第38話 血の香り ACT4
検査の結果が出るまでの間僕らはまったりと……いやだらだらと……時間をつぶした。
「あ、俺ちょっと一服行ってきやぁ―す」
「それじゃ私も付き合うよ」
時田さんと上野さん二人は煙草を吸うために喫煙所に行こうとした。
「ああ、どうぞ行ってらっしゃい。……ときに時田君!」
「あんぅ? どうしました彩音先生」
「あなた禁煙宣言してなかったけ? 彼女が煙草嫌いだからって」
「あ、もういいす。禁煙する必要なくなったんで」
「禁煙する必要がなくなったって……ああああ、やっぱりフラれたんだ」
「んにゃ、こっちからフッてやりましたよ。ふフフフ!」
時田さんはそう言って 僕の方にちらっと視線を投げかけ。真面目な顔をして
「彩音先生。唐突だけど、僕に景ちゃんをください!」
「はへぇ?」
「ああ駄目よ。景ちゃんはお嫁には行けないんだから」
「知っています。でも僕には景ちゃんを幸せにする自信があります。僕の一生をかけて景ちゃんを守り通すことを誓います……もしそれがだめならせめて僕を景ちゃんの伴侶にさせてください」
時田さんの突然の告白を聞いて園の顔色が一瞬に青ざめた。
「ダメぇ! 景は私のも。ううん私の大切な主なんだもの、あなたなんかにぜったい渡さないんだから!!」
園は、まるでネコが敵を威嚇してフゥ―ッと毛を逆立ているような感じで言う。
「やっぱ駄目ですかねぇ……」
「駄目よ……あんたなんかに景を渡すくらいだったら、私があなたを刺し殺してやるんだから」
「おおおおおおお! 園ちゃんの嫉妬、怖いわねぇ。でもその気持ちよくわかるわ。私も今時田君を刺せるものないか探しているんだけどぉ」
「やッ! あははははは……冗談っすよ。冗談。景ちゃんの事好きなのは本当だけど、そんなこと無理なこと分かってますよ。あははは、まったく冗談なのにみんなマジになりすぎですよ」
「だったらさっさと煙草でもなんでも吸いに行きなさい」
「ほぇーぃ」と時田さんは肩を落として部屋を出ようとした。
隣で話を訊いていた上村さんがあきれたように
「馬鹿か!」と言った。
しかし時田さん目がマジだったよ。僕時田さんに犯されるのはごめんだなァ。
なんて言う事僕も考えているなんて……、ちょっと鳥肌が出てきちゃうよ。でもさぁ、時田さんは決して悪い人じゃない事は、彼の名誉のために言っておくよ。
「ふぅ―」と大きく園がため息をした。
「彩音さん本当にここの職員さんって、大丈夫な方たちなんですか?」
「なはは、ごめんねぇ園ちゃん。でもさぁ二人とも物凄く優秀な職員でもあって、研究員でもあるんだよ。まぁこの通り性格にちょっと難ありだけどねぇ」
うんうん、ここのリーダーが一番難ありだと思うんだけどなぁ。ねぇ彩音さん。
そんなことをしているうちにモニターに、検査結果の報告が来たことを示すアラートが表示された。
「あ、ようやく来たね。どれどれぇ」
彩音さんは送られてきた検査結果のデータ画面を開いて、かけていた眼鏡をくいッと指で上げ、画面に集中した。
隣のディスプレイに写真画像を映し出し、その隣の画面には多分過去のデータ記録だと思う数値が細かく表示されていた。
3台のモニターを彩音さんは食い入るように見つめ「はぁ―」と深いため息を漏らした。
そして「やはり」と一言口にする。
その顔はかなり深刻な表情に変わっていく。
スマホを手に取りおもむろに電話を掛けた。
「……パパ」
帰りは園の家の車を呼んだ。
後部座席で僕ら二人は肩を寄り添うように、そしてお互いの手を強く握りしめていた。
運転手さんが「景様のご自宅でよろしかったんですね」と訊いた。僕は声に出さずただ頷いた。それをバックミラーで確認したんだろう。車は僕の家へと向かっている。
「……景私」
「大丈夫だよ。僕がずっとついている」
「でも……景だって……」
それから僕らの会話は続かなかった。
彩音さんと父さんの会話。その会話を僕たちは途切れ途切れに耳にしていた。
良くない事の内容であることはその時から感じていた。
「彩音さんの時と同じ……。覚醒すればもしかしたら僕は……」
そんな言葉が僕たちの耳に入るたびに不安と、恐怖が少しづつ押し寄せてきているのを感じる。
静かに彩音さんはスマホをディスクの上に置き
「なははは、聞こえていたよね今の会話……」そして声のトーンを下げて「聞こえていたよね」と、もう一度言う。
がっくりと肩を落とし、今にでも泣き出しそうな顔をしながら僕達、二人に彩音さんはその口を開いた。
余命2年の命……。
園の命はあと2年が限界。彼女の中に存在する未知のウイルス。
この世界の医学では限界がある。その限界を超えたウイルスの存在。彩音さんは自分にもそのウイルスが存在していたことを訊かされた。
普通の人間であった彩音さんが何故半妖になったのか。父さんとの出会いが自分の命を今繋ぎ止めてくれていることを……。
今まで彩音さんはこのウイルスに打ち勝つために研究を続けていた。
始めは菌である物だと考えていた彩音さんは研究を進めていくうちに、菌ではなく別種のこの世界のDNAには存在し得ないパターンの、ウイルスであることまでようやくたどり着いた。
しかし、そのウイルスに対抗すべくワクチンまでの開発には至っていない。
いや、到達し得ないという事実が判明したのは最近の事だったという。
つまり、このウイルスに対抗すべく手段はこの世界では……ない。進化の過程が違う別の世界から舞い降りたものであるから。
そう、これは吸血鬼の血筋が持つ特別なウイルであったのだ。
園の体内に存在するウイルス。
それは彩音さんの持つウイルスのパターンとは異なっていた。
何故、彩音さんがこのウイルスに感染したのかは、その感性経路事態不明であったが、園の場合は確実性的に僕から感染したという事が推測できる。
幼少のあの時、僕が園の首筋に牙をさし込んだとき、僕に宿るウイルスが大量に園の体内に感染した。だが、同時に第三世代の真祖である彼奴の魂が園に移ったことでウイルスの活性化は留められていた。
しかし、彼奴が園から抜け出し僕へ戻ったことにより、今まで留められていたウイルスは再び活性化し始めた。
今は表面上は何も症状は出ていない。いや、目に見える症状は何も現れないだろう。感染している本人自体も自覚すら感じ得ない。
だがある日突然、限界を迎えた時、その命は終焉を迎える。
ただ一つ、園が生き延びることが出来る可能性。
それは、彼女も吸血鬼としてこの世で己の
「そんな……何とかならないの。彩音さん。これじゃ、園は僕のせいで……園は死んでしまうというのか」
思わず彩音さんを怒鳴ってしまった。
初めての事だった彩音さんに、母親に今まで僕に愛情を注ぎ込んでくれた愛すべく僕の家族。僕の生みの親である母親に怒号をぶつけたのは……。
「……景。いいの私。それが事実なら、私はその事実を受け止めます。例え、命が消えようとも、あなたの為に死ねるのならそれは私の本望です」
「馬鹿な。そんな馬鹿なこと言うんじゃない園」
「景ちゃん……」声を荒げ、怒鳴りつける僕の体を彩音さんは強く抱きしめた。
「景ちゃん……景ちゃん……景。私の最愛の子。景」
彩音さんは泣きながら僕名を繰り返し呼んだ。
「私はあなたを失いたくはない」
私の最愛の子。私とライトの想いの結晶。
あなたをこの世界に残したい……。
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