第7話 そうだ、武器を買いに行こう!

 試験を終えた太一達は、ギルドの受付まで戻ってきていた。


「皆さん、お疲れ様でした」


 すでにカウンターには受付嬢――マリベルさんだったか? が戻っていて、太一たちを労ってくれる。


「ゲイツ教官の仰ったとおり、これで貴方達は街の外での依頼をこなす事が可能になります。あと、『仮免許』の話もありましたが、こちらは今すぐどうこうといった話ではありませんのでご了承ください。当分は空いた時間でギルドの講習を受けていただいて、知識を増やしてくださいね。あ、貸し出しはしておりませんが、ギルド内での本の閲覧も可能ですから、合わせてご利用ください」


 そしてすかさず細かい説明もしてくれる。

 第一印象はアレなお姉ちゃんだったが、何気に有能な人っぽい。

 なにはともあれ、太一たちの今後の活動は、地道に依頼をこなしつつ知識を蓄えることに決まった。


「なんだかギルドにきてから随分手間取ったわね」


「そうだな。なんだか三日くらい戦っていたような気分だ」


「実際は一時間もかかってないんですけどね……」




「じゃあ早速だけど、なにか最初に受けるのに向いた依頼はありますか?」


 尋ねる太一に、にこやかにマリベル嬢が答えてくれる。


「はい、こんなこともあろうかとすでにピックアップ済みですよ。この街『フィナレ』の西は大森林地帯となっておりまして、そこで錬金術の貴重な原料のひとつがとれます。その採集あたりが妥当ではないかと」


「なるほど! やはり薬草採取はクエストの基本ですよね!」


「え、ええ。薬草とまでは言ってないんですが……。なぜか異世界からやってこられた方はみな同じような反応をされますね……」


 妙な食いつきをみせる太一に、思わず有能受付嬢の仮面が剥がれそうになるマリベル嬢。


「ですが大森林は未開の地。当然普通の獣はもちろん、魔物の類も生息しています。みたところ、皆さんまだ武器はお持ちでないですよね? たとえ入り口付近での採集であっても、最低でも武器をお持ちでないと許可できませんよ?」


「う、たしかに。困ったな。どうしたものか」


「そんなお困りの貴方に! ギルド公認鍛冶屋『鉄の掟』をご紹介しましょう! この公認鍛冶屋、腕前はギルド長直々のお墨付き、素材もすべてギルドが卸しておりますので在庫切れの心配も全くなし!」


「でもお高いんでしょう?」


「心配御無用! なんとギルド登録済みの冒険者であれば常に二割引! しかも一年間の修理保証付き!」


「まぁなんてお得!」


「さらに今ならダガー一本ご購入するごとに、さらにもう一本! おまけに自分でお手入れ可能なお手軽砥石もついてきちゃいます! いかがですか?」


「それはすばらしいですね! 利用しない手はありません!」


 そしておもむろにユキとノワ子にチラッと視線を送る二人。




「……なんなのよそれ。というかいつ打ち合わせしたのあんた達」


「いえ、失礼しました。転生者に方に好評な定番ネタなんですよね、これ。タイチさんが乗ってくれたのでつい最後までやっちゃいました。うふ」


 困惑するユキとジト目のノワ子に言い訳するマリベル嬢。案外おちゃめさんだった。


「ちょっと悪ノリしましたけど、品質は確かですし、お値段も良心的です。ギルドとしてはお勧めの鍛冶屋ですよ」


「わかったわよ。名前がちょっと気になるけど、行って見ることにするわ」


「ありがとうございます。名前は……こちらも何度か打診してみたんですけど、どうやら店主さんにこだわりがあるようで」






 マリベル嬢に店の場所を聞くと、太一たち一行はすぐに向かうことにした。


 場所は街の西の端にある職人街。

 聞くところによると、この街の冒険者の活動の場が主に西の大森林になるため、必然的に西門から出入りする冒険者達の装備や道具を扱う職人達が集まって自然とできあがったらしい。

 あと、万一大森林から魔物が溢れた時に、住人達の盾となる役割もあるのだとか。

 逆に、この街に繋がる街道は東にしかないため、旅人や商人相手の宿屋とか食事処はそちらに多いらしい。




 十分ほど歩いた後、一行はとある鍛冶屋の前にいた。


「んー。名前が盗賊団の決まりごとみたいだったからちょっと気になったけど、いたって普通の鍛冶屋、だよな?」


「そうですね。ギルド公認というから大きな店舗を想像してましたが、周りと比べてもそれほど変わったところはなさそうです」


「まぁ問題ないならそれに越したことないわよ。よし、タイチ。行きなさい」


「なんで俺の背中を押すんだ。さきにちょっと窓から中の様子をだな」


「男でしょうが! さっさと覚悟を決めなさい!」


 やはり名前が引っかかるのか。

 入り口で押し合いを続ける二人の脇を通って、ユキがあっさり扉を開ける。


「ごめんくださーい。ギルドの紹介で武器を見せてもらいにやってきました~」


「おう、さっさと中に入ってくれ。入り口で騒がれたらご近所に迷惑がかかるだろうが」


「「はい、ごめんなさい」」


 中から現れた髭面の親父さんは、案外まともな人だった。




「で、見たところ武器も持ってないってことは駆け出しか。よし、ちょっと服を脱いで見せてみろ」


「嫌です」


「嫌よ」


「いきなりセクハラか、おっさん」


「誰がおっさんだこら! こう見えても俺はまだ三十台だっての!」


「その言い方からして四十寄りの三十台だろ。十分におっさんじゃないか」


 全員から拒否をくらったあげく、太一のツッコミのせいでおっさんのHP《ヒットポイント》は激減した。


「うぐぐ。まぁおっさんかどうかはともかく、装備を作るなら体格を見なきゃ話にならんぞ」


 とりあえずおっさん呼ばわりは棚に上げ、正論を吐くおっさん。

 そのとき、奥から声が聞こえてきた。


「あ、女性のお客さんなの? すぐ行くよ!」


 そして現れたのは、年の頃十五くらいだろうか。可愛らしい顔に似つかわしくないごわごわの作業着を纏った女の子だった。


「もう、だめでしょお父さん。女性客の相手は私がするから、呼んでっていつも言ってるじゃん。この間もそれでひっぱたかれたばかりなのに」


「馬鹿やろう! いい鍛冶仕事に男も女もねえんだよ! それを最近の若いやつらはすぐセクハラだのなんだのと……いったいどいつだ、そんな言葉広めたのは!」


 ごめんなさい、それ間違いなく転生者です。それもここ数年の。


「とにかくここからは私がお相手しますから。お父さんはさっさと裏に下がって。邪魔」


 情けない顔で裏に引っ込もうとするおっさんだったが、いま引っ込まれても困る。


「ちょっと待ってくれ。今日は武器を買いに来ただけで、防具はまだ手が回らないんだ。だからむしろおっさんに見てもらったほうがいいんじゃないか?」


「あら、そうなんですか?」


 そう言うと女の子は俺達、というかユキとノワ子の格好を見て、納得したように頷く。


「なるほど、この街に来たばかりの転生者の方だったんですね。じゃあお父さんにみてもらったほうがいいかな。あ、私はメイっていいます。この鍛冶屋の一人娘兼看板娘です。よろしくおねがいしますね」


「俺はタイチ。こっちのイヌミミの子がユキで、ネコミミの子がノワ子『ノワールよ!』だ。歳も近いし、仲良くしてくれるとうれしい」


「はい、私も転生者の方と知り合いになるのは初めてなんで、ぜひ仲良くしてください!」


「じゃあ俺も自己紹介しとくか。この鍛冶屋をやってるハンスだ。おっさんはやめてくれ。何の因果かギルド公認店なんてやらせてもらってるからな。冒険者ならこれからちょくちょく来ることになるだろうさ。よろしくな」


「はい、よろしくおねがいしますハンスさん」


「しかし珍妙な格好してると思ったら転生者か。てぇことは女神様になんか加護もらってんのか?」


 しげしげとユキとノワ子を眺めると、興味深そうにそう聞いてきた。


「ユキが力強化方面、ノワ子が敏捷強化方面ですね。」


「ほほう。じゃあ猫の嬢ちゃんのほうは軽い武器だな。レイピアみたいな刺突武器かショートソードかダガーあたり……ナックル系なんてのもありか?」


 そういうとノワ子を壁に並べられた武器のところに連れて行く。

 ノワ子は壁際に並べられた武器を物珍しそうにひとつひとつ手にとっていた。


「ということは、ユキさんは両手武器みたいな重いのがいいですか?」


 ユキには、メイちゃんが相談に乗ってくれるようだ。


「そうですね。私が盾役を務めるつもりなので、左手は盾で決まりです。問題は右手をどうするかですけど……」


 そういうユキの目は、下のほうに立てかけられた鈍器に釘付けだった。

 どうやら訓練場でぶんまわした棍棒がえらくお気に召したらしい。


「なるほど。盾役なら刃筋に気を使わなくていい鈍器はいいかもしれませんね。刃が立たない硬い敵にも有効ですし、悪くない選択肢だと思いますよ。よかったら実際に持って選んでみてください」


 どうやらユキのほうはもう自分である程度決まってるみたいだし、大丈夫そうだ。

 ということでノワ子の様子を見に行くことにする。


 ノワ子は昔から好奇心旺盛なところがあるので、とりあえず端から試しているようだった。

 子猫だったときなんて、夜に家に帰ると居間が大惨事になってたりしたものだ。


 すでに一度触ったのか、レイピアとショートソードが壁に立てかけられていた。

 除けられているということはお気に召さなかったようだ。

 今使っているのは……なんだろう。黒いグローブ? 指貫グローブで中二病にでも目覚めたのか?


「なにか失礼なことを考えてる顔してるわね……。これはナックルっていって、拳をガードしつつ攻撃力を上げるものらしいわよ?」


 そう言いつつ太一の顔の前にグローブを突き出す。

 黒いレザーグローブの外側が、よく見ると分厚い金属で補強されているようだ。

 金属部分は微妙に凹凸があって、たしかにこれで殴られたら痛そうだ。


「着けっぱなしでも違和感ないし悪くないんだけど、やっぱりアタシは刃物のほうがしっくりくるかなぁ」


 どうやらユキの鈍器とおなじく、ノワ子も訓練場で使っていたサイズのダガー二本で決まりのようだ。


「ふむ。嬢ちゃんは猫の特性っていってたからなぁ。よし、ダガーでいいなら一本分はおまけしてやろう」


「やった! ありがとう!」


「グリップの調整するから手の大きさを見せてくれ。合ったものを使わないと怪我の元だからな」


「はーい」


 どこかうきうきしているノワ子。

 武器を買って喜んでいるのはちょっと物騒だが、やはり自分の専用というのは嬉しいらしい。


「さっきから嬢ちゃん達の様子ばかり見てるが、兄ちゃんはどうするんだ?」


 研磨機のようなものでダガーのグリップを慎重に削りながら、ハンスさんが尋ねてくる。


「うーん。俺は戦闘向けのスキル貰ってないから、武器は飾りになっちゃいそうで」


「とはいっても無手で森に入るわけにも行くまい。いざというとき牽制くらいはできないと時間稼ぎもできんぞ?」


「そうですねぇ……」


 日本人だしゲームも大好きだったし、刀とか大剣とか憧れるけど、正直なところ邪魔になりそうな気しかしなかった。


「じゃあ完全な武器とは言いがたいが、剣鉈なんてどうだ」


「ケンナタ?」


「ああ、ちょっと待ってろ」


 そういうとハンスさんは奥に入っていく。

 戻ってきたときには、刃渡り四十センチほどの先の尖った鉈を手に持っていた。


「こいつが剣鉈だ。森を歩くときに枝を払うのに便利だし、いざというときには武器にもなる。肉厚だからちと重いが便利だぞ?」


 そう言うと太一の腰のベルトに鞘ごと取り付ける。


「どうだ? ちょいとこれ持って動いてみな」


 言われるままに腰に挿したまま歩き回り、続いて右手に持って振り回してみる。


「お、なかなかいいですね、これ」


「だろう。武器というより日用品に近いが、便利だしお奨めだぞ」


「じゃあ俺はこれにします」


「了解だ。お前さんの握りの調節するからちょっと見せてみろ」




 二人の武器が決まったところで、ユキの様子を見に行くことにする。

 いや、後回しにしたのは実は理由がある。例のアレだ。

 二人の武器を選んでる間もずっと風切り音が響いていたのだ。

 正直近寄りたくなかった。


 行ってみると案の定、笑顔でブンブン振り回すユキの姿が。

 しかも棍棒がトゲつきメイスに進化してやがる!


「……ほら、タイチ。アンタの出番よ」


「いやだ。と言いたいがメイが困ってるな。行かなきゃならんか」


「と言うかなんであの鈍器、進化してんのよ。しかも凶悪な方向に。アレ持って笑顔で迫ってくる敵とか出てきたら、私逃げるからね絶対」


「それには間違いなく同意する」


 その後、ユキのメイスを褒めたおすことで何とか落ち着かせた。

 隣で青くなっていたメイには本気で感謝されてしまった。

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