第2話

「貴方のことをずっと見ていましたが……大変でしたね…」


 彼女。曰く死神は俺の前に来てしゃがみ込み顔を覗き込んでくる。

 端正に整った顔にこぼれ落ちそうなほど大きな目。フードで隠れてよく見えないが髪も

 しかし、どう見てもただの子供だ。背は低いし幼い子供が頑張って背伸びして死神のコスプレをしているようにしか見えない。

 

「………子供がこんな所に来ちゃダメだぞ?ほら、早く家に…」


「あ、すみませんすぐに帰りま……って違います!私子供じゃありませんから!」


「……じゃあ仮に君が死神だとしよう。それでもだ……死神が人間を助けるのか」


 普通死神は人間の命を刈り取る者と聞く。それが他人の命を救うという矛盾。

 しかも死神本人がそれを言うのだ。

 それに死神など空想上の存在で、実際この世に居る訳がないと思っていた。

 

「そうですよ。実は貴方みたいな方々を私はずっと見てきました。そしてその誰もが自らその命を断ちました。私はもう……そんな人たちを見たくないのです…」


 今までそんな人間を多数見てきたんだろう。どこか遠くを見つめる死神を見て俺はこの子供が本当に死神だと確信した。


「……だから俺を助けるのか。でも…もうこれから生きていく意味なんてない。闘病中だった兄さんが死んで…もう生きるのが辛いんだ!なのにどうして俺を死なせてくれないんだ…」


「……そうですか。今まで見てきた方も同じようなことを言ってました……分かりました。では、そのお兄さんに会いに行きましょう」


「え……?そんなことが出来るのか?」


「出来ますよ。私は死神ですから」


「…じゃあ…お願いします」


「はい!えーっと…お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


「……カイトです。よろしくお願いします死神さん」


「はい、任されました。では行きましょうか」

 

 そう言って彼女は指を鳴らす。すると俺の目の前にあった景色は見る見るうちに姿を変えていった。




「ここがあの世……」


 気づくともうそこは学校の屋上ではなかった。

 特に変なものはなく、現世でもあるような草原が一面に広がっていた。

 強いて言えば太陽が無いのにも関わらず、明るい空くらいか。

 まあ、あの世だし…驚いたりすることはないが。


 


「では行きましょうか」


「……徒歩でか?」


 残念ながら地平線まで全て草原だ。この場所に天国への入り口があるとは考えられないのだが……


「いいえ、電車を使いましょう」


「………電車?」


「そうです!では行きましょう!」


 意気揚々と歩き始める死神さん。あの世に電車があるのか。訳がわからん。


「……なんなんだ電車って……」


 いつの間にか遠くに行ってしまっていた死神さんの背を慌てて追いかける。


「本当に電車なんてあるのか。しかも俺お金持ってないんだけど…」


「そうなんですか?仕方ないですね……私が出して差し上げます。現世に帰ったらジュース奢ってください」


「………分かった」


 それから草原を歩き続ける。するとなんということか何もない草原にポツンと一つ、駅があった。

 随分と寂れており、今にも廃墟と化してしまいそう……いや、もはや廃墟と言っても過言ではなかった。

 当たり前だ。誰も乗らないのであればその駅に停車する必要もないし管理する必要もないからだ。


「……切符は買えるのか?」


「ええ、買えますとも。ちゃんと駅員さんがいらっしゃるのですよ」


「そうなのか……人件費の無駄としか言いようがないな」


「そういうことは言うものではありませんよ?」


 寂れた駅に入る。『ハテノ駅』と書かれた看板が壁に掛かっているが、もう反対側が外れて斜めっていた。

 塗装の取れかかかったピンクのベンチに


「ハテノ駅とはまさに名前通りだな…」


「すいません、死神一枚と死者一枚お願いします」


 ポツリと呟く俺を尻目に死神さんは駅員さんから切符を買っていた。

 そうか。お金は現世と変わらないものを使っているのか……


「…320円になります。はい、丁度いただきます」


 笑顔で切符を買う死神さんに対応する駅員はたいそう仏頂面な男だった。

 抑揚もなく、淡々と話す。


「ありがとうございます………貴方はずっとこの駅に?」


「……そうですが…なにか?」


「いえ……ずっとここに一人で居て…寂しくないのですか?」


「……ここは私の家みたいな場所です、というか実質家ですね。なので寂しくなんかないです」


「そうですか……」


「ちなみにあと15分で電車来るので……しばらく待っていて下さい。それにしても私に話しかける客は珍しいですね」


「そうですね……少し気になったものですから……では待たせて頂きますね」


 完全に忘れ去られ置いてきぼりを喰らっていた俺は先ほどのピンクのベンチに座り、景色を眺めていた。


「切符買ってきましたよ?」


「……遅かったな」


 そのつもりはないがムスッとした顔になっている俺になんの悪気もない表情で話しかける死神さん。

 屈託もないその表情を見ていると蚊帳の外にされていたことを怒るのも憚られた。


「すみません、少し駅員さんと話していて………」


「まあ…別にいい。さっき時刻表を見たが、あと1時間ぐらいあるぞ?」


「え?先程駅員さんにあと15分ぐらいと聞いたのですが……」


「どういうことだ?あの時計ではあと1時間ぐらいあるんだが……」


「ええ…確かに……あ、あの時計止まってますね」


「そうなのか」


 それから会話が消えた。しばらく黙って景色を眺めていると彼女は何処から取り出したのか単行本を開いていた。鎌を持ちながら本を読むとは器用なものだ。

 しかし、彼女が本を読むと絵になる。古びた駅で少女が単行本を読みながら電車を待つ。これだけだったら田舎の青春の一風景みたく切なくなる構図だ。残念な事に彼女が制服ではなく黒いローブでなおかつ鎌を持っているので台無しとまでは言わないが異質な雰囲気を醸し出している。


「その鎌持ってやろうか?」


「え?いえ、大丈夫ですよ……?」


「……読みにくいだろ」


「え…あぁ……本当に大丈夫です。床にでも置いときますよ」


 この会話の中で一つ思った事がある。もしかしたらこの死神は…言っちゃなんだがバカ…いや、おっちょこちょいというかなんというか少し頭が弱いんじゃなかろうか。

 普通の人間だったらあんな重そうな鎌、長い時間持ちたくもないだろうに……


「今失礼なことを考えてませんでしたか?」


「………いや、別に」


 流石死神。鋭い。若干の罪悪感に苛まれているとようやく電車がやってきた。

 白い枠縁に側面には木製の壁。なかなか現代では見ることのできないワンマン電車だった。


「……すごいな」


「そうですか?早く乗りましょう」


「ああ……」


 早速電車の中に乗り込むと中には数人の乗客がおり、読書に耽る者や新聞に目を落とす者、寝ている者と様々だったが特に現世とは変わらない人間だった。


「……景色が綺麗だな。現世じゃこんな草原滅多に見られないだろうな」


「そうですか?では今のうちに堪能しておいてください。あ、そろそろ電車が出るみたいですよ?」


 駅と電車に警笛が鳴り響く。よく駅の方を見るとあの仏頂面の駅員が手を振っていた。

 あの鉄面駅員にも思うところがあったのか若干の笑顔を浮かべていた。

 それに気づいた死神さんは同じく笑顔を浮かべて手を振り返す。


「右側の扉が閉まります。ご注意ください」


 ノイズの入り混じったアナウンスと共にガコンと音を立てて電車の扉が閉まる。

 急に電車が動き始め、それからゆっくりと加速してゆく。

 5分ほどしたらもうハテノ駅は見えなくなっていた。


「……この駅からその天国の最寄駅までどれぐらい時間かかるんだ?」


「えっと30分ぐらいですかね」


「思ったことを一ついいか」


「……?どうぞ?」


「どうして最初から天国の近くに現世からこっちに来なかったんだ?」


「……他の人の目の前に急に出てきて驚かせないようにするためですよ?本当ですよ?決して忘れてたとかじゃないですからね?嘘なんかじゃないですよ?」


「…そうか」



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優しい死神 @medakanoyu0328

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