第101話:白亜城の思い出⑦


 そんな会話をしながら、さらに進んでいくことしばし。

 「――やっと着いたね。ここが敷地の突き当たり、奥庭って呼ばれるところだよ」

 足を止めたリックが解説した通り、そこはちょっとした庭園になっていた。手前から色とりどりの花をつけた花壇が並んで、庭の真ん中にある大きな丸い池を囲んでいる。建物と同じく白い石で縁取った池は綺麗に澄んだ水を湛えていて、深さはあまりない。真ん中に、やっぱり大理石らしいものを使って作った像が設置されていた。

 海の生き物――イルカとかクジラとか、カメとかマンタとか、もっと小さな磯の生き物とか。とにかくいかにも海辺の街っぽいモチーフが並ぶ中、渦を巻く波頭をかたどった台座の上に、きれいな女の人がいた。肩と腰を留めただけのシンプルなドレス姿は、ギリシャ神話に出てくる神様にそっくりだ。長い髪を肩に流して、波の上に腰かけたポーズで静かに目を閉じている。

 「ええっと、これ女神様? でいいのかな」

 「そう。アルビオーネっていって、うちの街の守護女神よ。航海の守り神だから、海に面した街に大きな神殿が建ってることが多いわね」

 あ、やっぱり。

 『エトクロ』に出てくる国はたいていが多神教だ。大陸全体に共通の神話が語り継がれていて、ランヴィエルでも国内にいろんな神様をお祀りする神殿が作られていた。時代によって人気のある宗派が移り変わるらしくて、よそと戦争していた頃には戦神の神殿がものすごく栄えたりもしていたそうだ。魔王が出現したとはいえ、現代は比較的平和に外交している国が多いので、一般市民の皆さんは職業に関係あるとか住んでいる町のシンボルだとかいった神様を主に信仰しているらしい。

 ちなみに、ヒロインたちの国で最も篤く信仰されていたのは、天空神アストライア。空の星を通じてひとの運命を司り、人生の転機を知らせたり、宿命に立ち向かうひとを助けてくれたりする。主人公であるリュシーに神託を下し、魔王討伐の旅に出させたのもこの女神様だ。もちろん、とっても美人さん――なんだけど、

 「なんかこの女神さま、かわいい感じがするね。ちょっと若い? からかな」

 「ああ、そういえば。あたしたちくらいの歳に見えるわね、だからじゃない?」

 『あい? ねーねーたち、みんなちゅらさんさ?』

 「あはは、ありがとイオン」

 不思議そうに首をかしげるとかげさんをよしよし、と撫でてあげながら、改めて石像を見上げてみる。

 軽く両手を広げたポーズで座っている女神様、おそらく十代の半ばから後半くらいの外見年齢だ。アストライアは神々の女王、なんて二つ名を持つ最高神クラスのひとだからか、二十四、五歳くらいの堂々とした女性として描かれていた。それを見慣れているせいもあるかもしれないが、ずいぶん素朴で可憐な感じがする。

 「……なんで目、閉じたままなんだろうね? 海が荒れないようにって願掛けかな」

 「いかにもありそうな感じではあるね。ここは王族の私有地だし、公爵家もその遠縁に当たる。……それに」

 わたしに応じたりっくん、すたすたと池に歩み寄っていくと、手前にある縁石のひとつに手を置いた。いつの間に用意したのか、離れたあとには小さな金色の石が付いたペンダントが載っている。すると、

 

 ――ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……


 どこからともなく雨音のようなものが聞こえたかと思うと、今まで静かだった池が波打った。そこから伸びあがった水の帯が、さっき置いたペンダントに巻き付いて包み込む。そのままひょーい、と持ち上げて戻っていく先には、さっき話題にしたばかりの女神像が。

 《――守護石を確認。汝、身の証を立てよ》

 しゃべった。口元こそ動いてないが、どう考えても像の内側から聞こえてきた。綺麗だけど無機質なその声に、騎士さんが堂々と答える。

 「我は太陽の石に連なる者。盟約に拠りて秩序を守りし者、琥珀の許しの元にかの離宮を訪れし者。碧海の神アルビオーネよ、返答は如何に!」

 《――宜しい。其方の滞在を認め、守護を与えましょう》

 女神様が応えると同時に、ざーっと池の水が吹きあがった。離宮の屋根よりも高く、間欠泉みたいに伸びた水の柱は、そのまま薄い膜のようになってすーっと上空を覆っていく。あっという間に、建物と敷地をすっぽり包む巨大な水のドームが完成した。

 「「「わあああああ」」」

 「……はー、疲れた。やる人の魔力ごっそり持ってくね、これ」

 「りっくんすごい! 今のってなに、バリアみたいになってるよ!?」

 「すごいのは僕っていうより、ここの設計をしたひとだよ。この噴水と女神像はね、王族が認めたひとの指令にだけ応じる防護装置なんだって」

 つまりさっきの問いかけの答えと、王家から渡された守護石ヘリオドールの鍵の両方がないと、この仕組みは発動できない。一回発動させてしまえば、動かした当人が認めない限り他の人は出入りが出来なくなるという、最強の防衛システムなんだとか。

 「事情が事情だからって、今ランヴィエルに来てる王太子殿下が気前よく貸してくれたんだよ。リュシー達は入国次第、こっちに直行することになってる」

 「ほ、ホントに気前いいね……なんかもう、有り難すぎてどうしよう」

 「ねえ。ま、その辺は僕らの心配することじゃないし」

 僕も個人的にこの状況が有り難いから助かるし。

 なんだかご機嫌のりっくんが、水音に紛れて何か言ってた気がするんだけど、よく聞き取れなかったので定かではない。……ただ、

 「やっぱりー! フィアの読みが当たったぁぁぁぁ」

 「おっし読み勝ち! さり気なーくこっち組にイブマリーを誘導したのはそーいうことだったわけね、全力で邪魔するわよリラ!!」

 「ラジャーっっ」

 『……あいえ??』

 なんか必死の形相でお互いの手をぎゅー、っと握って囁き合ってる女子コンビがいたので、やっぱり独り言をこぼしたのは確かだったみたいである。


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