第8話 はじめての依頼

 結局、武器の調整に一晩かかるといわれ、その日は宿に戻った太一たち。

 翌朝朝食を摂ると、早々に鍛冶屋『鉄の掟』に向かう。

 まだ時間が早いかとも思ったのだが、近づくにつれすでに中から槌を振るう音が聞こえていた。


「おはようございまーす」


 覗いてみると、ちょうどひと段落着いたのか。汗をぬぐいながらハンスが現れた。


「お、あんちゃん達早いな。頼まれた武器はちゃんと調整済んでるぜ」


「ありがとうございます。かなり安くしてもらったとはいえ、手持ちのお金ほとんど使っちゃいましたからね。今日こそは依頼をこなして稼がないと」


「そうだな。がんばって稼いで、もっといい武器を買いにきてくれ。お前さん達に渡したそいつらも、手を抜いたつもりはないがあくまで初心者向けの『鉄製の』武器だからな」


「鉄製の……。もしかしてこの店の『鉄の掟』って名前、武器に使われる鉄に関わることを指してるんですか?」


「お、鋭いな。昔修行時代に師匠に言われたんだよ。『鉄には鉄の、鋼には鋼のことわりがある。それだけはどんなに腕を上げても変わらないもんだ』ってな。結局はどこまでいっても大事なのは最初に学んだ基本なんだよ。そいつを忘れないために、俺に課した『掟』ってわけだ」


「なるほど、そういう意味だったんですね。最初はてっきり闇稼業上がりのヤクザなひとがやってる店かと思いましたよ」


「ははっ。そいつもたまに言われるな」




 その後武器を軽く素振りして、手になじむ感じに満足した太一たち。


 鍛冶屋『鉄の掟』をあとにした太一達は、依頼を受けるべく再びギルドまで戻って来た。


「おはようございます、みなさん。ちゃんと武器は手に入れたようですね」


 マリベル嬢が笑顔で迎えてくれる。

 朝から酒場で飲んだくれてるロクデナシどもが見蕩れるのもわかろうと言うものだ。


「本当は防具も用意して欲しいところですけど、皆さん手持ちも寂しいでしょうから。あまり森の奥には入らないでくださいね」


「わかりました。俺達も最初から無茶する気はありませんよ」


 笑顔で頷いてくれるマリベル嬢。飲んだくれ共の目尻は下がる一方だ。

 太一の目尻も下がるところだったが、なぜか尻にノワ子の蹴りが入ったので未遂に終わった。


「それじゃあ依頼の話に移りましょう。今回の採集はこの『冷腑草』になります」


 そう言ってマリベル嬢が取り出したのは、長さ二十センチほどの蒼い植物だった。

 緑ではなく、綺麗なまでの蒼。

 どこか毒々しさを感じさせる色合いだった。


「レイフソウ?」


「内臓を冷やす草、と書きます。実はこれ毒草なんです。そのまま食べてしまうと臓器不全を引き起こして、最悪死に至る怖い草なんですよ」


「そんなものを集めるのですか?」


 毒草と聞いて思わず一歩下がったユキが恐々と尋ねる。


「でも錬金術師が加工することで、熱冷ましの妙薬になります。詳しくはわかりませんが、生のままでは人には強すぎるとか何とか。毒と薬は紙一重ということでしょうか」


「なるほど」


「で、これを二十株、根のついた状態で採取してきていただけますか? 薬のほうは常に需要のあるものなので、多い分には問題ありません」


「了解しました。それ毒草って話だけど素手で触っても大丈夫です?」


「口にするか、傷口にこすり付けなければまず問題はないですけど、念のためレザーグローブと採集用の袋を一組貸し出しますから、どなたかが採取を担当してください」


「まぁここは俺の仕事だろうなぁ。じゃあ俺が受け取っておきます」


「はい、じゃあこれをどうぞ。『冷腑草』は森の比較的浅い、日の当たる場所に生えます。獣は決して口にしないので見つけにくいことはないかと思います。重ねて言いますが森の深い場所には行かないでくださいね」


 マリベル嬢に見送られて、太一たちは初めての依頼に向かうのだった。






 西門を抜けて歩くこと小一時間、ぼちぼち日が高くなってきたところでようやく森に到着した。


 目の前には大人二~三人でようやく抱えるような大木が生い茂っていた。

 ところどころ隙間があり、以前に伐採された切り株と、そこからたくましく生えてきている若木もみえる。

 建築材としても利用されているようで、乾燥のためなのか、日当たりのよい場所に積み上げられた丸太もちらほらと。

 奥地にはいったら、いつかテレビで見た屋久杉の縄文杉みたいなのがあるのかもしれない。


「どこまで続いてるのかさっぱり見えない……。深い森だなぁ」


「そうですねぇ。でもこの濃い緑の香りはなんだか少し心地いいですね」


 そういうと見渡すように空気を吸い込むユキ。


「緑の香りはいいけど、肝心の『冷腑草』の匂いはわかりそうか?」


「はい、なんというのか。あの草は少し甘い香りがするんですよね」


「そうなんだ?」


「匂いだけなら美味しそうなんですけど、あの見た目と合わせると毒としか思えないんですよね」


 そう言って、ユキはちょっと笑う。


「あぁ、ちょっと野草というには派手派手しい蒼さだったからなぁ。どうぞ見つけて食べてくださいと言わんばかりの」


「で、食べちゃったら逆に肥料にされちゃうんでしょうね」


「怖っ」


 そんな軽口を叩きながら、ユキのナビゲーションに従って群生地と思われる場所に向かう。


「ノワ子はしっかり周囲の警戒してくれよ。お前の耳だけが頼りだからな」


「了解。いまのところは回りになにもいなさそうよ」


 森に分け入って、折角なので用意した剣鉈で藪を切り分けつつ歩くこと二十分ほど。

 ようやく最初の冷腑草を発見することができた。

 背の高い木々の枝のドームからちょうど日差しがさすわずかな隙間に、数本纏まって生えていた。

 そこそこ時間はかかったが、枝を落としたりひっかけないように避けたりしていたので、それほど奥地にはまだ入っていないはず。


 太一は受付で借りてきたレザーグローブを装着すると、丁寧に周りの土を掘り返していく。


「あー、これはスコップみたいなものも用意するべきだったかな。思ったより根が深そう」


「そうなんですか? 私とノワちゃんも手伝いましょうか?」


「いや、二人は周囲の警戒を頼むよ。万一手に傷をつけて冷腑草に触ったらヤバそうだ」


「そうですね……。わかりました。きつくなったら交代しますから言ってくださいね」


「はいよ」


 それでもなんとか土を掻き分け、根に土のついたまま採取した冷腑草を鞄に収める。

 それを繰り返し、一時間半ほどかけて十本の冷腑草を採取することに成功した。


「ここに生えてるのはこれだけかな。ノワ子、周辺の状況は?」


「イタチかな? 小動物の親子みたいなのが索敵範囲に引っかかったけどそれだけね。いたって平和」


「よし、とりあえずノルマの半分は終わったことだし、次を探してみようか」


「それなんですけど、まだ時間もあることですし。少し早いけどお昼にしませんか?」


 ユキの提案に思わず空を見上げてみる。

 ドーム型に伸びる枝のせいでわかりにくいが、お天道様はかなり上に来ているようだった。


「深い森の中って時間もわかりにくいんだな。ひとつ勉強になったよ」




 冷腑草の生えていた場所はちょうど木が避けるような形で、日差しの入る二メートルほどの円形のスペースだった。

 ちょうどいいのでここで、朝屋台で買い込んで来たサンドイッチと水筒を人数分取り出す。


「ここの屋台の野菜もりもり肉サンドうまいんだよなぁ。店主のおっちゃんは顔怖いのに」


「ほんとうですねぇ。このお肉の下味に何を使ってるのか、今度聞いてみましょうか」


「サンドイッチの味とあの髭親父の顔は関係ないでしょうが。たしかにこれ美味しいんだけど、アタシはそろそろ魚が食べたいなぁ」


「ノワ子はヒラメ缶大好きだったよな。機嫌が悪いときでも缶を開ける音だけで走り寄ってきてたし」


「し、仕方ないでしょ、美味しいんだから。あーあ、こっちでヒラメ缶食べられる日が来るのかしら」


「缶詰はともかく、ヒラメが食べたいならまず海を探さないとな。魔物がいる世界で魚担いだ行商人なんてまずいないだろ」


「海、いいですよねぇ。ご主人様と砂浜を散歩したいです」


「そうだなぁ。こっちの生活に余裕ができたら、海辺の町なんて探しにいくのもいいかもしれないな」


「「賛成!」」


 森の中の暖かな日差しのしたで、三人は将来に夢を馳せる。




「さて、飯も食い終わったし、残りを終わらせて日が暮れる前に帰るか。ユキ、また頼むな」


「任されました。ここだとさっきまでの残り香が邪魔なので、もう少し奥に行って見ましょうか」


「あいよ。ノワ子は引き続き警戒よろしく!」


「はぁい。なんだか眠くなっちゃった」


 再びユキの先導で冷腑草を探す三人。

 しかしなかなか見つからず、さらに三十分ほど奥へ進むことになる。


「ちょっと初めてなのに深く入りすぎか? ユキ、帰り道の方向は把握できるか?」


「大丈夫ですよ。女神様に頂いた犬の能力の帰巣本能は伊達じゃありませんから」


 そう言ってめずらしくおどけた様子を見せるユキ。


「ん、匂いを見つけました。ここからもう少し奥に、さっきより濃厚な匂いが。いっぱい生えてそうです」


「よし、じゃあさっさと集めて帰るとしよう。森の中の移動は思ったより疲れる」


 そのまま匂いに向かって直進することさらに二十分。一行は森の中に冷腑草の群生地を見つけた。

 それはあたかも、森の中に半径二十メートルほどの円形の蒼い絨毯が敷き詰められているかのようだった。

 さっきまで鬱蒼と茂る森の中だったのに、そこだけは日差しの降り注ぐ絵画のような光景だと太一は思った。


「ちょっと幻想的な綺麗さね、これ」


「あぁ、ちょっと見蕩れちまった。さっさと終わらせるから、二人は周囲の警戒を頼む」


「「はい!」」


 そしてまた太一はせっせと土を掘り起こす。

 さっきまでの作業で慣れたのか、今度は半分ほどの時間で集め終えることができた。


「よし、ノルマ終了だ。あとは追加報酬狙いで時間の許す限り集めようか」


 長時間のしゃがみ姿勢でで固まった腰を伸ばしながら、太一は二人に話しかける。

 そのとき、穏やかだった森に異変が起こる。


「ちょっと待ってタイチ! なにかがこっちに近づいてくる……。足音が数人と、これは大きな獣? お姉ちゃんどう?」


「ノワちゃんの言うとおりだと思います! 男性の匂いが四人分と、野生の獣の臭い。たぶん追いかけられてます!」


「なんだと!?」


 突然の二人の警告に、思わず思考停止してしまう太一。

 それでもなんとか気を取り直し、二人に逃げるよう命令をだそうと――


「だめ、もうそこまで来てる! 来るわよ!!」


 ノワ子の警告と同時に、広場の反対側に転げ出るように飛び出してくる男四人。

 それを追って現れたのは――見上げるようなサイズの大きな狼だった。

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