風呂敷包みを背負って、胸のところで手を合わせている。

「やあやあ、お米さん。ちょうどよかった」

「せんせい」

「急なことで、すまなかったな」

「いいえ、なにを。それにしても、足りているのかどうか」

「まあ、それはこれから、見ようじゃないか」

 三人は連れだって、足早に、療養所へ向かった。

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