第10話 第三の転校生 ACT2

 園の家、この前両親に会ったのは仕事場、いわゆるオフィスだった。ワンフロア―を使い切った広いところだった。無論建物、ビルも自分たちの持ちビルだという。途方もなくお金持ちの家だ。


 で、今日初めて園の実家の前に立って、予想はしていたけど……これは家というよりは屋敷だ。


 僕の家? うん、ごく普通の2階建ての木造の家だよ。


 この差はいったい? というくらいに違いがありすぎる。


 一瞬、僕は飛んでもないお嬢様を伴侶にしてしまったのではないかと、ひるんでしまうほどだ。


「どうしたんですか景様?」

「あ、え、……うん。園の家初めて来たんだけど、す、すごいね」


「あら、そんなことありませんわよ」


「そうそう、どうってことないでしょ」彩音さんは平然として、つかつかと敷地内に入っていく。


「どうってことないってさぁ、うちと比較してみたらこの落差は凄いよ」


「景様のお家もこじんまりとしていて、可愛らしいお家ですよね。まだ行ったことはないんですけど」


 あああ、こじんまりというこの表現。良く言うウサギ小屋と言うのにぴったりな家なんだけど。


「そ、庶民の家だよ。だって広いとお掃除するの大変じゃない。だから小さい方がいいの」


 彩音さんは、自慢するように言うけれど、なんか違う気がするんだけど。


「ヤァ、急な誘いなのによく来てくれたなぁ」

 園のお義母さんが出迎えてくれた。


 確かに親子だ、お義母さんも園同様、物凄い美人だ。

 で、うちの母親は……高校3年生やっています。て……。


 家もそうだけど、うちら園の所と比較しちゃいけないんだろうな。きっと。


「ユキちゃんのお誘いなんだもん来ない訳ないでしょ」

 彩音さんは、にんまりとしながら答えた。


 園のお義母さん。豊島雪江としまゆきえ、彩音さんとは同い年だ。

 それを考えるとますますこの落差を悲観しそうだ。


「私お着替えしてまいります。景様もご一緒にお部屋に来られますか?」


 ん? いいのか! 園の部屋に僕が行ってもいいのか?


「いいのぉ? 僕が園の部屋に行っても」

「私の旦那様ですよ、あなたは。私の全てを捧げた方です。当然ですわよ」


 胸がドキンと高鳴った。


「ああ、そうしな、その間にこっちの準備はさせておくから」

 と、お義母さんが言いながらも、メイド服を着た人たちが数人、夕食のセッティングをしていた。


 うーーーーん。メイドさんまでいるなんて、やっぱり園はお嬢様だ。


「さっ、まいりましょう景様」


 園に誘われるまま、彼女の部屋の前に来た。ごくりと生唾を飲み込んだ 。


 ドアが開かれ、一歩園の部屋の中に足を踏み入れると、そこは華やかな装飾が施された部屋だった。


 甘く、園の香りがより一層強く僕の鼻孔を突く。


「どうかなさいましたか景様」

「う、うん……なんか緊張しちゃって」


「そうなんですの? 緊張なんかしなくてもいいですわよ。だってここは景様のお部屋でもあるんですから」


「えっ! 僕の部屋でもあるって……」


「だってそうじゃないですか。私のすべて、この私の中に流れている血の一滴までもが景様の物なんですから。ここのお部屋も何も、景様のご自由になさっていいんですよ」


 あわわわ、本当にいいんだろうか。こんな女男の僕に、ここまで園は自分を捧げてくれているなんて。


 ああ、僕は本当は罪な人間? んーま、一応人間だという事にしておくけど、これから園以外にも伴侶を得なければいけない。園を裏切るという事ではないんだけど、何か心に後ろめたさを感じてしまう。


 パさっという音がして園の方を見ると、彼女は制服を脱ぎブラに手をかけていた。


「あ、ええッと園。僕目つむっているから。見ていないからね」


「まったくもう、いい加減私の事にそんなに気を使わないでください。どうぞ、私のこの体、見てください。そして触れてください。何度も言うようですけど、この体も心も全て景様の物なんですから」


 園はじれったそうに言っていたけど、顔は真っ赤だった。


「ごめん園……、僕まだ自分自身に自信がないんだよ。こんなんじゃいけないて言う事くらいわかっているけど、まだ園と本当にどんな風に接して行ったらいいのか分からないんだ」


「景様……」


 園は僕に抱き付いた。彼女の香りが僕を包み込む。

 甘くて、温かくて……。園から伝わる鼓動が僕の胸に響いてくる。


「ごめんなさい……景様。私、少し焦っていたかもしれません。私も本当は景様と、どう接すればいいのかなんて分からないんです。でも、私は本当に景様の伴侶になれたことが嬉しんです。だから景様が望む事なら、なんでも受け入れるのが一番だと思っています。だから……」


 園の潤んだ瞳がじっと僕の瞳を見つめている。

 その瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


 彼女の体をグッと抱き寄せ、力を込めて抱いた。

 引き寄せるように唇が、僕らの唇が重なり合う。


 柔らかいね園。温かいよ、園の唇。


 そっと二つの唇が離れた後、園は首筋を僕に差し出した。


「お願いです……吸ってください。私のこの血を吸ってください」

 もう牙は出尽くしていた。


 何も言わずして僕は本能のままに、白く輝く園の首筋に牙をさし込んだ。


「あ、あっう」

 漏れ出す彼女の声を耳にしながら、僕は牙を深く押し込んでいく。


「ああああああ! 幸せです。もっと深くもっと強く吸ってください」


 その時だ、僕の心臓が大きく『ドクン』と鳴り響いた。


「園、我が愛しき園よ。我の第一伴侶となり、我に仕えし者よ。愛しい、愛しい……」


 心臓が張りさえそうなくらい、ドクンドクンと響いている。

 園の首筋から牙を抜くと、今度は強烈な痛みが頭の中を襲った。


「うわああああああああ!」


 ただ叫び声を上げるしか出来ないほどの強烈な痛みだ。


 そしてうわ言の様に

「我はなぜ、今ここに……」


「景様。景様……」


 この異常な僕の状況にさすがに園も、あのアレルギー反応に浸っていることは出来なかった。


「熱い、体中が燃えるように熱い」


 再びまた僕の心臓が『ドクン』と波打った。


 その時僕は今までにないとてつもない解放感と、そこから湧き出る力で自分自身が押し潰されそうになった。


 力が僕を食う。


 得体のしれない物凄い力がこの僕を一飲みにしようとした時、鳩尾みぞおちに強烈な痛みが走り、僕の意識は真っ暗な闇に包まれた。


「危なかった。間一髪と言ったところだったね」


 鳩尾に鋭い一撃を与えたのは彩音さんだった。


「ふぅ、よかった。景ちゃんにはまだ覚醒されちゃ困るからねぇ」

「彩音さん……覚醒って。景様はいったいどうしちゃったんですか?」


「う――――ん。今はまだ園ちゃんにも秘密!」


「秘密って、もしかして……『アーテー』と何か関係があるんですか?」

 彩音さんは呟くように


「アーテーかぁ、そうだね大ありだね。園ちゃんももう知っている通り、今日その一人が景ちゃんのクラスに編入してきた。つまりはあなた達二人は正式にアーテーのターゲットになったという事でしょう」


「そのために今日彩音と、景ちゃんを家に呼んだのよ」


 ……お母様。

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