第27話 来平井花楓の恋 ACT4
「血だらけだよ」
「ごめん。花楓さんも汚しちゃったね」
もう彼はいつもの景ちゃんに戻っていた。
「ううん、いいの。それより家に寄っていく?」
「えっ!」
「だってこんな格好じゃ、外歩けないでしょ。おまわりさんに捕まちゃうよ」
「でも……」
「うちなら大丈夫、多分誰もいないから」
そう私の家には誰もいない。両親は仕事……、知ってるんだぁ私。二人とも私の知らない人の所に行っていることを。
たまに帰って来るのは週に一度か二度くらいそれでも私とは顔を合わせることはない。
こんな生活がもう3年は続いている。
あの家は今や私一人だけが住む家。もしかしたら、私も出て行くかもしれない。
家と言ってもマンションの一室に過ぎない空間。私一人では広すぎる。
「今、お風呂準備するから」
「ごめんね花楓さん」
何となく恐縮したように言う彼のその姿を見た時、鶉依優華の血を吸う彼の姿を思い浮かべてしまった。
あまりにもギャップがありすぎる。
本当に私の目の前にいるのは、あの美しいシルエットを描き出した吸血鬼なのか?
シャワーの音が脱衣所に聞こえてくる。
彼が脱いだ血だらけの服を見つめ「こんなに血が付いちゃってたらもう沁みになって着れないな」
そう言いながらも私自身が着ている服も血だらけだった。
もう処分しないといけない。
ブラウスのボタンを襟から外すと血はブラまで沁みていた。
スカートのホックを外し脱ぎ、下着姿になると彼が流し出すシャワーの音が気になりだした。
一度は見られているこの裸。今さら何を恥ずかしがっているのか。
それに彼……は、女だ。ただ性別が男であるだけだ。
そんなことをなんだろう自問自答の様に頭の中で問いかける。
いけないのかもしれない。こんなことをしては……。
でも体が勝手に動く。
血が染み込んだ下着を脱ぎ捨て、私は浴室のドアを開いた。
その姿を見た彼が驚いたように「花楓さん」と私の名を呼んだ。
「いいでしょ一緒に入っても……」
俯き心臓がバクバクと言っているのを感ずかれない様にするのが精いっぱいだった。
「私の服も下着も血だらけだったから……」
そして彼の濡れた体に抱き着いた。
「恥ずかしい。でも恥ずかしいけど、それ以上に景ちゃんに私を見てもらいたいの」
彼の背に手をまわすと刺されたと思われるところはも何もなかったかのように綺麗なすべすべとした肌の感触が伝った。
「もう、傷も何もないんだね」
「……うん。それは大丈夫だよ」
何か不思議な感じがする。初めて裸で男の人を抱いているのに、まるで園を抱いているような感じがする。園と肌を触れ合わせる時、私の心は園の体温を感じ取り安心感に包まれる。
同じだ。ううん、それ以上に私の胸の中に突き刺さっている冷たい何かが溶けていくような感じがしている。
「温かいなぁ景ちゃんの体」
「花楓さんの体も温かいよ」
私たちに降りかかるシャワーのお湯。その中で私たちは惹かれ合うようにキスをした。
男の人とは初めてのキス。
彼の唇はとても柔らかかった。
シャワーのコックを閉め、上から降る注ぐお湯の雫が止まった。
二人とも何も言葉が出ない。
ただ私は彼の顔を見てその体にしがみつくように私の肌を彼の肌に触れさせた。
言葉ではなく、触れ合う体から響く二人の鼓動が、その先に進むことを望んでいることを言ってくれているような気がした。
「ねぇ、花楓さん。吸っていい?」
私は軽く頷き、首筋を彼に向けた。
彼の唇が触れた瞬間一瞬痛みが走る。その痛みが次第に快感へと変わり行くのを感じる。
もう、私の体は彼に牙をさされる前から火照っていた。体中が熱くなっていた。
その体の熱さは彼が私の首筋に牙を押し込むほどに燃え上がっていく。
このままこの熱で私の体が燃え尽きて灰になってしまうほどだ。
「あうっ! ああああ! 景」
血を吸われながら私は一言声に出してしまった言葉。
「景、愛してる」
ゴクっと一飲み、そしてまた彼の喉の音が聞こえてくる。
今私は彼に血を吸われている。この前の様に無理やりじゃない。私が望んで私が欲してこの血を彼に捧げたのだ。
その血を受け入れた彼は静かに私の首筋から己の牙を抜いた。
痛みは何もない。
そして気が付く、牙が抜けた瞬間、その傷は綺麗になくなっていくのを。
それがなぜか寂しく感じる。
園の首筋には牙の後と幼い子の様な歯型の跡が今も残っている。
彼女のように私も彼から受けたこの行為の証が欲しい。
このままずっと私は彼に私のこの一部を分け与えたんだという確信が欲しいと願う。
もっと、もっと彼が欲しい、私のこの体に彼が求めたという痕跡が欲しい。
体のほてりがまた一つ上がっていく。
本当にこのままだと私は灰になってしまいそうだ。
……ううん、もう灰にでもなんにでもなってもいいとさえ思えて来た。
胸が張って痛い。その先にある物が、彼の体に触れるたびに敏感に刺激を体中にめぐらし始めた。
女として、男の人を受け入れる準備は全て整っているかのように、私は彼の体を求めた。
その私の求めるものを彼は受け入れてくれた。
うっすらと流れ出す私の血。
痛みよりも、彼と私が一つになれたことへの想いの方が私を支配していた。
全てをさらけ出し、何もかも彼に委ねた体と心。
後悔はしていない。
むしろ幸せと言う気持ちがこの胸いっぱいに広がっていた。
その夜。私と彼は……昇りゆく陽の光を共に浴びるまでお互いを求め愛し合った。
コポコポと珈琲サーバーから珈琲が落ちる音を二人で聞きながら。
「ねぇ、今日学校どうする?」と、私が問いかけると。
「どうしよっかなぁ……」と、恥ずかしそうに彼が返してきた。
「サボっちゃう?」
「……それでもいい」
どのみち今から支度をしたところで遅刻には変わりない。
それならばいっそうの事休んでしまった方が今はいいような気分だ。
スマホを見れば園からのメッセージが何度も送られてきていた。
そのメッセージを見て少し罪悪感を感じる私。
でも、多分園は何も言わないだろう。
私と彼がこうなることは彼女はもうすでに気づいていたことだと思うから。
そして今思う。
園が飛鳥景と伴侶の契約と言うものを交わした時の気持ちを。
彼女は何も迷うことなく彼に己の人生とその身を捧げた。
それは幼少のころから決められたことでもあったことだが、それ以上に彼女の想いが飛鳥景と言う彼に惹かれていたのは事実だ。
今の私なら分かる。
彼を心の底から、支えてあげたいという気持ちに偽りがないことを。
そしてその想いは……。
私も同じだから……。
「景」彼の名を呼んだ。
私は一糸纏わぬ体を彼にさらけだし、自然と出る言葉を彼に向けて言う。
誰かがこの言葉を私に教えたわけではない。心の中から湧き出るこの想いが言わせたかのように。
「我が愛しき主なる真祖『
そうだ、私が求めるこの先の生き方。
これが私が出した私の生き方の結論だ。
彼は、私の体を見つめ
「花楓、綺麗だよ」
私の耳元で一言言い
「汝の願い我が承諾する。汝を我が伴侶として迎え入れる」
私の首筋に彼の牙が奥深く差し込まれていく。
そう、私は飛鳥景の第二伴侶としてこの先、生きていくことを決意したのだ。
私が探していた人生、ようやく見つけた私の生きる道しるべ。
飛鳥景。
私は生涯あなたを愛することを誓う。
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