第9話 駆け出し冒険者達と魔狼

「君達! 巻き込んですまん!! 俺達がなんとかするから君らはすぐ逃げてくれ!」


 飛び出してきた四人の一人が、こちらを見つけるなりそう叫ぶ。

 男四人の姿は、太一には見覚えがあった。

 昨日のギルド試験で太一たちの前にゲイツ教官に一蹴された四人組のパーティだ。


「早く逃げてくれ! 俺達じゃそう長いこと持たせられん! 街に戻って救援を頼む!!」


 敵は大人が見上げるサイズの狼だ。大口を開けて噛み付いてくれば、人間の上半身くらい齧りとるのは造作もないだろう。

 突然増えた人間にやや戸惑っているのか、あるいはどれを最初の獲物にするか選んでいる最中なのか。

 いまのところ襲い掛かってくる気配はないが、正直言って人間が敵う相手とはとても思えなかった。


(くそっ! どうする。どうしたらいい!)


 太一は迷う。

 今ここにいるのは、自分達と駆け出し冒険者の若者四人。

 真っ当にやって勝てる相手じゃないが、まったく手がないわけじゃない。というか、いまここにいる面子だとそれしかない。

 だけどそれには――


「ご主人様!!」


 ユキの呼ぶ声に視線を向けると、彼女の目は自分に命令しろと言っていた。


 思わずノワ子にも視線を向けると、彼女もユキと全く同じ目をしていた。


 二人の覚悟に背中を押され、太一は腹を括る。




「ユキ! 少しの間でいいからあのデカ犬の足止めを頼むッ! 場所は右手の一際大きな木の下だ!!」


「わかりました!!」


「ノワ子! 俺を抱えて木に登ることはできるか!?」


「誰にいってんのよ! アンタ一人くらい楽勝だっての!!」


「それじゃ作戦開始だ! みんなで無事に帰るぞ!」


「「了解!!」」






 駆け出し冒険者パーティ『蒼穹の鷹』のリーダー兼盾役のカイルは、激しく後悔していた。

 はじめの一匹で満足していれば、あるいは奥深くまで分け入らなければ、ここで果てることもなかっただろうに。

 だが今となっては、すべては手遅れだった。




 半年以上街で下積みを繰り返して装備を整え、ようやく教官に許可をもらえた翌日、彼らは森に意気揚々とやってきていた。

 受けた依頼は赤耳キツネ狩り。

 魔獣ではなく普通の獣だが、綺麗な尾が高値で売れる。

 ノルマはないが、完全な出来高払いだ。

 森での狩りになるため、弓使いのクリスとスカウトのギドの罠に完全に頼りきりで、自分はいざと言うとき体を張るくらいしかできないのがもどかしい。

 だが駆け出しが最初に受けるクエストにしては高額収入が見込めるのがこの依頼のウリだった。




 森に入って早々、あっさりと一匹仕留めた。

 猟師の息子であるクリスが痕跡をたどるまでもなく、ただの出会いがしらの偶然だったが、まぁ運も実力のうちだ。

 とりあえずタダ働きじゃなくなったことに気を良くした俺達は、更なる獲物を求めて奥へと進んだ。

 この分なら後二匹くらいは仕留められるかもしれない。

 三匹分の毛皮なら、四人で分けても一週間はゆうに暮らせる。


 そんな皮算用がよくなかったのか、その後はぱったりと見かけなくなった。

 痕跡が見つからないわけではないのだが、足跡や糞は見つかっても、巣穴は悉くからっぽだった。

 朝一からきていたのに、昼前になっても最初の一匹以外いまだに得られていなかった俺達は、ついむきになっていつのまにか奥地に踏み込んでしまっていた。


 いつしか周囲は大人数人で抱えるような大木ばかりになり、上を見上げても分厚い枝葉で覆われ、昼なお薄暗い森。

 受付さんからしつこいくらいに注意を受けていたのに、魔獣のテリトリーに踏み込んでしまったと最初に気づいたのはやはり弓使いのクリスだった。


「まずい。これは魔狼の毛か……?」


 下生えの小枝についた毛の束をつまみながら、クリスが言う。


「狼の毛にしちゃ随分長くないか、それ?」


「……それだけヤツがでかいんだよ。おそらく四足でも俺達より背が高い。引き上げるぞ、カイル」


「わかった! みんなできるだけ物音を立てないようにしながら――」


 だがそこまで言ったところで、手遅れだったことに気づいてしまった。

 離れた場所から、だが確実に近づいてくる大きな生物の気配。

 隠そうとしてもわずかな振動や枝のこすれるざわめきを完全に消せるものじゃない。

 森での狩りの経験などほとんどない俺や槍使いのナッシュにすらそれがわかった。




「もう気づかれてる! みんな走れ!!」


 俺達は恥も外聞もなく身を翻すとそれぞれに走り出した。

 まずいまずいまずい。

 魔獣を思しき大きなモノは、俺達が逃げ出したことに気づいたのだろう。

 もはやその気配を隠すことなく、背後からぐんぐんと迫ってくる。


「普通、魔狼はテリトリーである深い森からは出てこない! 群れを成す習性があり、かつ一体一体が巨体だから、豊かな森を離れてはそれを維持できないからだ! 俺達が助かるにはそれに賭けるしかない!!」


 つけた目印にそって先頭を走るクリスが叫ぶ。

 俺達はそれに答える余裕もなく、ただその後を追いかけてひたすら走る。


 背後からの気配はすでにその息遣いが聞こえてきそうなほどに迫っていた。

 しかし薄暗かった森も少しずつ明るく、かつ普通のサイズに戻りつつあった。

 不幸中の幸いとでも言うべきことがあれば、それは魔獣が群れではなく『はぐれ』と思われることだろうか。

 とはいえ、一体で俺達全員を食い殺すのは余裕だろうが。

 この森はヤツにとってさぞかし走りづらいのだろう。

 メキメキと木を圧し折りながら魔獣はまだ追いかけてくる。


 そしてようやく、俺達四人は陽の当たる開けた場所に転がるように飛び出した。

 この蒼い光景には見覚えがある。たしか獣が嫌うと言う毒草だ。

 来るときに思わず触ろうとして、ギドに怒られたから記憶に残っていた。




 そして――この広場の反対側に別のパーティがいることに気がついてしまった。


 背後にせまる生物はまもなくここにやってくるだろう。

 諦めてくれることを期待したが、人間四人は縄張りの外に深追いする価値のある獲物だったようだ。

 俺は、ここで覚悟を決めるしかないと悟った。

 目の前のパーティは細身の男一人と、妙な格好をした可愛らしい女の子二人。おそらく年下だろう。


 一瞬、彼らに押し付けるなんておぞましい考えが過ぎったが、そんなことをして今後も冒険者を続けていく未来が見えなかった。

 ギドあたりに青臭いといわれる所以かもしれないが、それでも自分だけは裏切れない。


 と、森の木々を圧し折りながらついにヤツが姿を現した。

 クリスの予想どおり、俺達を一飲みにできるような魔狼だった。

 俺達を見つめ、さらに増えた獲物三人に視線をやり、目を軽く細める。


 俺は仲間と目配せすると、彼らに向かって叫んだ。


「君達! 巻き込んですまん!! 俺達がなんとかするから君らはすぐ逃げてくれ!」


 すばやく背の盾を構え、魔狼の注意をこちらにひきつけようと試みる。

 背後にはやれやれといった顔のナッシュとギド。

 やや離れてクリスが弓を引き絞る音が聞こえる。

 ありがたいことに、みんな俺の馬鹿につきあってくれるらしい。


「早く逃げてくれ! 俺達じゃそう長いこと持たせられん! 街に戻って救援を頼む!!」


 再び彼らに向かって叫ぶも、彼らが逃げてくれる気配がなかった。

 足がすくんで動けないのか、それとも状況がわからないほど混乱してるのか。

 苛立ちを抑えながらもう一度声をかけようとしたときだった。




 ――アオォォォォォォン




 若い女性の声で遠吠えが響き、思わずそちらを振り返る。

 目の前の魔狼から目を離すなど自殺行為だが、幸いヤツの目も遠吠えに釘付けだった。

 いつの間にか広場の奥の一際大きな木のそばに立つ、先ほどのパーティの一人の白髪の少女が声の主だった。

 はたして彼女をおいて逃げたのか、残りの二人の姿は見えなくなっていた。


 魔狼の視線を認めると、彼女は挑発するかのように盾を構えメイスを振るう。


 ――ブォンッ


 凶悪な風切り音と、それに似つかわしくない少女の笑顔を挑発と認めたのか、魔狼は俺達を放置して一直線に少女へと向かう。


 その勢いのままに、顔を傾け大口をあけて少女に噛み付こうとする。

 大きく開いた口から溢れた涎までスローモーションのように映り、一瞬のちに少女の上半身がなくなっている様を幻視する。




『ギャンッ!』




 だがしかし、肉を叩く鈍い音につづき情けない鳴き声が響き渡る。

 よろけるように魔狼は一歩後ずさり、白髪の少女はメイスを振り切っていた。

 信じられないことに、目の前に迫る牙のプレッシャーのなかで、彼女は魔狼の鼻先を殴りつけたらしい。

 あの凶悪なトゲの生えたのメイスで。


 予想以上の痛みだったのか、鼻を押さえて蹲った魔狼だったが、怒りと食欲が勝ったのだろう。

 再び白い少女に迫ると、しかしいきなり噛み付くことはせず、鋭いツメの生えた前足で少女を殴りつける。


 ――ガキンッガキンッ


 獣が木製の盾を殴りつけている音のはずなのに、あたりには金属同士をぶつけ合うかのように硬質の音が響き渡る。

 いきなり手痛い反撃を貰った魔狼が、様子を見ながら手を出している感じはあるものの、白い少女はメイスと盾を使って受け止めるのではなく、魔狼の前足による攻撃を打ち落としているように見えた。

 少女が自分の体重の五倍はあるであろう相手とまともに打ち合う光景に、援護に行かねばならない気持ちすら忘れてつい見入っていた。


 業を煮やした魔狼がさらにツメによる攻撃を加えるかに見えたそのとき、どこから現れたのか、魔狼の背後に黒髪の少女が立っているのが見えた。

 白い少女を置いて逃げたわけではなかったのか。

 その事実に少しほっとしたが、攻撃を加えようとする黒い少女に警告を発するべく声を出そうとする。

 魔狼に限らず、魔を冠する獣の毛皮は常に魔力を纏い、半端な刃物では刃が通らない。

 黒い少女の獲物はどう見ても普通のダガーが二本。

 あれでいくら斬りつけた所で、魔狼は蚊に刺されたほどにも感じないだろう。


「おい! 君じゃ無理――」


 その瞬間、黒い少女の両手がぶれる様に動き、さらにすかさず背後に飛びのいて魔狼との距離をとる。

 一瞬の間ののち、斬りつけられたらしい後ろ足の腿から血が飛び散った。


『ギャウ!?』


 黒い少女に全く気がついていなかったのか、あるいは気に留めるまでもないと侮ったのか、魔狼は意表を突かれたような声をあげバランスを崩す。

 黒い少女が右後ろ足を斬りつけたのが、ちょうど右前足を振りかぶったタイミングだったのは果たして狙ってやったのか。


「タイチ! 今!!」


 黒い少女の叫び声に合わせるように、魔狼の真上にある大樹の枝から残りのパーティメンバー――細身の男が降って来た。


 果たして何をしようというのか。

 男は魔狼に向かって落ちていきながら、大声で叫ぶ。




「ゴォォルド! フィンガァァァァァ!!」




 声に合わせて男の右手が金色の光を放つ。

 そのまま右手で魔狼の頭部を鷲掴みにすると、金色の光は魔狼に吸い込まれていった。


『ガアァァァァァァッ』


 魔狼は耳を塞ぎたくなる様な悲痛な叫び声を放つと、口から泡を吹きながらそのまま横倒しに倒れて動かなくなった。


「え? あれ?」


 男は倒れた魔狼の上で、動かなくなった魔狼のまぶたを開いてみたり呼吸を確かめてみたりと動き回った後、首をかしげた。


「あれぇぇぇ?」

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モフリストはケモミミっ娘ハーレムの夢を見る 鹿伏 兎 @Kabuto_S

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