第5話 教官に勝つためには
「さて、待たせたな。次はお前さんたちの
ご機嫌で彼らを見送ったゲイツ教官は、太一たちを振り返るとそう言い放った。
「さて、お前さんたちは三人パーティか。さっき見ていた通り、三人同時でかまわんぞ」
そう言いながら、大剣で肩をトントンしている教官に、ユキが言う。
「それなのですが、ご主人様が女神様にいただいたスキルは直接戦闘に向いたものではないんです。なのでここでお相手するのは私とノワちゃんの二人になりますが構いませんか?」
「まぁ、そうなるわよね」
そう言いながら二人は太一の前に立つ。
「ほう。つまり二人がそこの太一とやらの護衛役というわけだな。まぁ戦闘向きじゃないのは一目でわかるし、さっきの奴らにも言ったがパーティというのは結局のところ総合力がすべてだ。お前さんたちがそれでいいなら、もちろん構わんぞ。なぁ」
そう言いながら教官は隣に立つ受付のお姉さんに視線を向ける。
「ええ、もちろんです。戦わないからといって、一人だけ町の外に出るのを許可しないなんてこともありませんから、安心してくださいね」
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。じゃあノワちゃん、武器はどれにしましょうか?」
「私は軽いのがいいわ」
そう言って二人は武器の入った木箱の隣に控える職員のところに向かう。
手の空いた教官は太一のそばにやってきて、話しかける。
「お前さんも戦闘に参加しないとはいえ、今後彼女たちと同行するなら護身用の武器でも持って後ろに控えておけ。守る対象が実際にいたほうが、彼女たちの護衛訓練にもなるからな」
「了解であります! 軍曹殿!!」
「グンソウってのは誰のことだ。俺の名前はゲイツだと教えただろうが」
「失礼しました。ついイメージが暴走を……」
ユキとノワ子に合流すると、彼女達はなぜか嬉しそうに木製の武器を物色していた。
「やっぱり私が盾役で、ノワちゃんが攻撃役ですよね」
「まぁね。というか私軽いから、さっきみたいな攻撃受け止められないから」
「な!? それじゃ私が重いみたいじゃないですか! 訂正してくださいノワちゃん!」
「えー。でもアタシと比べたら……ごめん、悪かったわ。もうからかうのはやめるから、そのでっかい棍棒を振りかぶるのはヤメテ」
二人の様子を傍目に見ながら、太一は黙々とよさげな武器を探す。
こういう話題のときに男は会話に混ざってはいけないのだと、太一の生存本能が囁いていた。
しばらくして戻って来た二人は、各々両手に武器を携えていた。
ユキは右手に随分と大きな棍棒、左手に丸みを帯びた盾を。ノワ子の得物は……ダガー? 短剣サイズの木剣を両手に一本ずつだった。
さっきのパーティに準えるなら、ユキが盾役、ノワ子がアタッカー役をするのだろう。
太一は申し訳程度に普通の木剣をベルトに挟んでおく。
授業で剣道の体験をしたことはあったが、正直左手で持って右手は軽く、くらいしか覚えていなかった。
まぁどのみち戦力外なので問題はない。
「ノワ子の特技はすばやい動きだし、短剣はイメージどおりかな。両手で二本扱えそうか?」
短剣を弄びながら体の動きを確かめているノワ子に聞いてみる。
「んー。ツメの延長と考えたらなんとかいけそうかな」
「そうか。まぁ無理はしないでくれ。で、なんでユキは棍棒なんだ。しかもちょっと楽しそうだし」
そう。ユキはなぜかめっちゃいい笑顔で棍棒を素振りしていた。
なんか怖い。
「どうも刃物をうまく扱える自信がなかったんですよねぇ。で、思い切って棍棒にしてみたら妙にしっくり来ちゃって。なにか叩けるものはないかしら」
――ブォンブォン
妙に静まり返った訓練場に、棍棒の風切り音が鳴り続ける。
「アレよ。お姉ちゃんの貰った強化って、力強化寄りだったから。なんか重いものを振り回す感覚がはじめてで楽しいんじゃないかしら」
なぜか小声でノワ子が囁いてくる。
「なるほどなぁ。子供が棒切れ振り回すようなもんか」
「たぶんね。でも見た目的に怖いからアンタなんとかしなさいよ。職員さんたちはもちろん、教官までドン引きじゃないの」
「いやだ。なんか怖い。近寄りたくない」
「アンタが止めなきゃ誰がアレ止めるのよ!」
「あら? 二人で内緒話ですか? 仲間はずれにしないでくださいよ~」
気づけば背後に
「んん。よし、そろそろはじめるぞ」
気を取り直したらしい教官から声がかかる。
流石に元冒険者は伊達じゃないらしい。意味はわからない。
「「「はい! よろしくお願いします!!」」」
盾を持つユキが教官の真正面に。その斜め後ろにノワ子が短剣を両手に控える。
太一は護衛対象という設定なのでユキの真後ろだ。
さっき手本を見せてくれた先輩パーティには悪いが、あまり参考にはできなかった。
人数が違うから位置取りの選択肢がないし、ユキとノワ子の能力もどの程度かわからない。
なにより教官が圧倒的すぎた。
敵を知らず己も知らないのでは孫子様とてどうしようもあるまい。
まずはひと当てしてから。話はそれからだ。
「よし、はじめ!」
掛け声とともに教官がやってくる。
先ほどと同じく、一見無造作な自然体。大剣は肩に担がれたまま。
そして間合いに入ると、踏み込みとともに轟音を伴って大剣がユキ目掛けて振り下ろされる。
さきほどの模擬戦を見ていたユキは、吹き飛ばされまいと腰を落とし、全力を持って盾をかざす。
――ガキィン
先ほどと同じく木をぶつけたと思えない音が響き渡る。
そしてユキは――吹き飛んではいなかった。
後ろから見ていると、ユキの上半身には全力が込められているが、膝はやわらかく、盾に加わった衝撃をなんとか受け流したように見えた。
「ほう」
教官は一言つぶやくとにやりと嗤う。
そして拮抗した両者の脇をすり抜けたノワ子が、教官の背後に滑り込む。
黒い髪、這うような低い姿勢が相まって、黒い影のようだと太一は思った。
そして教官の背後をとったノワ子は――
「その頸もらった!」
物騒な言葉を吐きつつ、派手に飛び上がって教官の首筋に斬りつけようとする。
さらにユキも右手の棍棒を振りかぶり、挟撃の姿勢を見せる。
「やらねぇよ!」
だが拮抗していたかにみえた教官は棍棒を振りかぶる動作を見るや、全力を持って盾を押し込み、強引にユキとの距離を作った。
そして左足を軸に、先ほどの模擬戦で見せた回転切りがノワ子を襲う
。
ノワ子は咄嗟に両手の短剣をクロスさせて、目の前に迫った大剣を防ぎとめる――も、体の軽さが災いしたか。そのまま吹き飛ばされてしまう。
遥か後方でノワ子が宙返りしつつ着地を決めるのが見えたが、そのときにはすでにユキの目の前には教官の大剣が迫っていた。
ユキも急いで盾を体の正面に戻そうとするも間に合わず、不完全な姿勢だったせいで押し込まれて膝を突く。
そこに教官の大剣が首筋に当てられ、あっさり終了してしまった。
「よし。ここまでだな」
満足げな教官が太一たちを呼び集めようとする。
おそらく先ほどと同じく、反省会と評価の発表になるのだろう。
だが――
「すみません。ちょっと待ってもらえますか?」
思わず太一は声を上げていた。
「うん? どうした。何か問題でもあったか?」
怪訝な顔をする教官。
模擬戦で被護衛役が物言いをつけたのだ。そんな顔にもなるだろう。
「いえ、そうじゃなく。良ければもう一度やらせてもらえませんか?」
「あん? まぁ構わんが……先に言ってしまうとお前さんたちは合格だぞ?」
「それは大体想像がついていました。さっきのパーティの評価と比べてもまぁ問題ないだろうなと」
「だったらなぜだ?」
「もうちょっとやりようがあったなと、そう思ってしまったからです」
「ほう」
太一の目を見たゲイツ教官は思わずにやりとする。
「そうか。いいだろう」
そう言い放つと、のしのしと教官は初期位置に歩いていく。
こちらの作戦を聞かないようにという配慮だろう。
教官の物分りのよさに感謝した太一は、二人を自分のもとへと呼び寄せる。
「ご主人様。なにか秘策でもあるのですか?」
自分が倒されたせいで負けたためだろう。少し悔しそうな顔をしていたユキが、食いつき気味に顔を寄せてくる。
「そんな大層なものじゃないさ。さっきの模擬戦を見て気になった点をいくつか話そうと思っただけ」
「気になった点ね……」
ノワ子も一撃も当てられずに吹き飛ばされたせいで不完全燃焼だったのだろう。明らかな不満顔だった。
「まずユキから」
「はい!」
ユキの顔に期待交じりの緊張が走る。
「最初の教官の一撃を、ユキはまともに受けに行っただろう? こう、衝撃を受け流して耐える感じで」
「はい」
「それを今度は迎え撃って欲しいんだ。具体的に言うと教官の大剣にその盾を全力でぶつけにいってくれ。弾き飛ばすくらいのつもりで」
「ぶつけるんですか?」
「ああ。そのときできるだけ自分の体の近くでぶつかるように調整して。腕が伸びきらないほうが力が入るから」
「わかりました。やってみます」
「あと、けん制に棍棒は持ってて欲しいけど、攻撃はしないように。さっきはそれで体勢崩されちゃったしな。とにかく教官の姿勢を崩す。それだけを考えてくれ」
「了解です」
わかりやすい指示が与えられたせいか、ユキの顔にやる気が戻ってくる。
「じゃあ次はノワ子」
「うん」
「さっきの背後に回る動きはよかった。タイミングも。でも今度はユキに教官の体勢を崩してもらうことを前提に、さっきより少し早めに動きだしてみてくれ」
「わかったわ」
「後もうひとつ。さっきは頸を狙うために飛び上がったけど、今度は低い位置で腿か膝裏辺りを狙ってみてくれ。木剣じゃ斬りつけても大して痛くないから、突くように」
「ん? 急所狙いじゃなくていいの?」
「急所は当たれば即勝ちが決まるけど、ノワ子の身長だと飛び上がらなきゃならない。それは悪手だな。空中じゃあの回転切り避けられなかっただろう?」
「う。まぁね……。まさかあんなに早く切り返されると思わなかったのよ」
「ああ。教官は俺達よりも遥かに強い。だから下から切り崩す。ノワ子の素早さなら、地面に足がついていればかわす事もできるんじゃないか?」
「わかったわ。まかせて!」
やや不機嫌だったノワ子の表情も、明確な目標を与えられ輝きを取り戻す。
「最後にひとつ。追い込んだ後の止めの一撃だけど――」
太一たちの打ち合わせを、声の聞こえない位置で眺めていたゲイツ教官。
その隣に受付嬢のお姉さんがやってくる。
「見てみろよ、マリベルの嬢ちゃん。叩きのめされて凹んでた嬢ちゃん達をあっさりやる気にさせたぞ」
「嬢ちゃんはやめてくださいよゲイツさん。これでもとうに二十歳超えてるんですから」
「ははっ、すまんすまん。だがあの兄ちゃん、ただの足手まといかと思いきや、ちいと面白いかもしれんぞ。さて、なにがどう変わるやら」
そして再戦の時間がやってきた。
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