第26話 来平井花楓の恋 ACT3

「僕は、僕はそんな無責任じゃない。園の事だって、本当に愛しているんだ。園が僕の事を想ってくれている以上に僕は園の事愛しているんだ!! ……でも、今の僕には力がない。今日の事でよく分かったんだ。僕自身の本来の吸血鬼の力がこの体に戻ったにせよ、まだ僕には此奴を抑え込むだけの力がない。この力が本当に目覚めれば、今のままの僕ならばその力に一瞬に食われてしまう。園を守るどころの話じゃないんだ。だから僕は此奴を自分の物にするために、もっと力を付けないといけないんだ」


飛鳥景の声は震えていた。


己に戻った強大な力をまだうまくコントロール出来ていない。園を守りたくても自分自身を今こうして平常に保つのが、精いっぱいだという事が何となく伝わって来る。


今日、彼と園が一瞬にして私たちの視界から消えた。その間、何が起きていたのは分からない。

そして二人が戻って来た時、その無残な姿に私は絶句した。


いったいこの二人の身に何が起きたというのか?


しかし、私は感じた。二人がさらに強固な心のきずなで結ばれたことを。


園は「あなたもバージン捧げたら?」と言ったけど、ただ単にこの私の体を差し出せと言う事の意味だったのか? こんな感情を抱いている時、なぜか園の体の温もりをこの肌が欲し始めて来た。


私は彼に妬いている。私の好きな、私の知る園が変わり始めていることに嫉妬しているんだろう。



そしてその中に飛鳥景と言う彼を私は否定しながらも受け入れようとしている。

体だけの関係を私は求めているのか? そして園もそれを意味してあんな事を言ったのか?


ううん、多分違うと思う。


園は私のこの気持ちに気が付いている……最も私のその気持ちが表に出しちゃっているんだから、分かられて当然だ。


もっと素直になれれば……。ああ、こんな時自分のこの性格が、いつも裏目に出てしまう。


私が求めているもの。それは人に愛されたいという温かい心なのに……。

スッと彼の顔をこの目で見つめた。


相変わらず可愛い顔つきの同い年だけど、どことなくあどけない顔が私の目に映る。

彼は本当に男の子なの? と思うほど、可愛い。


もしかしたら私は同性愛者なのかもしれないぁ。こんな可愛い女の子の姿に恋をしちゃっているんだから。


でも、私の心はどんどん飛鳥景と言うこの目の前にいる『彼』に惹かれているのは事実だ。


「ねぇ、景ちゃん。私とキスしない?」


「えっ! それって……どういう意味でのキスなの?」


まったくこういうシチュエーションだったら「どういう意味での」なんて言葉はでないと思うんだけどなぁ。でも、ちょっと天然ぽいところも憎めないんだよ。


私は……。


「馬鹿! するのしないの?」

ちょっとイラっとしながらも催促する。


その時彼の手が私の肩をつかみ、体を彼の胸の中に抱き寄せた。


ドクンドクンと心臓が高鳴っているのを感ずかれてしまう。でも、彼の胸に私の体が押し付けられた時、彼の鼓動が私以上に高鳴っているのを感じた。


「もしかしたら勢いでまた血吸っちゃうかもしれないよ」

「……うん、いいよ」

彼の胸の中で私は答えた。


顔を上げ、彼の瞳を見つめ目を閉じた。


私の唇に彼の唇が触れるか触れないかその曖昧な瞬間、彼は「うっ!」と声を上げ、私の体にその身を伏せた。


彼の背に私の手をまわした時、生暖かい液体が背中から溢れ出ていた。その温かい液体は私の手を覆いつくす。


それが彼から出ている血であることに気づくのには、さほど時間はかからなかった。そして彼の後ろに見える一人の女子の姿。


その姿には見覚えがあった。


彼と同じクラスであり、私の幼少の頃の幼馴染である鶉依優華うずらいゆうかだった。


彼女の左手には血にまみれた鋭利な武器な様なものが見えた。


「ふん、もう治癒しちゃってる。覚醒したのは本当だったんだ。飛鳥景」


彼は私を抱いたまま

「ああ、もうその程度の傷だったらなんともねぇよ」


「そうなんだ、悪いね。いいところで邪魔しちゃって。本当にあんたが覚醒したかどうか確かめたくてね」


「鶉依さん?」


「ああ、風紀委員長の来平井さん。あんたやっぱりプライド高そうだよね。そのプライドが邪魔しちゃってるんだよ。さっさとキスするなりセックスするなりしたらどうなんだい。見ていて物凄くまどろっこしんだよね」


そして彼の体を引き寄せ、自分の唇を彼の唇と重ね合わせた。


「うっ、うぐっ」漏れる息と最後にゴクンと彼女の喉が鳴った。


「どうだい。キスってこうするんだよ」


ふん、としながら彼女は言う。


その瞬間、彼は彼女の首筋に己の牙をさし込んだ。

「あうっ!」一言声が漏れた。


「飛鳥、お前! ああああ!」


鶉依優華うずらいゆうかの顔は見る見るうちに赤らんでいく。

ゴクゴクと彼が血を吸出し、飲む喉の音が私の耳に入った。


その光景はなぜか美しかった。


薄暗い夜の木漏れ日、とは言っても近くにある街灯の光であるけど、二人を包み込むようにそのシルエットを描いていた。


胸が締め付けられた。……何となく悔しい気持ちが湧き出る。

彼女とキスをしたから? ううん、違う私も彼から……血を吸われたい。


キスよりも私の血を吸ってもらいたいという気持ちが全てを包み込むように私を襲い掛かる。なぜ? こんなにもそんな衝動に駆られるんだろう。


「まったくよう。鶉依、お前の血はなんか懐かしい味がするぜ」


「ば、馬鹿!! 何が懐かしいんだ。お前に吸われたのは初めてなんだぞ」


照れながらも鶉依優華は彼の体から離れようとはしなかった。


「うんんんんっ!」

次第に彼女の息が激しくなる。まさに彼女は今欲情している。


一瞬彼を力強く抱きしめると次の瞬間、その体をひるがえした。


「わ、私……。もう、なんでもない。飛鳥の馬鹿!」


そう言いの残し、その身をまるで忍者が姿を消すように、私の視中から消し去った。


「はぁん、照れやがって。ま、いいかぁ」


踵を返し私を見るその瞳は、今までの彼のものとは全く違う。

これが……これが本来の飛鳥景の姿なのか。


いや違う。まだ彼は真の姿を現していない。まだいつもの景ちゃんに限りなく近い存在であるんだろう。でも私が彼から感じるオーラは……まさしく吸血鬼と言う人格の姿だった。




そんな血だらけの彼の体を、私は抱きしめていた。

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