十八

 南蛮の酒のせいか、いささか頭が重い。

 安斎先生の飯は、もう三杯目だ。

 千春が、何事でもなさそうに、まめまめしく給仕をしている。

「政次さんも、もっと召し上がれ」

「う、うん」

 とは言うものの、政次はふだん朝飯なぞ、食わない。

 上方からのものだろう、酒粕のかおりがする、胡瓜の香の物。

 出汁の効いた油揚げの味噌汁。

 たまらなくうまいのだが、なかなか喉を通らない。

「若い者が、思いのほか、食が細いものだな」

 と言いながら、安斎先生は、三杯目をよそってもらっている。

 千春は、心配げに政次の顔をのぞき込み、

「お口に、合いませんか」

「い、いや、そんなことはないんで。めっぽううまくって、おいら……」

「せんせいが、辛口がお好きなので、おつけの味噌も、濃くしてあるのです」

「さいですか。い、いや、まったくいいお味で」

 と、政次は椀をつかむ。

 じっさい、味わったこともないような、うまい汁なのである。

 安斎先生は、箸を揃えて置き、

「ごちそうさま」と、ていねいに頭を下げ、

「千春や、今朝の茶は、とりわけ濃くしておくれ」

「はい。承知しました」

 千春は裾をまとめて、立ち上がる。

 安斎先生は、そこへ、

ふみはもう、出たかな」

「はい。今、五郎さんが届けてくださっているはずです」

「そうか。ならいい」

 政次は、なんとか一膳を飲み込み終えて、

「ごちそうさまでした」と、手を合わせた。「せんせい、おいら……」

「どうした」

「帰らなくっちゃ」

 もう、朝の五つだ。ふだんなら、ちょうど天秤棒を担いでいる時分。

「今日はもう、商いはしないのだろう」

「へぇ」

「だったら、湯へでも、行ってくるさ」

「湯ですって?」

「そうだ。なんなら、一緒に行くとするか」

「せんせい……おいらぁ、そんな身分じゃねえんで」

 確かに、道具ひとつで世過ぎを出来るような職人は、明けの六つに一風呂浴びてから、丁場へ出ていくこともあると聞く。木挽きの大吉なども、大の朝風呂好きらしい。

 しかし政次は、そんなまねをしたことがなかった。

「政次よ、おまえ、いま、身分と言ったが……その、身分ということで、おまえに話があるのだ」

「へ?」

「まあ、湯に浸かりながら、話そう」

 千春が、沸き立った土瓶と、煎茶の道具を運んできた。

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