第13話 鶉依優華との接点 ACT1

 飛び出したのはいいんだけど、僕本当はどっちとも、鶉依うずらいさんとも、来平井きひらいさんともほとんど話していないんだよね。


 鶉依さんは同じクラスなんだけど、彼女、すぐに教室から姿消しちゃうし、来平井さんは風紀委員長で朝見かける程度、そうそう転校二日目に風紀委員に髪の色で止められて、その時話したきりなんなんだよ。


 でもさぁ、生徒会室から見た感じだと、普通の会話じゃない様に見えていたんだよ。


 喧嘩なんかしたら大変だし、僕、鶉依さんの事まだちょっと気になっているのは本当の事なんだ。出来れば親しくなりたいとは思っているんだ。



 急いで中庭に行ってみると、そこには風紀委員長の来平井花楓きひらいかえでさんだけが居た。


「どうしたんですか、そんなに息を切らしてくるなんて、2年B組の飛鳥景さん」


「ええッと……そのぉ」


 まさか生徒会室から二人を見ていたなんて言えないし、困ったなぁ。


「大方どこかで見ていて、私と彼女が言い争いをしていたと思って来たのではなくて?」


 ギク! どうして知っているんだよ。もしかして来平井さんも園と同じように僕を監視していたんじゃないよね。


「あら、図星だったようね。まぁいいわちょっとここに座っていなさい」


 彼女はそう言って近くの自販機から紙パックのジュースを買って僕に手渡してくれた。


「いいんですか?」


「どうぞ」と言いながら僕の横に座り、パックにストローを差し込んで、スーとジュースを吸い込んだ。


「ああ美味しい」


 にっこりとほほ笑むその顔は、今まで持っていた堅物できつい性格の人だという先入観を変えていく。


「どうしたの? 私の顔に何かあるの」

「ううん、なんでもないです」


 なんか可愛いなぁ。園とは違う魅力を僕はその時感じ始めていた。


「あの子とはねぇ、幼馴染だったの。小さいころ、隣に住んでいたんだ」

「んっ」と言いながら、彼女は足を延ばし空を見上げて言った。


「ほんと、何年ぶりに会ったのかしら。よく一緒に遊んだんだけどなぁ。久しぶりに会ったらあんなにも人嫌いになちゃって、私の事もなんか嫌な顔されちゃって……。それでね、ちょっときついこと言っちゃたんだぁ」


 そうか、僕はその時の様子を見ていたんだ。


「そう言えば、あなたも園と幼馴染なんだって」

「うん、そうだけど……」


「ふぅーん、そっかぁ。なんか幼馴染ってさぁ、離れていると昔の事しか頭ん中になくて、こうして出会うまでの間に、何があったかなんて分からないからね。昔のままじゃないんだって言う事忘れちゃってるんだよね」


「そ、そうなんだ」

「そうなんだって、園とはずっと会っていたの?」


「ううん、幼稚園の時に会って、それから私は会っていなかった」

「そっかぁ、でも仲いいよね」


「……うん」


「そう言う、あなた達みたいな幼馴染を、私はイメージしすぎていたんだよね。勝手に優華に対して」


「そんなことないんじゃないかなぁ。もしかして鶉依さん、ただ恥ずかしかっただけじゃない?」


 ズズズッと来平井さんはパックのジュースを飲み切り、

「そうだといいんだけどね」と言った。


 えい! 飲み切った紙パックをゴミ箱めがけて投げた。


 ナイスシュート、見事にパックはゴミ箱の中に入った。


「飛鳥さん、園の事よろしくね」

「えっ、あ、はい」


「何よその顔。あー、もしかして私と園って犬猿の仲じゃないかって思っていたでしょ。……親友よ園は。私の唯一の親友。だからあなたともいいお友達になれるんじゃないかなぁ」


「ありがとう来平井さん」


「ん、ところでその髪、本当に地毛なの?」


「そうだよ! 父さんがヨーロッパ人で金髪なんだぁ」


「へぇ、飛鳥さんてハーフなんだ。道理で優華によく似ているはず。優華もハーフなんだよ」


 そう言いながら来平井さんはこの場所から歩き出した。


「あのぉ、来平井さん」

「なに?」と彼女は踵を返して言う。


「私、鶉依さんと友達になりたいです」

「そう、ありがとうね。景ちゃん」


 彼女はにっこりとほほ笑んでまた向きを変えて、歩き出した。


 景ちゃん……。来平井さんは僕の事をそう呼んでくれた。

 なんか嬉しかった。


 生徒玄関に戻り、生徒会室に帰ろうとした時、肩を強い力で掴まれた。


「いててて!」


 振り向くと、そこには鶉依さんの姿があった。


「痛いよう鶉依さん、手離してよう」


「ふん、うまく化けたな飛鳥景。第二世代真祖バレンナシア・ルクセント・ル・バンパイア伯爵の直系の孫。そして第一世代の血筋を隔世遺伝した特異的な吸血鬼」


「鶉依さん……。それ以上はここでは言わないでください」


「まぁいいだろう。今はまだ何も感じていないようだからな。その自覚さえも見られない。……それにだ!」


 と、言いながら、彼女の手が僕のスカートの中に入って行って、あそこをグニュッと掴んだ。


「外見は可愛い女の子に化けているけど、実際は結構立派なもの持ってるじゃないか」


 鶉依さんの手がスカートの中でグニュグニュと動き出す。


「あ、あうぅ……。だ、ダメだよう」


「ほうらだんだん本当の自分のさがが目覚め始めてきているよ。知っているんだろ。私の正体を!」


「う、うん」


「怖くないのかい? お前の命を狙う組織の一員なんだよ」


「こ、怖いよ。僕の命が狙われているの正直怖いよ。でも……」

「でも何だよ」彼女の手の動きが激しくなる。


「ぼ、僕は、鶉依さんはそんなことをする様な人には思えないんだ」

「そんなことって、何を指しているのかな飛鳥景」


「ぼ、僕の命さ……」


「ふん、そんなもの私に正直興味はないよ。あなたが死のうがどうしようが私の知ったことじゃない。最も多分あなたは、その死すら受け入れる事の出来ない吸血鬼なんだろうからな」


「じゃぁ何を、目的に……」


「今は言えない。ただこれだけは言っておく」



 私はあなたの敵であって、味方ではない。されど、敵にしもあらず。



 鶉依さんの手はまだ止まらない。


 も、もう我慢の限界だ。牙がにゅるッと生えてきていた。


 ない様に見える鶉依さんの張りのあるおっぱいが、僕の胸に押し付けられていく。体はほとんど密着状態だ。


 すこし汗ばんだ鶉依さんの体から甘酸っぱい香りが鼻を抜けた。


 もう何も考えられなくなった。気が付いた時、僕の牙は鶉依さんの首筋に突き刺さっていた。


「あっ、うっ」


 小さな声で鶉依さんは声を放した。


 じわっと、鶉依さんの純血が僕の口の中に流れ込んでいく「ゴクリ」とその血を飲んでいく。


「ちっ! 吸われちまったか。まぁいい。だけど今日はここまでにしておくよ」


 次の瞬間僕のお腹に強烈な痛みが走った。

 ポタリ、ポタリと血が床に零れ落ちていく。


 この血は鶉依さんの物ではない。僕の血だ。


「遅かったか!」彩音さんの声が聞こえているような気がする。

 僕の意識は既に遠のいていた。


 薄れゆく意識の中で、彩音さんが何か呪文みたいのを発しているのを訊いた。


「我に潜む汝に命ずる。われの拳に力を与えたまえ!」


 行けぇ―――――!!


 彩音さんが物凄い勢いで、鶉依さんめがけて突進した時。スッと、鶉依さんの姿は消えてしまった。


「ふん! 逃げ足の速い奴めが」彩音さんが捨て台詞の様に言葉を投げ捨てた瞬間。僕はその場に倒れ込んだ。


「景ちゃん!!!」


 僕のお腹には、忍びの武器の一つである「クナイ」が奥深く刺さったままだった。


 僕の体から血がドクドクと溢れ出て行く。

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