第32話 もう一人の飛鳥景 ACT1
来平井花楓と僕は伴侶の契りを交わした。彼女は僕の二人目の伴侶となったのだ。
園は花楓の事については僕に何も言わなかった。喜ぶ訳でも、まして否定する事もない。
「そっかぁ、花楓も景の伴侶になったんだ」
ただそれだけだ。
園が幼少の頃から自分の中に宿していた僕の吸血鬼としての魂を失ってから彼女は何か大きな穴が開いたようなそんな感じがする。
それもそうだろう園の中で眠っていたにせよ、園への影響力は彼女には大きな存在であったことは事実であったのだから。
フルベアート・ルクセント・ル・バンパイア。
今彼はこの僕に再びその魂を戻した。
まだ彼は完全に目覚めてはいない。僕がこうして、何もしないでいられるのが何よりの証拠だ。
完全に彼が目覚めれば、今の僕の力では彼を意のままに収めることは出来ないだろう。
やもすれば僕のこの魂は彼によって食い尽くされ、彼自身が飛鳥景となり変わることになりかねない。それは僕にとっての死を意味するものなのかもしれない。
夢の中で彼は僕に語り掛ける。
あの無限に広がる草原。まるで、この地球上には僕一人しかいない様な錯覚に陥る。その草原の中、彼はその姿を見せることはない。
姿はなくともその声は僕に語り掛けてくる。
「景よ。お前の望む世界とはどんな世界なのか」と。
僕が望む世界? そんなことなんか今まで考えたことなんかなかった。
「もしお前がこの世界を己の意のままに出来るとしたら、お前は何を望む」
そんなこと、僕には荷が重すぎるよ。
僕はただ非凡な生活が遅れればそれでいいだ。
そんな大それたことなんか望んでいない。……だけど、彼の魂が僕に戻ってから、今までの様な生活なんかもう出来ないんだというような緊迫感が僕を常に包み込んでいる。
多分、僕はこの世の成り行きをこの先見続けなければいけない。第一世代の真祖のバンパイアがそうしてきたように、僕は第三世代の真祖となりこの世界を支配する権限を持ち備えた者と化し未来と過去の狭間で永遠の時を過ごす存在となるのだろう。
「我のこの力をお前はまだ使えぬ。いや使おうとはしていない。必要なければ我はお前の中でこのままその意を閉ざしていよう。しかしながら、それは限られた時間でしか出来ない事だ。我はお前の心を食らう。全てを食らいつくした時汝はもうこの世には存在し得ない。それも良いのならそれもまた汝の意志である」
一体僕はどうしたらいいんだ。僕が力を付けなければ……その力とはどんな力なんだ。
まったく回答が見出せない。
この草原の中で僕は彼といつも同じことを繰り返している。
誰もいない屋上のフェンス越しに遠くに見える街並みを見つめていた。
「なんだ景お前授業サボりなのか」
後ろから父さんの声が聞こえて来た。
「父さん? どうして学校に」
「ああ、校長にちょっと会いに来たんだ。まぁこの学校の理事だからな」
「ほへ? 父さんこの学校の理事だったんだ」
「なんだなんだ、お前知らなかったのか?」
「知らないよそんな事、だって彩音さん何も話してくれないんだもん。ついこの前まで僕は本当に一般的な庶民だとばかり思っていたんだから。それがさぁ、この日本でも 有数の財閥だったなんてついこの間知ってびっくりしてたんだよ」
「あはははは、お前、そんなこと気にしてたのか? そんなちっぽけな事で悩んでいたのか?」
「な、悩んじゃ悪い!」
「悪かねぇけどな。悩むことはお前が今急速に成長しているという証拠だ。ま、大いに悩めばいい……ただ、悩む矛先をもっと広く持つことだな」
父さんは僕の後ろから、僕の体に抱き着いた。
父さんの懐かしい香りが漂い僕を包み込む。
「景、そうしているとほんと彩音にそっくりだな。思い出すよ俺と彩音が出会った頃を。お互いいつも喧嘩ばかりしてた。でもさ、俺は彩音の事を好きだった。愛していた。そして俺が18の時に彩音と別れたんだ」
「別れたって、でも父さんは彩音さんと……」
「まぁ訊けよ、俺の話を」
父さんはぎゅっと僕を抱く力を強めた。
「俺はさ、あの時ほど自分が吸血鬼であることにありがたみを感じたことはなかった。彩音の命を救う事が出来たんだからな。でも、その代償は彩音に大きく降りかかっていった。そこからだ、吸血鬼であることを俺は悔やんだ。自分の血筋が一族の事を途方にもなく嘆き恨んだ。それでも、その事実を変えることは出来ない」
「もしかして彩音さんが半妖になったて言う事なの?」
「まぁ、それはその後の事なんだけどな、その一歩手前の事だった。俺は彩音を半妖にはしたくなかった。まっとうな人間として生きてもらいたかったというのがその時の願いだったんだ」
「でも彩音さんは半妖になった。僕が生まれたせいなの?」
「いや違う。半妖になったのは彩音の意志なんだ。彩音は自ら望んで半妖になったんだ。そして、俺の伴侶となった」
「なんだか父さんと彩音さんってとても複雑な関係だったんだね」
「あら、そうでもないわよ。景ちゃん」
「彩音さん、彩音さんも授業サボり?」
「なははは、パパと一緒にいたいからね。金魚の糞みたいにずっとパパと一緒にいたのよ」
金魚の糞ねぇ……。まぁあ彩音さん父さん大好きだからなぁ。
彩音さんは僕の隣に来て肩を触れ合わせた。
父さんは僕ら二人を大きな手で一緒に抱きかかえた。
「私はねぇ、パパの事を愛していただけよ。ただそれだけ。あの時から、私には飛鳥頼斗という人しかいなかったんだから」
「なんか改めて彩音から言われると恥ずかしいなぁ」
「あらそぉ? 今までどれだけあなたにこの言葉を捧げていたのかしらねぇ」
「分かっているよ」そう言いながら、グイッと彩音さんの向きを変え、顎に軽く手を添えてキスをした。
なんだか自分の親達のキスシーンをまじかで見るのはちょっと恥ずかしい気もするけど、とても温かい気持ちにもなれた。
でもさぁ、ここに僕だけしかいないからまだいいけどさ、知らない人が見たら、女子高生がスーツ姿のおじさん……ま、おじさんというイメージは父さんにはないけどね。そんな二人がキスをしているなんて一気に噂になっちゃうよ。
「んもぉ、景ちゃんの前でキスするなんて恥ずかしいじゃない」
「彩音の怒った顔も俺は好きだからな」
あははは、と父さんは笑っていた。
でもこうして僕ら家族が3人心を触れ合わせたのは、本当に久しぶりだ。
そして父さんは僕の頭に手を置いて
「なぁ景、お前に戻った吸血鬼としての魂は、俺や親父の者とは違う。お前は新たな世代の吸血鬼としてこの先生きていかなければいけない。そして、お前に宿ったその能力は、この世界を一瞬に滅ぼすことも出来るほど強大なものだ。それゆえに、お前にはこの世界が託されたと言っても過言じゃない。いきなりこんな状態になって困惑しているのは分かる。しかし、お前はこの先この力と共にこの世界の行く先を導かねばならない。分かるかその重大さを」
「……正直怖いんだぁ。僕はこんな力なんかなくたっていいと思っているんだよ。だって僕には父さんと彩音さんがいてくれれば 幸せなんだから」
「あら、園ちゃんと……それと花楓ちゃんもでしょ。あなたの伴侶は私たちの家族なんだから」
「彩音さんありがとう」
「なぁ景よ。何故親父がお前に伴侶を娶れと言ったのかわかるか?」
「吸血鬼としての一族の血筋を絶やさないよう世継ぎをこの世に成す為なんでしょ」
「いいや、違う。お前が本当に守るべく人を見つけるためだ」
僕が守るべく人……僕が守らなければいけない人
「そうそれがお前に与えられた使命なのだから」
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