レイン・スライダー

春嵐

第1話

「おつかれさまあ」


 六人と一機揃っての、最後の打ち上げ。


「おわりか、これで」


「なんか不思議な感じ」


「手は、全員いいのか?」


 聞いてみた。


「大丈夫」


「違和感しか残ってないです。動かせるし、ものも食える」


「よし。ならいい」


「充電切れる前に料理全部並べちゃうね。終わったら充電する」


「はいはい」


「机の広さ大丈夫かな」


「コーチ、おさけのみますか?」


「呑もうかな、今日は」


 今まで、メンバー全員の前で酒を呑むことはなかった。


 注がれた酒を。


 ひとくち、呑んで。


「よし」


 最後の仕上げに移る。


「最後の試合も終わった。これからお前らは、普通の生活に戻る」


「次の日もみんなでグラウンドに戻って練習するとか、そういうのは?」


「やりたいやつは、やればいい。俺はどっちでもいいからな」


「そうすか」


「今日ので、まあ、実感できたはずだ。お前らは全員、才能がある。少なくとも、スポーツ選手にはなれる。その上で、だ」


 もうひとくち、呑む。


「あらためて聞こう。おまえらの、やりたいことは、なんだ」


 彼らの人生は。どうなるのか。どうしたいのか。それさえ聞ければ。自分の命は、いらなくなる。


「そうだな、まずは決まってそうなやつから聞くか」


「おれっすか。おれは、まあ、そうですね。決まってるっちゃ、決まってます。ずばり、ぬるい人生」


「ぬるい人生か」


「はい。なるべくつかれない勉強量、なるべく負担にならない仕事、なるべく尽くしてくれる恋人。この三つが、目的です」


「簡単すぎるな。お前は顔もいいし」


「あざっす。でも、ぬるい人生には、ひとつ、目的の他に必要不可欠なものがあるんすよ」


「なんだ、それ」


「かっこつけたいだけじゃない?」


「そうだよ。かっこつけたいんだ。ぬるい人生だと自覚するには、ぬるくない人生を体感する必要がある。ぬるい人生を送るために、ある程度のタフな何かが欲しいんです。どうでしょう」


「いいな。そういう人生もありだ」


「やった。コーチのお墨付きゲットだぜ」


「だが、タフな何かは、簡単に見つからんぞ。どうする?」


「それを、自分で見つけるところから、始めます。大丈夫です。仕事も勉強もぬるめにするんで」


「よし。よく分かった。応援してやる。ヒント、要るか?」


「欲しいす」


「自分で探すって啖呵切ったくせに」


「いいじゃんヒントぐらい」


「駅前のジム行ってみろ」


「ジム?」


「ぬるくない人生が待ってるぜ」


「まじすか」


「こーち。それヒントじゃなくて答えでは」


「かもな」


「おまえは、どうだ」


「こーちみたいなにんげんになりたいです」


「俺?」


「はい。人を導かず。共に歩き、共に苦しむ。あなたは私にとっての理想の男だ。あ、あれですよ。さんずいのほうの男」


「卑語だが」


「それがいいのよ。卑語でもなんでも。重要なのは、心の質だって、分かった。それだけで、ここにいて、よかった。本当に」


「よし。じゃあ、俺みたいになれ。それで、女になる手術は、受けるのか」


「受けませんっ」


「えっ」


「え、なんでよ」


「おまえ、そのための筋肉と体力をつけるのがここにいた目的だろ」


「尊敬するこーちと同じ性別でいたほうがいいと判断しました。それに」


「あ、はい。充電中ですがギリ受け答えはできます」


「この子の協力を得れば、女装なりVRなりで、なんとでもなります」


「はい。なんとでもなります。ちなみに充電終わるまで残り7分です」


「意外と充電終わるの早いな」


「はい。私がコーチを見て最適化した結果です。私にとっての人生は、コーチのおかげで、広がりました。ありがとうございます。機械にとっては、電池の持ちがそのまま世界の広さですから」


「実用的だな」


「機械ですから」


「ふたりとも。よく分かった。いい男になるには、世界を見なければならん」


「はい」


「おまえも。広がった稼働時間で世界を見るといい。ふたりでしばらく世界を旅するんだな」


「はい。サテライトの充電システムも用意しようと思ってます」


「軍とぶつかるなよ」


「こーちもう裏から手を回してるくせに」


「ばれたか」


 酒が。うまい。


「さて、次は」


「わたし」


「お、女性初カミングアウト」


「一番バッター。言ってみろ」


「コーチと子供を作ります」


 酒を吹き出してしまった。


「ああ」


「酒がもったいねえ」


「充電終わるまで座ったまんまなんで、みなさんで拭いてください」


「あ、いや。すまん。自分で拭く」


「わたし拭きますから。一番バッターはそのまま続けて」


「え、続けて、って言われても。終わりなんだけど」


「終わりかよ」


「ど派手な告白来たなあ」


「青春だねえ」


「こーちの回答が気になるけど」


「コーチの回答は聞かない」


「は?」


「コーチは、しのうとしてる。だから、それを繋ぎ止めるために、子供を、作ります。以上」


「動物みてえな理由だな」


「人間も動物ですが?」


「理性置いてけぼりじゃん」


「ええと」


「はい。次わたし」


「お、二番バッターが自分で主張をしたぞ。おい」


「わたしも同じです」


「は?」


「え?」


「おいこれ、女子連中全員コーチと寝る流れじゃねえか?」


「充電終わるまでもうちょいです」


「わたしは、自己的な部分がなかったけど、コーチがしのうとしてるのは、なんか、違うと思います。なので、私も、コーチと繋がりを持とうと思っています。そのためなら、子供でもなんでも。コーチを生かすために」


「愛が重い」


「こいつら怖いな」


「さすがにやばいやつらだと、いまあらためて実感してるよ」


「わかった。ひとつ聞こう。競合するが、それについてどう思う?」


「競合も何も、わたしのほうが寝るのが先です。そうですよね、コーチ」


「ちょ、さっきから聞いてれば二番のくせに」


「コーチ。そうですよね」


「え、どういうことなの、コーチ」


 説明が避けられない。


「そうだ。その通りだ。おまえはまだ、子供を産んで育てるということについて理解をしてない。人を生かすために人を生むのは、順序がおかしいんだ」


 まさか俺が、倫理の授業をするとは。


「人は、不完全だが、それでもお互いを補いあってコミュニティを形成する。子供さえできれば命が長らえるしコミュニティができあがると考えるのは、わるくないし間違ってもいないが、それを俺が承服するわけでもない」


「そんな」


「それにたいして、お前は二番といいながらベビーシッターやマタニティ交流会の手伝いもしていたな」


「はい」


「わかってる、ということなんだろうが。それでもまだ、俺とどうこうするには厚みが足りない」


「はい。理解しています。二十になるまで、大きく成長するようにします。あなた」


「あなたって」


「話の方向性が、やばくなってきたな」


「ほら。またコーチが酒を吹いたぞ」


「はいはい。充電おわりましたから私が復帰しますよっと」


「すまん。耐えきれんかった」


「わ、わたしもがんばらないと。このままじゃ、二番に負ける」


「負けないわよ」


「うわあ。動機が不純だけど、なんかいちばんスポーツものっぽいこと言ったなこのふたり」


「さて、次は」


「私に、訊くこと、ないですよね」


「ないな」


「おぉい待て三番バッター」


「話せよ。みんなの人生の話をしてんのに」


「え、でも喋ると、二名ぐらい傷つくけど」


「うん。しゃべんねえほうが得策だな」


「なによ。喋りなさいよ」


「そうよ。私たち一番二番が塁に出たんだから。返しなさいよ」


「コーチ」


「お前はどうしたい」


「喋りたい、かも?」


「じゃあ喋れ。おれは酒だけもって少し離れる」


「え、なんで離れるんすかコーチ」


「お前らも少し下がれ。料理持って。ほら」


「うす」


「なにがおこるの?」


「よし。いいぞ。話せ。やるなら素手でやれよ。まあ全員殴れないような手だろうけど」


「私は、このままいつも通りで」


「え」


「ん?」


「普通じゃん」


「コーチ。俺たちが下がる意味は」


「コーチは、いまのところ、私の身体で引き留められるので。このまま、コーチと関係を持ってれば、私はなんでもいいかな」


「は?」


「ああ?」


「うわ戦争になった」


「え、まじで。こーち、まじで?」


「まじ。実際、おまえらのコーチはじめるちょっと前からの付き合いなんだ」


「まじすか」


「全然わからんかった」


「ちょっと。どういうことよ。三番バッター」


「てめえに盗塁は許されてないんだぞおい」


「盗塁も何も、あなたたちが勝手に寝るとか繋がるとか言い出したんでしょ」


「だって」


「籍入れてるけど」


「は?」


「籍?」


「まじすか、コーチ」


「ちょっと特殊なやつをな。パートナーシップ制度っていうんだが、まあ詳細は省く。どうせいまからあいつが説明する」


「コーチを助けたいという気持ちはあるんでしょ。ならみんなパートナーシップにならないと」


「なによ、それ」


「まあ、権限はコーチにあるから。コーチに認められる女になるようにがんばって。ふぁいと」


「この女ぁぁ」


「不純異性交遊だ」


「わたし二十だけど」


「は?」


「しにかけてて二年空いてるから。同じ、しにかけた同士よ。だからこの人の気持ちも、わかるの」


「いまこの人って言った」


「わたしもしにかけようかしら。いや、その前にあなたを道連れに」


「地獄絵図じゃん」


「この女どもに一片の魅力も感じなくて、本当によかった」


「それが普通だよ」


「ん?」


「俺たちはコーチのしに向かってひたむきに駆ける姿に憧れた。女子三人は、コーチのしを感じて止めるためにここにいる。見ている側面が、真逆だ」


「分かりやすいな」


「さすが洞察力だけで抑え続けたサイコパスピッチャー」


「さて。それぐらいにして」


 戦争状態にある三人を引き離して。


「最後だ。みんなが、おまえのことを、思ってるぞ。聞かせてくれ。お前の人生を。お前は、どうしたい?」


「俺、ですか」


「そうだ」


「うん。私たちはコーチ一筋でいいけど、あなたはそうはいかないもんね」


「私たち三人よりも、大事よ」


「俺たちの薄い才能とは、わけが違うからな」


「聞きたい」


「機械ですけど私も気になりますね」


「俺。俺は、やっぱり。殺人鬼になる」


「そうか」


「でも、コーチ。ピッチャーというポジションは、俺に、かけがえないものを与えてくれました。あの雨の日に投げたスライダー。覚えてますか」


「ノーノーの最後の一投か」


「はい。あのスライダーのように、生きようって。投げたとき。思ったんです」


「レインスライダーのようにか。それは、どういう生き方だ。聞かせてみろ」


「雨水に滑って、すっぽ抜けたように見えて、それでいて正確に曲がって、打者を抑えて試合を終わらせる。そういう風に、自分の人生を、あれおかしいな、泣くはずじゃなかったんだけど」


 涙。ひとすじだけ、流れている。


「俺には、才能があります。そして、それを活かすためには、人を殺して生きるしかない。そういう星のもとに、俺は生まれました。だからこそ、レインスライダーのように、すっぽ抜けたようでいて、正確な人生を送ります」


「わかった。具体的には、どうしたいと考えてるんだ?」


「スパイに。まずはいろんな国の機密を掘り出して、自分の身を、守ります。コーチに教えられたから。しに向かって走るだけが、人生ではないと」


「よし。及第点だ。いくつか、国に推薦状を出そう」


「ありがとうございます」


「おまえなら、なれる。俺のようにではなく、お前らしい、あの日のスライダーのような自分に。きっと、なれる」


「ありがとうございます」


「殺人鬼おらっ」


「うわっ」


「仕事が忙しかったりしてもちゃんと俺たちに会えよ」


「わかってるよ」


「わたしたちをころしちゃだめだからね?」


「わかってる」


「お前が何になろうと、応援するよ。殺されるのは勘弁だがな」


「ありがとう。みんな」


「よし。全員の新しい門出だ」


「やっぱ明日みんなこれグラウンド来るよな」


「来る流れだよな、これは。だってやることないじゃん」


「私はコーチと寝るから行かないけど」


「てめえは外野に磔だっ」


「コーチを独占するなっ」


「うわっ」



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レイン・スライダー 春嵐 @aiot3110

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