第25話 来平井花楓の恋 ACT2
こんな気持ちになったのは初めての事だ。
園との関係は何となく自然と進んでいってしまった結果だ。
だけど、飛鳥景と言う人に対しては、何か心の奥底が騒めいてしまう。
彼女、……彼と初めて出会ったのは確か、彼が転校してきて二日目の朝。いつもの様に風紀委員の仕事でもある登校チェックの時だった。
彼の髪の色が校則に違反するのではという事で、呼び止めた。
だけど、その時まさか園と知り合いだったとは思ってもいなかった。
女子高の生徒なのに彼と言うのはおかしなものだけど、外見は女の子だけど、性別的には男の子であることを知ったのは後になってからだ。
あの時はまだ、園とあんなにも親密な関係であるという事は知らなかった。むしろ今思えばただの幼馴染であったという事だけで、とどまった欲しいとさえ思う。
彼の真の正体を知った時、私の心は揺れ動いてしまったのだから。
彼の真の正体とは。彼がこの世に本当に自在する吸血鬼であるという事だ。
吸血鬼、ホラー映画とか物語の中での架空の人物とばかり思っていたが、実際にその存在をこの体で感じその事実を私は受け入れるしかなかった。
そうなのだ、私は彼から血を吸われたのだ。
あの時の感覚は……言葉でどう表現したらいいんだろうか。
私が園と愛し合う中で、得られる快感。エクスタシーよりも、もっと強烈な感覚が全身を貫いた。
彼の牙が私の首筋にめり込んだときのあの痛さが次第に快感へと変わり、その快感が次第に熱い感情へと変わっていく。
これは実際に彼から血を吸われなければ実感は出来ないだろう。
たった一回、彼から受けたその行為で、この心は塗り替えられてしまった様に思える。
それに私が彼に引き込まれたのは、彼自身の姿にあるのかもしれない。
見た目はこの私でさえ『可愛い子』と、思うほどの外見。だけど、その彼のベールを剥いだ時に飛鳥景と言う彼の人柄が、惑わせた。
彼は吸血鬼として、自分の伴侶となる女性と愛の契りを結ばな変えればならない。これは彼に与えられた使命であるという。
この日本では認められない一夫多妻制と言う伴侶を娶ることだ。
私の知る限り、他国の王族ではこの一夫多妻と言うのはゴク当たり前だという事らしいが、この日本で生まれ育った私には正直理解に苦しむものでもある。
私の恋愛と言うものの定義は、一人の人を一心に愛するものであるというのが、植え付けられたように根付いているからだ。
だが、彼は違う。
園とはすでに飛鳥景と伴侶の契約と言うものを済ませ、彼ら一族の中では園は飛鳥景の伴侶。いわば妻と言う関係にある。
まだ高校2年の17歳の私たちが結婚と言う、女として生まれ、その伴侶を娶るという行為については抵抗感もある。
だって私はまだ結婚と言うものに対して意識が薄いからだ。まだまだずっと先の事だと思っている。
今はまだ、恋愛と言うゲームの様な、そんな流れ的な感情に少しずつ触れながら、流されていたいという想いがある。
いきなり伴侶となり、飛鳥景にこの身をすべてを捧げることは……、まだ出来ないと思う。
くどくどと今まで飛鳥景に対するこの中途半端な気持ちを自問自答してきたが、私にはこの先に一歩踏みだすことの出来ない理由もあるのだ。
そのことが多分、この想いにブレーキをかけているのかもしれない。
それは私の家庭環境にあるからだ。
3人で買い物を終え、私と園は飛鳥景の母親、と言ってもこれも信じがたいことなんだが、今彼の母親は私たちの高校の3年生に生徒として在籍している。普通ではないことが私の周りでは起きているでも、そんなことはもうどうでもいい。……正直どうでもいいわけではないのだが。
彩音先輩から景ちゃんが大好きだというカレーの作り方を私と園は教わりながら、彼が喜ぶことだけを思い浮かべ一緒にカレーを作った。
なるほど、このカレーは本当に美味しい。
高級レストランの様なカレーじゃない。ごく普通の、一般家庭のカレーだ。
だけど、一口そのカレーを口にしたとき私はなぜか目が熱くなるのを感じた。
家庭の味。温かい心にしみわたる様な、なんとも言えない安ど感と安らぎを与えてくれるカレー。
こんなにも心に染み渡るカレーを食べたのは初めてだった。
私にとってカレーと言うのはあの銀のパックに包まれたレトルトのカレーと言うのがいつものカレーだったからだ。
親は共働き、あの二人と顔を合わせることは今やほとんどない。
私の家庭はとうに冷え切った家族なのだから。
あの温かい家庭の中に今日は私は触れることが出来た。
幼い時にお母さんとお父さんと3人で共に笑い、励まし合ってきたあの頃を思い出せるカレーの味だったから……。
「ごめんねぇ花楓さん。今日はいろいろと振り回しちゃったみたいで」
私を送ってくれた景ちゃんがぼっそりと言う。
「どうしてそんなこと言うの?」
「どうしてってさ、花楓さんには僕たちの事は話してあるけれど、実際身近に今回のようなことが起きたことを目にしちゃうと引いちゃうというかさ、関わりたくないと思っちゃうよね」
「……そ、そんなことはないわよ」
少しぶっきらぼうに言う。ちょっと照れ臭かったのが本音。
「本当にそう?」
「別に、もう驚く事すらなくなちゃったと言うのが本音かなぁ。でも、始めは本当に信じられなかった」
「だろうね……。でもさぁ、事実なんだよ」
「それ以上言わなくても、もう信じるしかないでしょ。だってあなたの姿を直に見ているんだから……。それに園も」
「園の事が心配?」
「……心配していないなんて言ったら嘘になるかなぁ。園がまた危険な目に合うのが正直言って怖い」
「うん、僕もだよ」
「だったらちゃんと園の事守ってよ」
俯きながら私はその言葉を彼にぶつけた。
彼からの返事はなかった。
「自信がないの? 園を守る自信がないの? それで園を伴侶として娶ったという事実だけで終わるの?」
「それは……」
「無責任! 園はねぇ、あなたの事が本当に好きなのよ。幼いころからあなたの妻になる事が決まっていたんだろうけど、それでも園は決め事だからと言う事じゃなくて飛鳥景と言う人を本当に愛してあなたの妻になったのよ。だったら、あなたはその命に代えても園を守る義務がある。ううん、あなたは園のほかにも妻を娶らないといけないはずよね。だったら、あなたが娶った妻。あなたが愛した人を自分の命以上に守らないといけないんじゃないの!」
『ただの形だけの関係なんてもうこりごりなの」
そう、私の家族の様に……。
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