2021
1月 January
第12話 『竜を追う人』 いいの すけこ さん
〇作品名 『竜を追う人』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894150636
〇作者 いいの すけこさん
【作品の状態】
短編・完結済。
【ざっくりと内容説明】
主人公は、八神という名の男。
彼は「竜追い」の一人で、竜を狩りその肉を食料とし、ときには工芸品として仕立てることで生計を立てています。しかし、人々の中には「竜」を信仰の対象としている者たちもおり、この二つの考えが常に対立しているのです。
八神はというと、母親が「竜」の信仰をしていた村の出身でありながら「竜追い」です。彼には複雑な過去が存在します。
そしてその彼の前に「竜狩りをやめてほしい」と願っている少女が現れ、物語は思わぬ方向へ展開していくのです。
【感想】
『竜を追う人』を最初に読んだとき、これは日本の「
日本は古くからクジラを食料や工芸品の材料として使用するため、捕鯨が行われておりそれが一つの文化を成していました。しかし1940年にアメリカが捕鯨を中止したころから、世界で「捕鯨の禁止」が広まり、日本もクジラを捕獲することを中止。ただしこれは商業としてクジラを捕獲することのみであり、調査をするための捕鯨はその後も継続。そのたびに日本は世界から非難を受けていました。
現在は、国際捕鯨委員会(IWC)を脱退しているため、捕鯨自体再開していますが、今も世界から捕鯨が必要なのかどうかについて厳しい目を向けられているのが事実です。
そしてこちらの作品では「竜を食す者」と「竜を信仰する者」の対立が描かれています。「竜を食す者」は生きるために竜を狩りますが、「竜を信仰する者」は竜を尊いものとして崇めているため、前者の人々を快く思っていません。
そのため両者の間には深い溝があり、まるで争いごとを起こさないかのようにそれぞれの村は離れて暮らしていたのです。
主人公である八神は、元々竜を信仰する者たちの村で生まれ育ちました。
父が外から来た人で、母が村の人。そのため彼は幼いころから竜を神聖なものとして見ていたのです。
しかしある時、父が「竜追い」であることが分かると生活が一変します。
八神の母は竜を信仰する者として、重大な罪を犯したと夫と自分を責めます。そして、その村で育った八神も父に裏切られたような心地になるのですが、父は信仰よりも目の前の生活のことを考えていました。
信仰によって腹を満たすことは出来ません。竜追いたちが生きて行くためには、竜を狩りその肉を食べ、または売ってお金にしていかなければならないのです。
八神はその後、父と同じように「竜追い」として生きて行くのですが、彼の過去の話は「信仰」に対する複雑なものが含んでいると感じます。
世界には色々な人がいて、様々な考えがあってしかるべきであり、誰も個人のそれを強制することは出来ません。しかしその土地に根付いた考え方から逸脱している者は、どうしても煙たがられます。
それは別の考えが、既に存在しているアイデンティティーを壊してしまう恐れがあると懸念しているからではないかと、私はこの作品を読んでいて思いました。
「信仰」とは信じること。それが信じられなくなったとき、人は何を支えに生きて行けばいいのか。そこに
八神の過去には、深く考えさせられるものがあると感じます。
そしてこの物語は思いもよらなかった方向へと進みます。
八神は竜を信仰する少女と言葉を交わすようになりますが、二人の間には埋まらない溝があります。信仰がある者と、そうでない者。彼らが易々と相手を理解することができないことは容易に想像がつくのですが、最後の展開に「結局どうしたらよかったのだろうか……」と複雑な思いに駆られました。
もし、少女が普通の人であったなら、結果が違っていたでしょうか。
信仰と、食べ物への敬意と、人々の対立と。
この作品には人類が生きてきた中で存在してきた対立の一つを、「竜」というものに置き換えることで、読者の考えを深めるきっかけを作っているのではないかとさえ思います。作者さんが意図的にそうしたのか、それとも無意識だったのかは分かりませんが、私はそう感じました。
最後になります。
八神と少女がどうなっていったのかが気がかりですが、そこは読者の想像にお任せと言ったところでしょうか。
内容は良質で、人々の対立が上手く書かれております。文章も読みやすく、理解しやすいと感じます。
ハッピーエンドではありませんが、この作品に込められたものを多くの方に読み取ってもらえたらいいなと思います。
今日は『竜を追う人』をご紹介しました。
それでは次回、お会いしましょう。
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