第29話 飛鳥頼斗 ACT2
「い、痛てぇ!!」
「なによ、いきなり目開ける方が悪いんじゃない!」
「はぁ? 何言ってんだよ。それにお前俺にキスしてたんじゃねぇのか」
「いじゃないキスくらい。ちょっと興味があったからよ」
おいおい、此奴は興味でキスするのかよ。ま、ちょっと唇が触れた程度だったけどな。
「ふぅ―ん、キスに興味ねぇ。そんじゃ」
グイッと彩音の肩をつかんで体を引き寄せ、彼女の唇に俺の唇を重ね合わせた。
「う、ぐっ!」
彩音の目が大きく見開く。
背中まである長い黒髪。少し濃いめの眉に高からず、それでいて整った鼻筋。そして何より彩音の顔の一番のポイントはその瞳だ。
俺はこの時始めて彩音の素顔を見た。
俺の腕が彼女の首筋に回った時、かけていた眼鏡の淵に腕が触れ、ずれ落ちた。
目の前に、彩音の黒く大きな瞳が俺の目に映りだす。
綺麗だった。まるで黒く輝く真珠の様な瞳。
その瞳をじっと見つめながら、俺は彼女にキスをした。
「い、いきなりなにするのよ! 馬鹿」
「いきなりはお互い様じゃねぇのか。何もキスくらいでガタガタ騒がなくてもいいだろ」
「馬鹿、馬鹿……ライトの大馬鹿野郎!」
真っ赤な顔をして彩音は部屋を飛び出した。
「やれやれ、意外と純情っぽい奴だったんだ」
半ば呆れながらぼやいた後、俺は気が付いた。傷の手当てが完璧に施されていることを。
まるで病院で処置されたかの様な感じがするほど完璧な処置だった。
しかも太もも部分が裂けていたようだ。その部分もしっかりと縫合されていた。
「ここのベースには、医者なんていなかったはずなんだけどなぁ」
まさか、彩音が……。
あははは、そなことねぇよな。俺と同年代なんだぜ、彼奴がこんな芸当出来る訳ねぇだろう。
しかし、それなりの医者がここに来るまでにはどんなに急いでも、一番近くの町からヘリで1時間はかかる難解のへき地だぞ。それだけ俺は意識がなかったという事か?
時計を見れば俺があの現場で滑落してからまだ3時間ほどしか経っていない。
たった3時間の間にこれだけの処置を、医者が来て施すことは不可能だと思うが……。
部屋を出て行った彩音の後を追いかけたかったが、麻酔が切れ始めて来たんだろう、体中が、縫合された太ももの部分が痛み出してきた。
それにさっき無理に動いたせいかもしれない、包帯に血が滲んできていた。
次第に痛みは増していく。
熱も上がってきているような感覚に襲われてきた。
猛烈な痛みと一気に上がる高熱。
我慢しようにも、しようがないこの状況。しかも、今ここの部屋には誰もいない。
傷の処置がどんなに完璧に施されていても、この痛みと熱で俺は死という恐怖感に襲われる。
「マジ痛てぇ!! 誰か助けてくれぇ」
思わず叫ぶ自分の声を耳にしながらうなされていた。
「まったく馬鹿なんだから」
錯乱状態に近い状態の中、俺の目に映ったその姿は彩音の姿だった。
「もうそろそろ麻酔が切れるころだと思って来てみたらやっぱりね」
彼女は俺に刺されている点滴の針の部分を見て
「やっぱり、針も外れちゃってる。まったくいきなりあんなことするからだよ。天罰ね」
独り言の様に言っているが、その言葉は俺に向けられているのは良く分かる。それに……、怒ってはいないようだ。……よかった。
彩音は点滴の針を刺しなおし、点滴に薬剤の中に注射器で別の薬剤を注入した。
「太ももの包帯を外し、傷具合を確かめ「うん、傷口は開いてはいないようね」と言い新たな包帯を巻いた。
その手際はまるで医療従事者の様な感じだ。
「もう少ししたら麻酔効いてくるから、ゆっくり休んでね」
その声と俺の手を握る温かな手の感触を感じながら、俺はまた眠りについた。
再び俺が目を覚ました時、部屋の様子が変わっていることに気が付いた。
そして、俺の手を握る人の姿。彼女は俺の手を握ったままベッドに顔をうずめ眠っていた。
その人が誰であるかは、白衣姿の今までとは違う装いであるのにすぐにわかった。
長い黒髪が彼女の横顔を覆いつくすようにかぶさっている。
「彩音」かすれるような声で俺は彼女の名を呼んだ。
その声に反応するように彼女はゆっくりとその顔を上げて俺の目を見つめた。
そして一言「よかった。気が付いたのね」と、彼女は笑顔でそう言った。
「ここは?」
「病院。私の今の職場と言うかインターンの施設」
「ん? 病院職場って……お前医者だったのか?」
「い、一応ね。飛び級で単位取ったから、今はここで学生として在籍しているの」
「はぁ……」
「でもさぁ、よかったよ。ライトあれから5日間も意識なかったんだから。本当はもう駄目かと思っちゃたよ」
彩音の話だと、あれから俺は少々厄介な菌に犯されていたようだ。高熱にうなされながら俺はヘリでこの彩音の在籍する病院まで搬送されたらしい。彩音が付き添い、俺が意識がない間ずっと彼女は俺の傍にいてくれていたようだ。
「ごめんなさい……、もとは私の我儘からこんなことになっちゃったんだから。本当になんて謝ったらいいのか分からない。もしあなたが死んでしまったら、私ももう生きていけなくなっていたかもしれない」
「まったく大げさな。そう簡単に俺は死なねぇよ。それにただ運が悪かっただけだ。お前は悪かねぇよ」
「……馬鹿、ほんと馬鹿だよライトは」そういいながら彩音は俺の瞳を見つめキスしてきた。
「嫌じゃないのか俺とキスするの?」
「嫌だったらキスしないよ」照れ臭そうに言う彩音の姿を見て俺は……胸の中に何か熱いものを感じた。
そんな彩音を見つめると彼女は俺に真顔で「あのねライト。一つ聞きたいことがあるんだけど」と問いかけた。
「なんだ? 何かこの後マジやばい宣告でもされるのか俺?」
「んーどうかな? あのさ、ライトって何者なの?」
「へっ? それはどう言う意味なんだ?」
「あなたはある特殊な菌に感染して高熱を発した、それに対応する抗生剤を何種類か投与したんだけどまったく効果がなかったの。でも……あの時私の……」彩音はその一言が言えない様な感じだった。
そして自分の首筋に手を当て「多分無意識だったんだと思うんだけど、あなた私の血を吸ったの……」
顔を赤く染めながら言った。
俺、やっちまったのか。
「ごめん、全然知らなかったよ。痛かったか」
「ううん、それよりも私の血を吸ってから、症状が劇的に改善されて行ったの。どうして? 輸血が必要だったという事なの? それが分からないのよ」
「ン―っと」
興味を持つ矛先がなんか違うような気もするけど、まぁ仕方がない。正直に俺の正体を明かさなければ、此奴は多分納得はしねぇだろうな。それ以前に此奴が俺の正体を信じるかどうかだよな。
「実はなぁ彩音。俺は吸血鬼なんだ」
ああ、言ってしまった。引くだろうな。いや、それ以前に「うっそだぁ!」とか「真面目に話して!」て、怒られそうだな。
だが彼女からは予想もしない言葉が俺に向けられた。
「だったらもう一度、私の血を吸ってくれませんか?」と……。
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