第4話 受付嬢と教官無双

「あー、ちょっとスッキリした。さて、今日はまだ昼にもなってないことだし、仕事始めといこうか」


 太一の発言により、教会を後にした一行は冒険者ギルドへと向かっていた。


「そうですね。まだ女神様にいただいたお金は残ってますけど、早めに仕事に慣れておきたいですよね」


「そうね。でも街の外は魔物が出るんでしょ? まずは武器を用意しない?」


 三人で話し合ってみるも、そもそも初めての街、初めての仕事だ。

 とにかく勝手がわからないため、冒険者ギルドの受付嬢に尋ねてみることとなった。


「ところでアタシとお姉ちゃんは女神様と交信できなかったんだけど、アンタ女神様に失礼なこと言わなかったでしょうね?」


「当然だ。相手はこの世界の最高神たる女神様だぞ。そんな真似するか」


 もし女神様がこの会話を聞いていたらなにかしら言いたいことがあったかもしれない。

 当然この場にいない女神様に反論はできなかった……。






 昨日ぶりのスイングドアを通り抜け、ギルドの中に入ると早速昨日の受付嬢を見つけることができた。

 いまは昼前という中途半端な時間帯。

 働き者は朝から仕事をしている真っ最中だし、今日は休みと洒落込んだ数人およびロクデナシが酒場にちらほらいるだけで、ギルドの受付嬢は実に暇そうであった。




「たしかに暇ですけど、そうきっぱりと言われると少し腹が立ちますね」


「うぐ。また思ってることが口から出てたか……」


「アンタはなんでいつもそうなの……」


 受付嬢とノワ子にジト目で見られながら、おもわず目を泳がせる。


「まぁまぁ。ところで私たちもギルドのお仕事を請けてみたいと思うんですけど、最初はどんなものから始めるのがいいんでしょうか?」


 ユキのナイスフォローが入る。


「そうですね。みなさんは昨日登録したばかりですし、当面の目標は見習いの『鉄』ランク脱却になります」


 きっとこういった案内にも慣れているのだろう。

 受付のお姉さんはすらすらと淀みなく説明を始める。


「『鉄』ランクの方々は、大抵が戦闘経験なんてありません。そもそも冒険者というのは農村の三男、四男といった親から継げるものがない方々が、自分で食い扶持を稼ぐために飛び込むことが多い世界ですから」


 太一達は受付嬢の言葉に頷く。

 世知辛い話だが、この中世並みの文化レベルの世界ではいたって当然のことなのだろう。


「ですが、そういった方をいきなり討伐クエストに行かせたりしたら、まず五体満足では帰ってきません。体が丈夫なだけの素人に討伐できるなら、冒険者ギルドに依頼なんてする必要ありませんよね。ギルドとしても、貴重な人材を死地に送り込むような真似はそうそうしたくありません。まぁどうしても避けられない事態はあるのですが、それはここでは割愛で」


 そこでいったん区切ると、受付嬢は三人を見渡す。


「そこで、まず最初は街中での依頼、すなわち屋敷の掃除や町の清掃、工夫見習いなどの力仕事などをお勧めすることにしています。雑事をこなしながらお金をためて武器を買い、ギルドで戦闘訓練や教習を受けて少しずつ実力を身につけていく。大体半年から一年で見習いランク卒業といったところでしょうか。これが『普通』の駆け出し冒険者というものですね」


 そしてこちらをみると、にっこりと微笑んだ。


「しかしながらあくまでこれは、『普通』の場合です。皆さんの様に女神様に招かれやってこられた方々は、すでにこの世界で生きていくためのなにかしらのスキルを与えられていると聞きます。そういった、戦闘能力がある方々は、希望するなら街の外でのクエストを受けることが可能です。ただし、簡単なテストだけは受けていただきますが」


「それは……真っ当な駆け出しの方々からしたらズルいと思われたりしませんか?」


 ユキが至極もっともなことを言う。

 たしかに地道に活動を重ねている人からしたら面白くないだろう。


「ギルドとしても、街の外に出る実力のある方を街中で腐らせておくわけにはいかないんですよ。正直なところ、冒険者稼業は常に危険と隣り合わせな仕事です。十年以上続けてきたベテランが、近くの農村で害獣退治を請け負って、膝に矢を受けてそのまま引退なんてこともあるんです。なので戦える人たちには、さっさと街の外で経験を積んでもらおうというのが、ギルド側の本音でしょうか」


「なるほど、建前と本音は別ということですね。で、簡単なテストとおっしゃいましたが具体的には何を?」


 ユキの質問に、受付嬢はにっこりと笑顔で答えた。


「本当に簡単ですよ。現在ギルド職員を務めている元冒険者と模擬戦闘をしていただくだけですから」






 ギルドの裏手はテニスコート二面分ほどのスペースに、標的代わりと思しき木偶人形が点々と並ぶ閑散としたスペースだった。

 太一たちが来たときには、すでに数人の同世代とおぼしき青年たちが不安げにたむろしていた。

 そこに職員と思しき人が数人、木刀のようなものが詰め込まれた木箱を抱えて入ってくる。

 最後尾には先ほどの受付嬢のお姉さんと、体格のいい中年男性が話しながらやってきた。


「やぁ。お前さんたちが今回のテスト希望者か。俺の名はゲイツ。元冒険者で、引退して今はここで指導教官をやらせてもらってる」

 そういうと笑顔でニヤリと笑う。

 傷跡の残るいわおのような顔なのに、どこか愛嬌のある男だった。


「そっちの若いやつらは見覚えがあるな。前回の試験で落ちたやつらか?」


「は、はい! そうです!」


 太一たちより先に来ていた若者たちにそう声をかける。


「じゃあ後輩にお手本をみせなきゃな。まずはお前さんたちからやるか」


 そう声をかけると、青年達は職員が持ってきた木箱から、思い思いの武器を手にする。


「たしかお前らはパーティを組んでるんだったな。じゃあまとめて相手をしてやるか」


「わかりました! よろしくお願いします!!」


 果たして前回なにがあったのか。

 若いのに随分と礼儀正しい青年達は、やや青い顔をしながら散開する。


 前衛役とおぼしき、盾と木刀を持ったものが一人。木槍を構えるものが一人。さらにその後ろにダガーサイズの木剣を構えるものが一人と、最後尾の男はが弓を構えている。もちろん矢は先がつぶされているが。


 盾持ちと槍使い、スカウトに弓使いといった感じだろうか。なかなかバランスのいいパーティのようだった。


「よし、準備はできたようだな。では始めるか!」


 ゲイツ教官は木製の大剣を担ぐと、まるで散歩にでも出かけるかのような軽い足取りで前に踏み出す。

 同時に青年たちは盾持ちが相対するように前へ。槍使いがその左後ろにつく形になり、スカウト役は距離を置きながら左回りに教官の後ろに回りこむ様子を見せる。そして弓使いは少し右に位置を取り弓を引き絞った。


 きっと前回の反省を生かしたコンビネーションなのだろう。

 単体の相手を追い込むために事前に打ち合わせた様子が見て取れた。


 回りこむスカウト役を横目に見ながら、教官は足を止めない。その顔はさっきよりもさらに楽しそうだ。


 ついに大剣の届く間合いに入ると、無造作に右手を振りかぶる。

 そして――盾の隙間を狙うでもなく、力任せに大剣を盾に叩きつけた。


 ――ガキンッ


 軽そうに扱う見た目と裏腹に、木と木をぶつけたとは思えない重々しい音が響き渡り――盾役は一撃で吹き飛ばされる。


「ぐあぁっ!」


 盾で防いだ瞬間を突くつもりだったのだろう。左後ろで構えていた槍使いが、吹き飛ばされた盾役に巻き込まれて一緒に倒されてしまう。

 これはまずいと思ったのか、後ろに回りこんだスカウト役が背後から飛び掛るも、教官の目はその動きを完全に捉えていた。


 独楽のように回転する教官の大剣はあっさりスカウト役の胴を捕らえ、そのまま弾き飛ばしてしまう。


 転がっていくスカウト役には目もくれず、大剣を体の前に立てると、そこに飛来した矢が二本、立て続けに乾いた音を立ててはじかれた。


 大剣の影から顔を覗かせた教官は、ニヤリと嗤うとそのまま一気に弓使いとの間合いを詰める。


 必殺の連射があっさりはじかれたショックからか、呆然としていた弓使いが慌てて距離をとろうとするも、時すでに遅く。


 走り寄る勢いのままに体当たりをかまされた彼もまた、地面に転がることとなった。






「よーしお前ら集合! 評価と反省会やるぞ~」


 ゲイツ教官が妙にスッキリとした顔で、漸く起き上がってきた彼らを呼び集める。


「まずは盾役のお前!」


「は、はい!」


「全然だめだ。お前は盾役というものをわかってない。何のための重装備だ。パーティにおける盾というのは最初に殴られるのが仕事だが、最後まで立ってなくちゃならんのもまた盾の役目なんだ。お前が倒れたら敵の攻撃は他の仲間に向かう。お前なら耐えられる攻撃でも、他のやつらには致命傷になるんだ。だったらお前は死んでも倒れちゃならん。わかるな?」


「はい! すみませんでした!!」


「よし。次は槍使いのお前!」


「うす!」


「お前は盾役の動きを邪魔しないように左側、つまり盾の外側に位置をとってたな。あれは悪くなかった。だめだったのは攻撃のタイミングだな」


「うす! どういうことでしょうか?」


「盾が受け止めた後に、敵の体勢が崩れるところを狙いたかったんだろうが、狙いが見え見えだ。逆に言えばそれまでは攻撃してこないんだから、こっちは初撃に全力を込めることができる。おかげで盾役に大きな負担がかかってこの有様だ。せっかく中距離の武器を使ってるんだから、フェイントでもいいから先にこちらをけん制するべきだったな」


「うす! ありがとうございました!」


「うむ。あとは攻撃役の二人だが」


「「はい!」」


「スカウト役のお前は、背後を取るのが早すぎる。俺が盾役を無視してお前に向かっていったらどうするんだ」


「うぐ。確かにそうっすね。すみません」


「だが攻撃のタイミングは悪くなかった。こちらが武器を振り切った瞬間を狙ってきてたからな。あとは気配をできるだけ隠すのと、俊敏に動けるように訓練を重ねることだ」


「はい! わかったっす!」


「弓のお前も攻撃は良かった。特にその若さで正確に二連射できるのはすばらしいな」


「はい! ありがとうございます!」


「だが撃ちきったあとに油断したのはいただけん。それだけあの攻撃に自信があったのかもしれんが、弓使いが敵に接近を許したら待ったいるのは死だけだぞ」


「はい。その通りです。すみませんでした」




 そこで話がひと段落ついたとみたのか、受付嬢のお姉さんがペンと紙を手に、教官に話しかける。


「それでゲイツ教官。今回の彼らの試験結果はいかがでしょう?」


「そうだな……」


 難しい顔をしたゲイツ教官は、青年たちを見渡した後、おもむろにニカッと笑うとこう言い放った。


「よかろう。合格だ!!」




「「「「え?」」」」


 全員あっけにとられている。それはそうだろう。あの評価で合格がもらえるとはとても思えなかったはずだ。


「なるほど。では彼らにも詳しい説明をお願いしますね」


 しかし受付のお姉さんは教官の反応にも慣れていたのか、冷静に解説を促す。

 その言葉を受けて彼らを見渡す教官。


「うむ。といってもたいしたことじゃない。前回はまったく役割といったものを考えずにてんでばらばらに向かってきただけだったが、今回は各々が自分の役割を考え、立ち位置、立ち回りまでも工夫してきた。まだまだ拙いが自分たちで考えて工夫できるなら、そう簡単に命を無駄にすることもなかろうとおもってな」


 そして青年たちひとりひとりの肩を叩く。


「パーティに決まった形はない。それぞれ面子が違うんだから当然だがな。大事なのは型にはまってしまうんじゃなく、常に自分たちで考えて試行錯誤していくことだ。それができたらお前さんたちは一人前だ。俺からは以上だ」


「はい! ご指導ありがとうございました!!」


 青年達は感動の涙を流しながら、抱き合い、そして笑いながらこの場を後にしていった。




 彼らの背中を見送りながら、太一はノワ子に話しかけた。


「なぁ。ここにきてから俺らの影、薄くね?」


「言わないでよ! ちょっと気にしてたんだから!」

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