第2話 異世界だぜヒャッハー!
光に包まれた三人が恐る恐る目を開けると、そこは一面の小麦畑だった。
異世界にやってきても、そこはやはり日本人。
田園風景には慣れていても、穀倉地帯の光景には少し物珍しさを覚えずにはいられなかった。
季節は初夏なのだろうか。
青々とした小麦が広がる間を縫うように、街道がまっすぐ進んでいた。
それはまるで広大な海を割るモーゼがごとく。
そして地平線まで続くかと思われた街道に立ちはだかるのは、風化した色合いを持つ障害。
レンガを積み上げたと思しき長大な壁が彼らの行く手を遮っていた。
「さっきからなんなの。その微妙にポエミーな独り言は」
「なっ!? ノワ子はいつから俺の心が読めるようになったんだ!」
「独り言だっていってんでしょうが! ずっと駄々漏れなのよ!」
「なんだと……!?」
「うふふ。二人はいつも仲良しですねぇ」
相変わらずぎゃんぎゃんと言い合う太一とノワールと、まったく意に介さないユキのぽわぽわした笑顔。
「いいからあんたらさっさと身分証みせろっての」
そして街の衛兵の軽くイラッとした笑顔があった。
「身分証は確か……これを見せるようにと伺ったはずですね」
そう言って首に下げたペンダントを服のしたから取り出すユキ。
小柄ながら金属製の円盤に精緻な意匠をほどこしたそれを、衛兵はしげしげと見つめる。
「ほほう、なるほどなぁ。あんたら女神様に招かれてやってきた異世界の人たちだったんだな」
衛兵は一目見るなりそう言い当ててきた。
「おっちゃんよくわかったな。もしかして俺たちみたいなのがよく来るのか?」
同じペンダントを服の下にしまいながら、太一は尋ねた。
「ああ、女神様が召喚した転生者が真っ先にやってくるのがこの街だからな。しょっちゅうってわけでもないが。ちなみにそのペンダントトップは女神様の紋章だ。教会のシンボルにもなってる」
「なるほどなぁ。で、このペンダントは女神様がもってるひとの身元を保証してくれるってわけだ」
「いや、ちょっと違うかな」
「え?」
「昔、『異世界だぜヒャッハー!!』とか言いながら、通りすがりの女の子を襲おうとした阿呆がいたらしくてな。まぁ未遂のうちに終わったんだが」
「へぇ。とんでもないやつもいたもんだな」
「あぁ、まったくだ」
「で、そいつは衛兵さんに捕まったのか?」
「いいや。そいつが女の子に襲い掛かった瞬間、頭上から天罰の雷が降り注いで、後には塵ひとつ残らなかったそうだ」
「……で?」
なんだか怪しくなってきた雲行きに不安になりながらも続きを促してみる。
「つまりそのペンダントは『もし悪さしても、
「……はい」
「ま、何はともあれ異世界にようこそ! そしてここがあんた達の『はじまりの街』フィナレだ!」
ちょっと芝居がかった衛兵のおっちゃんに苦笑いを返しながら、太一は考えていた。
女神の台詞とちょっとかぶってるな、と。
「ちょっと身分証の話でテンションは下がったが、やってきました異世界の街! さて、俺のケモミミっ娘はどこかな~」
石造りの門を過ぎると三人の目の前には、絵に描いたような中世の町並み。
現代日本の町並みとは清潔感は比べるべくもないが、レンガと木で統一されたそれは、どこかロマンを感じさせてくれる。
当然太一のテンションゲージはみるみる回復していった。
「ご主人様、とりあえず宿屋でも探しますか? まず拠点を確保したいですね」
ほんわかした笑顔と裏腹に、至極真っ当な意見を述べるユキ。
女神様にいただいたお財布の中には銀貨と銅貨が数枚。
これで一週間くらいはすごせるはずだと、頭の中の異世界基礎知識が教えてくれる。
「いや。ここはまず冒険者ギルドがお約束でしょ! そして獣人の女の子をこの目に焼き付けたい!」
そう。とにかく異世界にやってきたからにはまずケモミミっ娘をこの目で見ないことには始まらない。
「アンタそればっかりね……。でもまぁまだ日も高いし、どんな仕事があるか見てみたいってのもあるわね」
意外なことにノワールの同意も得られたので、一行は冒険者ギルドを目指すこととなった。
途中で美味しそうな果物を山盛りで売っている露天を見つけた。
ぱっと見大きなレモンのようだが、とても甘い香りがしていた。
絞りたての生ジュースにしてくれるというので三人分お願いしてみる。
「買っておいてなんだが、これどう見ても柑橘類だよな。二人は飲めるのか? とくにノワ子」
「ん? 全然大丈夫。以前は近寄るのも嫌だったけどね。大人になると味覚が変わるってやつかしら」
「うん、絶対違うと思うよ?」
「私も大丈夫ですよ。これとっても美味しいですねぇ」
「ならよかった。たしかにうまいなこれ。冷えてれば完璧だった」
満足げな二人を見ながら、露天のおばちゃんに冒険者ギルドの場所を教えてもらう。
どうやら太一たちが入ってきた門とは街を挟んで反対側の門の近くらしい。
街を東西に走る大通りに沿って進んでいけばいいとのことで、一行はジュースを飲みながらのんびり進む。
十分ほど歩いたところで噴水のある広場に出た。
ちょうど町の中心部にこの噴水公園があり、町の南北に走る大通りと重なっているらしい。
広場は多くの露天と人でにぎわっており、その中には子供たちの姿もあった。
その子供たちのグループのひとつが、太一たちを見つけるなり、駆け寄ってくる。
「ねーねー、おねえちゃんたちなんでわんちゃんやねこちゃんのお耳つけてるの?」
「わぁ。しっぽもついてるんだ。すごーい」
子供達は二人の姿に興味津々だった。
なかにはしっぽを掴もうとする子供もいたようだ。
「あ、こら! 尻尾掴むんじゃないわよ!」
「これはね、私たちのご主人様がこの格好が大好きだからなんですよ」
笑顔で尻尾を追いかける子供から逃げ回るノワールと、しゃがみこんでにこにこと子供に説明するユキ。
「ん? 意外と獣人は少ないのか?」
太一は子供たちとユキの会話になにか違和感をおぼえたが、それは次の子供たちの言葉に遮られた。
「ふぅん。ごしゅじんさまは『HENTAI』さんなんだね~」
「ち、違うわっ!! というかその外国人が日本のエロサブカルチャーを指摘するような発音はやめろ!」
「わー! HENTAIがおこった~っ。にげろ~~!!」
群がっていた子供たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「まったく。この街の大人達は子供になに教えてるんだ」
「まぁまぁ。子供のしたことですから」
ユキに宥められ、一行は再び冒険者ギルドに向かって歩き始めた。
さらに進むこと十分ほど。漸く太一達は冒険者ギルドにたどり着いた。
それは大きな木造の二階建ての建物で、正面には西部劇を連想させる二枚のスイングドア。
さらに併設された酒場に昼間からたむろする、むくつけき男達。
まさに想像通りの冒険者ギルドであった。
「いえ、昔は普通のレンガ造りの建物だったんですけどね。昔の転生者の方が『こんなの冒険者ギルドじゃねぇ!』とかおっしゃって。私財を投じて今の形に統一させたらしいですよ」
「あ、そうですか……」
入り口で感動していた太一たちをみていたのか、着くなりカウンターのお姉さんが説明してくれた。
正直そんな裏話は聞きたくなかった。
なんだろう、この映画のセットに迷い込んだような微妙な気分は。
まぁ舞台裏の話などどうでもいいのだ。
「そんなことより、冒険者登録をお願いしたい!」
「わかりました。ではお名前と年齢をお願いしますね」
三人は順に名前と年齢をお姉さんに告げていく。
「ふむふむ。タイチさんとユキさん、ノワールさんですね。みなさん同じ苗字ということはご兄妹でしょうか?」
「いえ、親子です」
「なるほど、親子っと。……親子!?」
俺の言葉ににこやかだった受け付けのお姉さんの笑顔が固まった。
「えっと、タイチさんは先ほど二十二歳とおっしゃいましたよね?」
「はい」
「それでユキさんが十六歳、ノワールさんが十五歳……。つまりタイチさんは六歳のときに女性と……」
「え?」
「この性獣ッ!!」
「誰が性獣かっ!?」
引きつった顔で汚物を見るような目を向けてくる受付のお姉さん。
どうやらひどい誤解をされたらしい。
俺は、体を庇いながらじりじりと距離をとろうとするお姉さんに説明する。
「――というわけで、二人はうちでひきとって育てたんですよ。なので『親子』です。もちろん血縁関係はありません」
「なんだ、それならそうと早く言ってくださいよ。太一さんがお二人と似ていないのも納得いきました」
お姉さんが一言余計なのはまださっきのイメージを引きずっているせいだろうか。
そうだと思いたい。
うっすらと素が透けて見えるお姉さんはとにかく、納得していただけたようなので登録を進めてもらう。
「はい、こちらがギルド証になります。初回は無料でお作りしましたが、再発行にはお金がかかるので失くさないようにしてくださいね」
そういって渡された薄い板は金属製で、名前と年齢が掘り込まれただけのシンプルなものだった。
「ギルドから請けた仕事をこなして、信用を稼いでいただくことでランクがあがります。最初はランク『鉄』クラスですが、『銅』になれば一人前。『銀』は仕事のできる冒険者、『金』になれば一流という評価になります。社会的立場もランクに比例しますから、がんばってお仕事してくださいね」
見事な営業スマイルにもどったお姉さんはすらすらと説明してくれる。
「得意なこととか使える武器とかの情報は必要ないんですね」
「最初は主に雑用ですし、街の中でのお手伝いとかが多いですからね。とりあえず必要ありませんし、それに今後経験を積むことでできることも変わってきますから」
お姉さんの言葉はもっともだった。
まぁ武器なんて振ったこともないから、聞かれても困るのだが。
「さて、一通り説明は終わりましたが、何かご質問はありますか?」
とりあえずこれだけは聞いておかねば!
太一はユキとノワールを手招きすると、自分の前に立たせる。
「この街に着てからまだみかけてないんですけど、この二人のような獣人の娘の冒険者っていますか!? いたら是非紹介を!!」
「え?」
太一は目の前の二人のケモミミを軽く指で摘んでふにふにしながら、お姉さんに聞いてみる。
二人の耳は指を払うように軽くぱたぱたと動く。
うん、この世界に来てもケモミミは偉大だ。
――と、太一はなにか手触りに違和感を感じ取っていた。
「獣人って……お話の中の存在ですよね? 女神様に招かれた方々が書いたという書物にたまに出てくる……」
「は?」
「いえ、ですから獣人なんて存在しませんって」
お姉さんは真顔でとんでもないことを言い放った。
「で、でも現にこうして二人も目の前に――」
と、おもむろに二人が申し訳なさそうな顔で振り向いた。
「あの、ご主人様……。なかなか言い出せなかったんですが実は……」
ユキの言葉にあわせて、二人は両手を頭にやり――そのままケモミミを取り外した。
「ごめん。アンタがあまりにも嬉しそうにしてるからなかなか言えなくて……」
「え?」
二人の手には、それは見事なケモミミカチューシャがあった。
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