第30話 飛鳥頼斗 ACT3
恥ずかしそうに言う彩音の姿を俺は可愛いと思った。
純粋に、何も下心もない。ただ目の前にいるその女性に気持ちが高鳴った。
「本当にいいのか? 彩音」
「うん」と彼女は頷いた。
そっと彼女の首筋に俺は自分の牙を静かに差し込む。
無論俺が無意識に差し込んだ傷はもうすでに跡形もなく消えている。
「あうっ!」と、吐息の様に彩音の声が聞こえてくる。
少しづつ牙を奥深くに差し込むと、そこから溢れ出る彩音の温かい血が俺の口に広がった。
ゴクリと喉を鳴らし俺は彩音の血を飲んだ。
不思議な感じがする。とても懐かしい、気持ちが安らぐような感覚が俺を覆いそして包み込んだ。
この人は……。この感覚は、まるで母親の胸の中に抱かれているようなあの温かい気持ちになれる血の味がする。
そっと彼女から牙を抜くと、すぐにその痕はなくなっていく。
上気したその顔を見つめると彩音の潤んだ瞳が俺を吸い込むように見つめ返していた。
「ライト……」俺の名を小さな声で呼んだ。
その声が気持ちをまた高ぶらせてしまった。
俺は彩音の外見に心を奪われたんじゃない、彼女の気持ちにただ答えてあげたいという俺の想いがそうさせたのかもしれない。
もう一度、牙を彩音の首筋に差し込んだ。抑えきれない衝動、彼女にこの牙を差し込みたい。
ダメだ、このまま血を吸い続けていれば彩音の血が無くなってしまう。それでも抑えることが出来なかった。
次第に彩音の力が抜けていく。まずい、もう限界だなんだ。
これ以上は彼女の命に係わる。それまで俺はこの血を吸いつくしてしまった。
牙を抜くと彩音はそのまま意識を失い倒れ込んだ。
ここが病院でよかった。
倒れた彼女は手当を受け一命は取り留めた。
だが、医師は不思議がっている。
外傷も何もないのに血液だけが極度に不足していたという現象に。
彩音が意識を取り戻したのは次の日の朝だった。
もう俺の傷も大分治癒しつつあった。松葉杖を突きながら彩音の病室に尋ねてみると彩音はずっと窓辺に移る外の景色を眺めていた。
「彩音……」
「あ、ライト。もう歩いても大丈夫なの?」
「俺の事なんか心配しなくたっていい。すまん。もう少しで俺は彩音を殺すところだった」
「なに言ってんのよ、私ちゃんと生きてるわよ。ほら足だってあるんだから」
足だってあるんだからって言うのは確か日本で、幽霊じゃないって言うのを証明する時使う言葉だったと俺は訊いていた。
「ああ、でも……俺、止められなっかったんだ。どうしても彩音の血を飲むのを止めたくなかった」
「それはそれはお気に召していただきまして本当にありがとうございました。それほどまで気に入ってもらえるとなんだか逆に嬉しいよ」
にっこりとほほ笑んで彩音はそう答えてくれた。
なんだかあの発掘現場にいた時とは別人の様な感じがする。
しかし何故、医師の資格を持ちながら学士としてこの病院に在籍する彼女があんな発掘現場にいたんだろう。しかも俺と同じボランティアで……。
「あのさ彩音」
「ん、なぁに?」
「俺が吸血鬼だという事は……その」
「分かってるよ。内緒なんでしょ。ま、誰かに話したところで私が笑われて終わるだけだろうからね」
なんだかちょっとカチンと来るのをここは抑えてと。
「よろしく、そうしてもらえると助かるよ」
「でもさぁ本当にいたんだ吸血鬼って。架空の人物とばかり思っていたからびっくりしちゃたぁ」
「まぁな俺ら一族の事は表には出してはいけない事だからな」
「一族って言う事はあんたのほかにも吸血鬼っているの?」
「ああ、俺の親父もそうだし、まぁ半分だけ吸血鬼って言う半妖って言うやつらもいる。でも完全なる吸血鬼としているのは親父とこの俺だけだ」
彩音は特別驚くそぶりも見せなかった。
「ふぅ―ンそうなんだ。でさぁ、その吸血鬼さんが何であんな発掘現場なんかにボランティア活動でいたんだろうね」
「それは……」
おいおい、それはこっちが訊きたい事だ、弱冠18歳にして医師の資格を取得して、外科技術までも取得しているこの才女がどうしてあの場所にいたのか。
お互いの腹の探り合いがなんか始まりそうな予感がする。
そんな彼女を見つめていると、俺から視線を外し、窓の景色に彩音は向け始めた。
「賭けてみたんだぁ。私」
「賭けてみたって? 発掘とどういう関係があるんだい?」
「あそこさぁ、ライトも知ってる通り古代文明が滅んだ痕跡が残されている場所だったよね。で、その古代文明が何故滅んだのか? わかる?」
「それを知りたくて俺はボランティアに参加したんだけど」
「そっかぁ、実はあそこのに残された遺跡の文明は、ある菌によって滅ばされたと言われているの」
「ある菌? なんだ? 疫病的な何かなのか」
「そこまでは分からないけど……ただ自然界には存在し得ない事態が起こってしまったという事は事実らしい。何らかの力の介入であるかもしれないそれが私が目を付けた菌と関係があるのかどうかも分からないんだけどね」
「お前の研究か何かのテーマかなのかその菌は……」
「そうだね私の研究でもあるし、私自身の人生に大きく関わることになるかもしれない事だと感じたから」
「お前と大きく関わるって。それはどういう事なんだよ」
「……うん。人間には寿命があるでしょ。その寿命がどこでつきるかはその人の運命だと思うの。私は……あと数年の時間しかないみたいなんだぁ」
「あと数年って……それは……」
「原因不明。ただ体の中で何かが変化を起こしているのは事実。私の体の中には特殊な菌があるみたいなんだ……あ、ライト私の血大量に飲んだでしょ。もしかして感染した? 通常は感染はしないんだけど、今回ばかりは感染のリスクは高いかもしれない。あなたにも私の菌が……。ちょっと待って、ライトあなたあそこで怪我をしたんだよね」
「何を今さら言っているんだ。そんな事お前が一番良く分かって……、そうか俺はあそこで古代の菌に汚染されたのかもしれない。そしてお前の血を飲んだことによって抗生剤でも効かなかった菌が死滅始めた。だから熱が下がった。そう言う事なら安易な考えだという事は分かるが、この逆を試してみる価値はあるという事か」
「あまりにも幼稚な発想ね。それは多分出来ない。私はあなたの血を飲んだとしてもただ消化されるだけ。輸血なんて血液型が違うんだから出来る訳がない」
「でも、俺は元気になって来てるぞ」
そうなんだ俺は彩音の血を飲んだおかげで、いつもより力がみなぎる様な気がしてきている。
あの安らぎとと共に……。
そして俺は思ったんだ。
この人を失いたくないと……。
ずっとそばにいてほしいと。俺は強く願った。
それが俺が初めて経験した恋だった。
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